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コピーライター→映像製作会社ロボット→広告代理店ビデオプロモーション→再びコピーライター(フリーランス)。 メディアとコンテンツの未来を切り拓くコミュニケーションをデザインします。講演・執筆依頼もお気軽に!

”中間”にイノベーションが生まれる〜第四回リアル境塾レポート〜

少し時間が経ってしまったけど、10月29日(土)に第四回リアル境塾を開催したので、そのレポートを書いておこうと思う。

境塾って何なの?って人は、以下の記事をざっと読んでもらえるとわかる。
「第一回・リアル境塾」をやることになったよ
「第一回・リアル境塾」盛況だったし楽しかったし
報告:「第二回リアル境塾」盛り上がらないはずはなかった
第三回リアル境塾を終えて〜やるべきことは、はっきりしてきた!〜

Ustreamアーカイブ

それから、番外的にやったBAR境塾についてはこの記事。

さて、第四回のゲストは「新・週刊フジテレビ批評」のプロデューサー、福原伸治氏。8月に「テレビは生き残れるのか」をとりあげてもらい、ぼくも出演した。その際、ぼくの催しにゲストで来てもらえませんかとお願いしたのだ。それがこの度、実現した。

そして今回はオープンな呼びかけはせず、かなり絞った形で参加を呼びかけた。少なめの人数で、濃い勉強会としてやってみることになったのだ。前半は福原氏がPowerPointを使ってプレゼンテーションする。後半はそれを受けて、参加者をグループに分けてディスカッションしてもらう。そんな構成で試しにやってみた。

このやり方なら参加者全員が”参加する”気持ちになってもらえる。コンサル経験のある@vegevege13発案の手法で、皆さんそれなりに楽しんでもらえたんじゃないかと思う。ただ、ディスカッションの時間が足りなくてやや不完全燃焼になったみたい。そこは今後への課題。

さてここでは、福原氏のプレゼンテーションの概要と感想を書き留めておきたい。

福原氏はフジテレビ80年代後半の深夜番組イノベーションの頃、「アインシュタイン」という科学(?)番組をつくり、その成果をもとに90年代前半に「ウゴウゴルーガ」を制作している。その頃の映像も見せてもらったのだが、いま見ても新鮮だった。”バーチャルスタジオ”上で出演者が演技をする手法は、当時は誰もやったことのないものだ。ウゴウゴルーガでぼくたちは、「CGをあえて安っぽく使うからこその面白さ」に驚愕した。ある意味、福原氏の”作家性”とも言える、今にも通じる手法だ。

2000年代に入ると、ネットをどん欲に取り込んで番組づくりをはじめる。「秘密倶楽部o-daiba.com」などではいまで言う”放送と通信の融合”の試みを自由闊達に実現しているのだ。

プレゼンテーションは、そうした彼の番組作りを題材にテレビのこの20年間の変化を追っていき、今後どうなるのかと問題提議するもので、かなり知的に興奮させられるものだった。そしてその問題提議の中で、重要だなと思ったのが”中間”という話だ。

今後のテレビの進化は、”中間”で起こるのではないか、というのだ。例えば、テレビの進化はテレビそのものの進化ではなく、テレビとPCの”中間”領域の端末であるスマートフォンやタブレットが引き起こすのではないか。あるいは、テレビ局とネット企業の”中間”にあたる組織がもしできたら、そこからメディアの進化が起こるのではないか、と。

このところ何度か書いているスマートテレビ研究会でも、スマートテレビはレコーダーやタブレットの連携で実現するのかもしれない、という意見が出てきている。それとかなり近い話だと思った。

イノベーションは周縁から起こる。あの「イノベーションのジレンマ」の考え方からしても、そうなるのが当然だ。つまり、テレビそのものは、テレビを進化させられない。だからと言って、テレビの進化をネットが引き起こすわけでもないのだろう。テレビでもネットでもないもの(あるいは、テレビでもネットでもあるもの)こそが、テレビとネットを進化させ融合させるのかもしれない。テレビ局でもネット企業でもない企業(あるいは、テレビ局でもネット企業でもある企業)がテレビを進化させる事業体になるのかもしれない。

テレビでもありネットでもあるコンテンツ制作、あるいはそう言える広告の仕組み。ぼくたちがいま取り組んでいることも、そう言える気がする。そこにイノベーションは芽生えるのだろうか。新たなマネタイズと、新たな面白さが、そこに発生するのか。いや、ぼくたちが、発生させないといけないんだな。

テレビが生まれたばかりの時代〜ビデオプロモーションという会社

今日は書くべきネタがいっぱいあるのだけど、一度にかけないので少しずつ書く。で、今回は自分の会社の話をするよ。

6月に映像製作会社ロボットを辞めて、7月からビデオプロモーションという広告会社にいる。創業者はいまは名誉会長の役職となった藤田潔だ。

この日曜日、10月30日放送の朝7時からのフジテレビの番組「ボクらの時代」に、その藤田潔が出演した。大橋巨泉さん、永六輔さんと三人でのトーク番組だ。

大橋巨泉さん、永六輔さんと聞いても20代ぐらいの人だとわからないかもしれない。お二人とも放送作家でタレントでもある。いまで言えば秋元康さんが近いかも。それぞれ息の長いヒット番組を企画し、司会などで出演もしていた。

昭和30年代の、テレビ黎明期から活躍し、まだ海のものとも山のものともつかなかったテレビの形をつくってきた人々だ。

ビデオプロモーションの創業者がなぜそこにいるかと言うと、一緒に仕事をしてきたからだ。創業当初は、永六輔さんのマネジメントもしていたのだ。巨泉さんが司会者としての地位を不動にした「11PM」は藤田潔が企画した番組だ。

身内ながら褒めてしまうけど、藤田潔はほんとうにすごい人で、ビデオプロモーションはあまり世間に知られてないけど、規模が小さいわりにすごい仕事をしてきた会社だ。

「鉄腕アトム」のアニメ番組がはじまった時、藤田潔は手塚治虫を連れてアメリカに行き、NBCでの放送を成立させた。日本のテレビ番組が海外で売れるなんて当時は誰も思わなかっただろう。

その時NBCの人に、「うちのスタジオで番組を見ていけよ」と言われてみたのが、夜11時台のワイドショーだった。そんな遅くにテレビを見るのかい!と驚き、さっそく戻ってから日本テレビを口説いて成立させたのが「11PM」だった。

ある世代までの人なら、子供の頃に、こっそりふすまを開けて父親が見ている「11PM」を盗み見した経験があるだろう。そういう、画期的な番組だった。

規模の小さな広告会社なのに、そういう大胆な企画を立てて成功させてきたのが藤田潔とビデオプロモーションだ。番組を広告会社の側が企画するのは電通博報堂以外ではなかなかできないのだが、それをやってきた。いま放送しているものでも、「THE 世界遺産」「食彩の王国」「美の巨人たち」などがそういう成り立ちなのだ。

じゃあ番組制作会社なんですね?とよく言われるのだけど、そうではない。企画した番組の提供枠を扱う広告会社だ。ってわかりにくいよね?

話を戻すと、藤田潔にとっても、巨泉さんや永さんにとっても、テレビはまだ切り開かれていない荒野であり、フロンティアだったのだろう。テレビとは何なのか、まだまだわからないことがいっぱいあり、その分、何ができるか考えて成立させる醍醐味に満ちあふれていたんだろう。

映画という娯楽の王様が一方には存在し、テレビは敵視されながら、でも確実に成長してきた。時代の欲望をどん欲に呑み込んでぐんぐん成長してきたのだ。

いま、よく似た構図が出現している。当時の映画とテレビの関係が、いまのテレビとネットの関係に置き換えられる。ネットはきっと、否が応でも、新たな時代の欲望を呑み込んで成長していくのだ。

ぼくがビデオプロモーションでたくらんでいるのも、テレビでの実績を生かした上で、ネットで何ができるか、だ。もっと言えば、テレビとネットを組合せて何ができるか、だ。

藤田潔はよく、「視聴質」という言葉を口にする。視聴率では測れない番組の価値、視聴者との関係があるのではないか、ということだ。これも重要なポイントだと思う。テレビとネットを融合させた仕組みを、視聴率とはちがう尺度で提示できれば、この業界が大きく変わるだろう。

これは、いまやみんなが真剣に考えるべきことだと思う。

スマートテレビ研究会、盛り上がってきたぞ!

慶応大学メディアデザイン研究科主催のスマートテレビ研究会に混ぜていただき、パネルディスカッションにも参加したことは前に書いたわけだけど。この時は、ちゃんと喋ろう、ってことばかり考えちゃってあまり”ディスカッション”できなかったなあ、ということも書いた。

さてこの研究会、パネルディスカッションはランダムな外部向け催しで、本題は毎月定例のクローズドなディスカッションにある。28日金曜日の午後、第三回会合として、定例会が行われた。

今回は、ネット業界のイケメン、ニワンゴ(ニコニコ動画の会社)の杉本社長の発表がメイン。その後、その発表をもとにディスカッションした。

クローズド前提で皆さん喋ったことなので、あまりここでおおっぴらには書けないが、とにかく盛り上がって研究会っぽくなってきた。

杉本さんの発表ではまず、ニコニコ動画におけるスマートテレビ的な現象を解説。ある程度知ってるようで、ニコ動はやっぱり奥が深い。そんなことあったんだ、あんなことがはじまってるんだ、ということをいっぱい知った。

ニコ動は、うちの子供たち(高一男子、中一女子)にとってはもっとも身近なメディアだ。中一女子がなかなか難しい曲を、楽譜を見ながらピアノで弾いている。その曲は誰の曲?と聴くと、知らない、と答える。どゆこと?と詳しく聞いてみると、ニコ動内で人気の、ボーカロイドの曲なのだそうだ。

誰かが作った詞に誰かが曲を書き、誰かが映像までつける。そんな曲がいっぱいある中で、人気曲が出てくる。誰が作ったかよくわからないヒット曲が誕生し、それをまた誰かが楽譜に書き起こすのだそうだ。彼女にとってもはや、新しい音楽の発信源は、レコード会社のヒットチャートではなく、ニコ動にあるのだ。

話がそれたね。ニコ動ではそんな風に、音楽の新しい動向、映像制作の新たな潮流が起こっており、そしてソーシャルテレビ視聴も最先端な手法が展開されている。おそるべし、ユーザーの創造力。

それから、杉本さんは議論の題材としていくつかのテーマや提言を掲げた。そこから、多様なディスカッションになっていった。

ぼくが興味を持ったのは、杉本さんが「スマートテレビはコンシェルジェをめざすべきだし、するとアプリ型になるのではないか」という提言をしたこと。言われてみると、iPadがでた時ぼくは、テレビもこうなるんだろうと想像した。スマートテレビという言葉を聞いた時、直感的にイメージしたのは、テレビにアプリが並んでいる姿だった。

CEATECに行った時、物足りなさを感じたのもその点だったのだろう。テレビは放送をどう視聴するかと、VODサービスが使いやすくなったことばかりで、アプリを全面的にフィーチャーする展示はなかった。

山崎秀夫さんによれば、そこは”2画面方式”になるでしょう、とのことだった。つまり”1画面方式”はテレビそのものにアプリがのっかる考え方だが、意外にそれは具現化しにくい。手元のタブレットやスマートフォンにアプリがあり、その画像をテレビで見れるようになる、それが”2画面方式”で、潮流はそっちになっているそうだ。

それはやはり、操作性の問題なのだろう。メニューにあるものを押したり動かしたりするのは、テレビとリモコンでは難しい。手元の機器で操作する方がやりやすいということだ。テレビはいまよりももっと”モニター”の役割になるのだろう。

もうひとつ、杉本さんの提言で大事だなと思ったのが、この研究会なりの、これからのスマートテレビの姿を発信しよう、というもの。スマートテレビについてはいま、いろんな団体がいろんな角度で研究会的な動きをしている。わりと大手メディア中心の団体もある。ぼくたちの研究会はある意味”在野”の集まりなのだから、業界の都合視点ではなく、ユーザー視点で物事を議論してまとまったことを発表することで、アンチテーゼを唱えることができるのではないか。

と、ぼくがかなり勝手にそんな風に受けとめたことを書いてしまったのだけど、とても意義ある動きができそうだなと思った。

ということで、スマートテレビ研究会はせっかく混ぜてもらったので、意欲的に参加していこうと思うんだよね。

日本の子供たちのために言うけど、彼らはそんなアホじゃないよ

「More Access,More Fun!」という、わりと有名なブログがあってぼくもよく読んでいる。ITマーケティング日誌というサブタイトルがついていて、いつもなかなか鋭い視点で感心している。のだけど、こないだ読んだのはちょっとあんまり偏っていたので、をいをい、と思った。

「先の見込みが無い日本と日本の電子書籍の未来を明るくする、たったひとつの方法」と題して書かれた記事で、日本人はどんどんバカ化していて本を読まなくなっているから、電子書籍だって読まれるはずがない。解決するには著作権フリーの青空文庫をあらゆる端末で読めるようにするべきだ、と、ざっくり要約するとそんな内容。

この記事、どうやら今の若い人が本を読まなくなっていることへの強い憤りがあるようだ。

少し引用すると・・・

ゆとり教育がいけないとか、日教組のせいだとか、国家の絶頂期から衰退期に向かうときにはみんなこうとか、ほかに楽しいことがあるとか、いろいろな見方があるだろうが、その大きな原因に学童期(小〜高校生まで)の読書比率が大きく下がっていることが絶対にあると思う。

学童期の読書比率が大きく下がっている・・・そうなの?

うちの娘は読書オタクだ。ものすごい勢いで本を読む。テレビは「はねとび」と「メチャイケ」ぐらいしか観ない。食事が済んだら部屋にとっとと引っ込んで、本を読む。あとは、勉強かケータイいじるかだ。

ミステリーが好きで、小学生の頃はあさのあつこのジュブナイル的なものを読んでいたが、高学年になると乙一とか、かなり際どいものに走り、山田悠介をすべて読破し、最近は伊坂幸太郎にハマっている。宮部みゆきを試しに貸したら、あのヒューマンな感じが好きになれないのだそうだ。

そんな娘はめずらしい中学生のようで、そんなにめずらしくはないようだ。けっこう、いまの子供たちは本を読む。

これについて友人の広告制作者 @norizos がこんなTweetを寄せてくれた。

@sakaiosamu うちの娘もヒマさえあれば本読んでます。小さい子向けのおもしろい本が昔より圧倒的に増えて、小さい頃から本を読むクセがつき、それが続いている感じ。本読む子、実は昔より多いんじゃないかなあ。本とテレビはあんまり関係ないと思う。本をおもしろいと思うかどうかだと。

子供向けの面白い本が増えたのではないか。先述のあさのあつこもそうだが、面白いジュブナイルの書き手がいまたくさん出てきている。

先のブログにはこんなことも書かれている。

我々の子供の時代には教育熱心な家の子供部屋には本棚があり、文学全集や百科事典が入っていた。「勉強しなさい」って言われて部屋に入って勉強しないで本を読む。うちにも少年少女文学全集と岩波の世界文学全集で合計数百冊あり、高校時代にほとんど読破した。

ぼくが子供の頃、家にも世界文学全集があったけど、3冊ぐらいしか読まなかった。面白そうじゃないんだもん。読書が好きな理由は別にそんなことにはないなあ。

確かに出版不況と言われて久しい。でも、例えばこのブログ「数字で見る出版業界の動向 本当に活字離れは進んでいるのか」を読むと、いろんなことがわかる。雑誌は明らかに落ちているが、書籍は雑誌ほど落ちてはいない。広告費でも雑誌メディアの急降下は痛々しく、出版不況とは雑誌不況なのだとわかってくる。

さらに、先のブログを読むと、書籍の販売部数はさほど減っていないこともわかる。一点あたりの販売部数は落ちており、一冊一冊が売れなくなってはいるけど、書籍は嘆かわしいほど減ってはいないのだ。

日本人は相変わらず本が好きだし、若者人口が減っているのに書籍販売がさほど減っていないのは、若い人もそれなりに本を買っているということだろう。

ここでぼくが言いたいのは、メディア接触を、自分のころと比べて語るとまちがいを起こしかねないよ、ということだ。メディア接触は、個々人の価値観形成にも大きな影響を与えているので、自分が経験した接触が最良だと思ってしまう。そんな傾向があるんじゃないだろうか。

ぼくが子供の頃、子供たちはテレビに釘付け。ドリフターズの全員集合をブラウン管にかじりつくように観て、意味もわからず「チョットだけよ」とカトチャンの真似をした。大人たちは、これからの日本を担う世代がバカになっていく、と嘆いたものだ。

テレビばかり見てるとバカになるぞ、と言われながらテレビを見た。当時のぼくたちのメディアの選択肢の中で、テレビがダントツに面白かったからだ。

いまの子供たちのメディアの選択肢の中では、テレビよりケータイだけど、小説だってかなり強い存在になっているんじゃないだろうか。面白くなったからだ。それから、作家も多様になり、小学校低学年にはそれにふさわしい作家がいる。さらに育つとそれに見合う作家がいる。娘の作家遍歴を見てきた父親からすると、子供にとっての読書体験もずいぶん幅が広がったもんだなと思う。いかにもかしこまった世界文学全集より、面白そうな本がいっぱいあるのだ。

別の見方をすると、書籍はもともとロングテール的メディアだったのが、この十年ぐらいでさらにその傾向が進んだ。作家のすそ野が広がったといえないだろうか。実はいま、書籍は素晴らしい多様性を迎えているのかもしれない。

繰り返すけど、自分の時代だけを物差しに、メディア接触を語ってはいけない。物事を見誤る。テレビを中心にマスメディアが、ががががーっと発展した時代に育ったぼく(1962年生まれ)たちは、そうとう特殊な育ち方をしているのだと、思った方がいいかもしれないよ。

テレビとはブースターなり(アイドルの話でもあり、広告の話でもある)

自分が出演して以来、毎週観ている「新・週刊フジテレビ批評」。この22日(土)は評論家・宇野常寛氏が出演し、AKBとテレビについて語るというので期待満々。コメンテイターが稲増教授だということで、これは新旧アイドル論が展開か?との予感も一部にはあったらしい。

宇野常寛氏は少し前、9月17日にも登場してこの夏のテレビドラマについて語っている。この時ぼくははじめてテレビで彼を見たのだけど、すごく面白かった。言っている内容が新鮮で納得がいくだけでなく、テレビ映えするキャラクターだと思った。”人間味”が伝わってくるのだ。思わず『リトル・ピープルの時代』という宇野氏の近著を買ったのだけど、まだ読んでない。積ん読状態だ。

22日の番組は「AKBとテレビ」がテーマだったのだけど、その中で宇野氏が、ぼくにとって興味深いことを言った。

よく知られている通り、AKBは2005年のデビューからずっと、秋葉原の劇場を活動拠点にしている。テレビで見るようになったのはごく最近、はっきりいろんな番組に出演するようになったのは去年あたりからではないだろうか。

そこはこれまでのアイドルと際立ってちがうポイントだろう。テレビが拠点ではないのだ。

これについて宇野氏がこう言った。

「テレビというのは、ある程度の足場を作ったあとの増幅器としてしか使えない。逆に、増幅器としてはかなりまだ使えるんだということを証明していると思うんですよね。ブースターですね」

「おご・・・」おご、というのは、宇野氏のこの発言を聞いて声に出して驚いた時のぼくの声、なんだけど。それくらい驚いた。

うーん、ものすごく大事なこと、言ったね、いま。

それに、これはこのところ、ぼくが企業に今後のコミュニケーションとして提案する時のひとつの重要なポイントになっている。つまり、まずテレビから、マスメディアから考えるのをやめましょう。ネット上で(あるいはリアルな場で)活動して、それをソーシャルメディアでコミュニティにしていき、重要なのがマスメディアで増幅することです!そんな感じの、カタカナだらけでいかにも広告屋な感じのことを、ぼくは企業に言っている。

いま、コミュニケーションを真剣に考えようとすると、こう考えざるをえない、と思うのだ。マスメディアから紙媒体に落としていき、なんだったらネットでも、というのがこれまでの姿勢だったのだけど、順番がちがうのだ。もちろん、商品の状況によるので、全部これね、ってことでもないのだけど。

とにかく、自分がわりといま正面から取り組もうとしていることと、AKBに関係があるとは。いや、AKBの話はぼくもこの番組に出た時に”農耕型”の例としてあげたわけで、ぼくも結びつけていたはずなのだけど、宇野氏にあらためて強く言われたので、あ、そ、そうだよね、そうだったよね、という気分になったというわけ。

この「テレビはブースターだ」の考え方は、例えばいま話題の”さとなお”さんの『明日のコミュニケーション』にも少し出てくる。

でもぼくにとって忘れられないのは、実は前の会社、ロボットにいた時、博報堂の著名なクリエイティブディレクターの方が、ぼくらロボット社員のために講演をしてくれたことがあって、その時にも増幅装置としてマスメディア(=テレビ)を使う、ベースはまずネット上でつくる、という考え方をレクチャーしていた。大手代理店の人がマスメディアを二次的に捉えるのを聞いてかなり驚いたものだった。確か2年ぐらい前で、まだ”ソーシャルメディア”がいまほど浮上していたわけではない。

テレビは、ブースターだ。

これはテレビを外から見た言い方だ。アイドルをどう売り出すか。広告をどう効率良く送り届けるか。だから、テレビそのもののテレビ論ではない。

それから、テレビがブースターであることは副次的な話で、先に小さな範囲でも深い関係を結ぶことこそが重要だ、ということでもある。そこの方が本質だ。AKBの「会いに行けるアイドル」というコンセプトは、だから先見の明がある。2005年からこのコンセプトを掲げていたのは、いまという時代を見通していたとしか思えない。すごいなあ、秋元康、って。

とにかくこの「テレビ=ブースター」の考え方は、アイドルのみならずコンテンツビジネス全般、そして広告戦略の中でもすごく重要。ある種、ひとつの主流になるかもしれない、とぼくは思う。頭に入れといて、損はないんじゃないかな。

番組の終わりで、宇野氏が最後に「ありがとうございました」と言うのだけど、気鋭の批評家のわりにキュートで愛想もいい。なんか、この人、面白いなー。今後も楽しみだわ。

パネルディスカッションって難しいじゃないか〜スマートテレビ研究会の討論会に参加して〜

というわけで、スマートテレビ研究会主催の公開討論会「スマートテレビの波は日本に来るのか」にパネラーとして参加したよ。

慶応大学にメディアデザイン研究科というユニークな学科がある。担当教授は中村伊知哉教授。テレビなどでけっこう見る、著名な先生だ。そのメディアデザイン研究科が主催して、多様な事業者が参加して発足したのが、スマートテレビ研究会。

活動の一環として、討論会が慶応大学で行われ、ぼくも呼んでいただいた次第。

メンバーは以下のような皆さん。

【出演者(順不同・敬称略)】
山崎秀夫(株式会社野村総合研究所 シニア研究員)
片岡秀夫(株式会社東芝 商品統括部プロダクト&ソーシャル・インターフェース部 部長)
保田歩(ガラポン株式会社 代表取締役社長)
境治(株式会社ビデオプロモーション 企画推進部長)
中村伊知哉教授(研究会座長)
上杉類(研究会事務局)

山崎さんは、7月のリアル境塾「アナログ停波まつり」でゲストとしてお招きした方。それから片岡さんは、CEATECでぼくにREGZAをこってり説明してくださった方。ガラポンの保田さんも面識ある方だしね。

さてその討論会はどうだったか。Ustreamとニコ生で放送されたので、そのアーカイブを見てもらえばいいと思う。

Ustreamのチャンネルはこちら。

そしてニコ生のページはここ。ただ、アーカイブを見るには525円でプレミアム会員になる必要がある。ぼくはこの機にプレミアム会員になったよ。

感想としては・・・うーん、あまりうまく語れなかったかなー。なーんだか「映像制作はお金がなくて広告費が減って大変なんす」と、愚痴ばかり言ってたような気がする。

パネルディスカッションって初めてだったのだけど、構成をあらかじめもらって、どこで話が振られるかを確認して、そうすると、「こう答えよう」とそれなりに準備してしまった。そうすると、開始からだいたい何分で自分に振られるから心の準備をしよう、となってしまって、そればっかり考えてしまっていた。

そうすると、”ディスカッション”にならないのね・・・

途中で何度か、他の人の発言に「ちょっとぼくもいいすか?」とからんでいきたくなったのだけど、”でも進行あるだろうしなー”と躊躇してしまった。本当は、”討論会”なのだから、発言したい瞬間に喋っちゃえば良かったんだろうね。

一方、ニコ生で放送される討論会に観客として行ったことはあったけど、パネラーとなったのは初めて。いやー、あれは面白いわー。

東芝の片岡さんはある種”キャラ”がくっきりした方なのだけど、録画神とネットで呼ばれたと紹介されたこともあって、面白いコメントがいっぱいついていた。「ネ申」とコメントつくだけで面白いよね。

ぼくが喋るところをあとで観たのだけど、ぼくのキャラに対するコメントはほとんどなくてなんだか少しさみしかった。いや、そういうもんなんだわ。せっかくニコ生で放送されたのなら、突っ込まれたい、と・・・

と、まあ、面白い経験ではありました。

スマートテレビ研究会にはぜひ、積極的に参加していきたいと思っているので、今後またレポートしていくよ!

今度の志村一隆は、かなり熱いぜ!『明日のメディア』が出たぞ!

ディスカバー・トゥエンティワンの人からも、そしてご本人からも少し前から聞いていたのだけど、志村一隆さんの新たな著作が発売された。
タイトルは『明日のメディア』。これに「3年後のテレビ、SNS、広告、クラウドの地平線」というサブタイトルがついている。

『明日のメディア』というタイトルはもちろん、去年出版された『明日のテレビ』に対応したタイトルだ。実際、志村さんというと”テレビのことを書く人”というイメージだが、この本ではテレビに限らず多様な事柄にふれている。

内容を解説する前に少し自慢すると、ぼくはこの本、先週ご本人から送っていただいて手にした。ふっふっふ。いいだろう!その上に、写真のようなメッセージも添えられていた。「イの一番に送ります」だよ!なんか”盟友”って感じ?でっへっへ。

さてこの本、いままでの志村さんの2冊の本(『明日のテレビ』『ネットテレビの衝撃』)に比べるとずいぶんちがう点がある。”熱い”のだ。うかつに触るとやけどするかも。ってのは大げさだけど。もちろん文体は落ち着いたものだし、いつもにも増して海外などの情報も豊富で、最新のメディア研究書だと言える。でも、熱いのだ。アジテーションしているのだ。

それがもっともあらわなのが”おわりに”の中のこの一文。「もう方向性は決まっているのです。あとは、行動するのみ。

「行動するのみ」の部分だけ太文字になっていたりして、あからさまなアジテーションだ。もうだいたい見えてきたよな、次のメディア構造はさ。あとはもう議論するより、やってみるしかないんでね?なんだったらおれ、手伝うよ。そんなメッセージがはっきりと伝わってくるようだ。

メディア論として重要な要素はいっぱいある。例えば最初は「アメリカの雑誌は宅配が中心だった」という話からはじまる。なんでそんな話なの?と思ってると、「宅配だから顧客データが集まり、だから広告メディアとして価値があった」という流れになる。なるほど。気づかなかったけど、アメリカのメディア事業は最初から顧客データで成り立っていたのか。それがいまのネット広告の手法にもつながっているのかな、と感じとれるのだけど、つまり今回はそういう話なのだ。

広告の話はこの本の重要な要素で、アドテクノロジーの話も出てくる。ちょっと驚いたのだけど、実は志村さんはモバイルメディア事業の立ち上げを過去にやっているので、ネット広告の仕組みもよくご存知なのだろう。ネット広告の最新の仕組みの話が出てくる。アドエクスチェンジは今後日本でもすごく重要な仕組みになるから、みんなも知っておいた方がいいよ。広告は、場所から人にひもづくものになる、ということでね。

さらに志村さんは、人の価値観の話にまで踏み込んでいる。第6章のタイトルは「スマートテレビと表現論、そして自律した個の誕生」となっている。「表現論」で「自律した個」だよ。メディア論としてはメディアの話を逸脱している。・・・けれども、メディア論は表現論と切り離せないし、「社会と個人」の関係にどうしても至ってしまう。そこまで考えることで次のメディアも見えてくるのだ。

マスメディアはどうしても、大量生産によって形成された大きなコミュニティ(=国家)とセットなものだし、大量生産大量消費が崩れるとマスメディアの存在意義はどうあがいても薄れてしまう。

もちろんそこには志村さん自身の特質も関係している。墨絵作家としての一面も持つ志村さんは、だから表現者でもあるのだ。あるいは、WOWWOWに入社し、アメリカに留学してMBAを取得し、WOWWOWで新規事業を立ち上げ、というキャリアの中で強い自律意識を培ってきた、というのもあるのかもしれない。

メディアを語りたがる人は、個の自律を強く意識している人なのかもしれないね。ぼくもそうなんだろうし。

『明日のメディア』には志村さんの表現者としての側面がかいま見えるちょっとした仕組みがあって、このflickrサイトでこの一年の取材で訪れた世界各地の写真を閲覧できる。『明日のメディア』を読んでいると、日本のメディア状況は決して普遍的なものではなく、各国で多様な状況が生まれていることがわかる。写真を見ていると、そんな他次元的なメディア状況を、理屈でなく気分良く肌感覚で感じられる。これも、”新しい読書体験”なのかもしれない。

『明日のメディア』はぼくの『テレビは生き残れるのか』と同じディスカバー携書のラインナップ。書店の皆さん、ぜひ、並べて売ってくださいね!実際、続けて読むと、なかなか面白いんじゃないかなー、なんてね!

BAR境塾「ソーシャルテレビをアプリで語る」楽しかったよ!

10月14日の夜、BAR境塾を開催し、良い催しになったと思うのでここで報告しておくよ。

場所はBAR”Ajito”。と言ってもお店ではなく、VOYAGE GROUPというIT企業の受付にあるスペース。ロビー的な場所でもあり、夜はホントのBARとして社員の方々の憩いの空間になる。ソフトドリンクやビールが置かれていて無料で飲めるそうだ。

写真は 参加者の一人 @Hotakasugi さんが撮ってくれたもの。彼が撮影しTumblrで公開しているものを拝借している。(杉本さん、ども!)そうそう、この杉本さんはこのブログで前に書いた「ネットはなぜマスメディアに腹を立てるの?」と題した記事に登場している。お台場でフジテレビへの抗議デモを取材してTweetし、それをぼくがTogetterにまとめたらびっくりするほどバズった、ということがあった。

話がそれたね。その @Hotakasugi さん撮影の写真にそって話を進めよう。トークイベントは20時開始なのだけど、19時から開場して早めに着いた方にはビールを飲みながらそれぞれ自由に歓談していただいた。もちろんぼくもいろんな方とお話しした。平日だったので19時にいきなりスタートは無理があると思い、こういう流れにしたのだけど、場所のステキさもあっていい流れになった。今回初めてお会いする方がほとんどだったのだけど、多様な方々とまた知りあえて自分としてもよかったなー。

今回は最初はUstなしでもいいかなと思っていたのだけど、どなたかやってもらえたらいいかも、とTweetしてみたら @ninja_lab さんが音声機材は持っていけるけど、と返してくれたのでお願いしまーすと軽く頼んでしまった。結果的には映像も含めてまったくひとりでやっていただいてありがたいやら申し訳ないやら。彼は実は、プロのカメラマンでキー局のドラマなども撮影してきたそうだ。そんな方に手弁当でやってもらっちゃってほんと、ありがとうございました。

みなさんと歓談してアルコールも入ってほんわかいい気分になってきたところで、トークイベント開始。「ソーシャルテレビをアプリで語る」と題して2つのアプリの開発者の方をパネラーとしてお招きし、アプリの開発意図や今後について話しを進めていった。2つのアプリとはジェネシックス社のtuneTVとマイクロソフトのテレBing。
この2つはタイミング良くこの夏、ほぼ同じタイミングで登場したのだ。ちょっとした話題になっていたのでぼくはさっそくダウンロードして使ってみた。ブログでも「ソーシャルテレビでテレビを変えろ!〜tuneTVとテレBing〜」と題して一緒にとりあげている。

このアプリは面白い!とブログで書いたりTweetしたりしていたら、tuneTVを開発したご本人とお会いすることになった。それがジェネシックス社の中山さんだ。ジェネシックス社はVOYAGE GROUPのアプリ開発子会社で、会いに行った際、Ajitoを見て大いに気になった。「ここ、ちょっとしたイベントにも使えそうですねえ」「ええ、イベントもよくやるんですよ。境さん主催の催しだって使っていただいてもいいですし」「ホントに?ぼくは境塾ってのをやってまして・・・」と、中山さんとの出会いから今回のBAR境塾につながっていったのだった。

Ajitoを借りるならぜひ、tuneTVについて中山さんと語るイベントにしたいとすぐ考え、「だったらテレBingの方にも参加してもらえるといいなあ」と言ったらなんと中山さん、近々テレBingを開発した方とお会いするとのこと。彼女の仲介で、マイクロソフトの鈴木さんをお誘いできた。実は、ぼくは鈴木さんとお会いしたのはイベント当日が初めてだったのだ。もちろん、ぼくはテレBingを使い込んでるので、初対面でもいろんな質問をすることができたわけだけど。

トークイベントの中身については、Ustreamにアーカイブが残してあるのでそこでじっくり見てもらえる。1時間半にも渡る長い映像だけど、とくに後半はかなり熱く濃いものになったと思う。この手のイベントとしては会場からの質問もなかなか的確なものが出て、一体感のある、インタラクティブな催しになった。うん、それだけ強い興味を持った方々が集まったのだと思う。実際、アプリ開発の方やネットメディアの方、そしてテレビ局の方もいたし、まさに”ソーシャルテレビ”にふさわしい皆さんだった。

イベントは22時前には終了したけど、そのあとも終電ぎりぎりまで皆さん残って、それぞれ交流していた。同じことに興味関心があるわけなので、業界の垣根を越えていろんなつながりができたんじゃないかな。そんな風に、面白そうなマッチングの場にしてもらえたら、主催者としては何よりです!

このBAR境塾はまた別の機会に、ちょっとちがう趣旨でやってみたい。今回参加したかったなあ、という方は、ぜひその時にどうぞ!

スティーブ・ジョブズは神様になってしまった

なんだ、おまい!またジョブズの話かよ!もう二回も書いたじゃないか。それにいまやそこいら中のブログがジョブズ讃歌で埋め尽くされてるんだよ!ジョブズ、ジョブズ、ジョブズ!もう聞き飽きたよ!

・・・てなことを言われてしまうのは承知で、すんません、もう一回だけ書いちゃうの。


というのはね、また銀座のAppleStoreに寄ってみたわけ。そうしたら、先週亡くなった日のような騒然とした空気はもうなかった。むしろ、粛然としているというか。何しろ、ショップの前に大量の花がきちんと整理されて置かれている。人が大勢どやどやいるわけじゃないけど、通りすぎる人々はただ通りすぎるわけではない。みんなしばし足を止め、花の置かれた様を見つめたり、お店の中をのぞいたりしている。ぼくの隣でおばさんが「ジョブズね、あー、ジョブズね」とお友だちにつぶやいている。

それにしてもガラスのウィンドウの前に人々が手向けた花や肖像が整然と置かれている様子は、不思議なムードを醸し出している。うーん、これ、なんかに似てる。どこかで見たことある感じ。

そうだ、祭壇だ!あー、そうか、これは祭壇なんだな。

ジョブズは死んで神様になったんだ。

そう言えば思い出したんだけど、ぼくは大学で宗教学科だった。学生時代は教室にいるより映画館にいる時間の方が長い不勉強な生徒だったのだけど、うっすら憶えてはいる。

宗教の定義は、教祖と、教義と、教団があることなのだった(確かね)。

教祖は・・・もちろんジョブズだ。教義は・・・ジョブズのメッセージ。Stay hungry, stay Foolish. だの、Think different. だの、いっぱいあるよね。それこそ、ジョブズが発したメッセージが教義。そして教団は・・・Apple社員・・・かな?

いや、ちがう。社員だけじゃない。ユーザーだ。Apple製品の素晴らしさを信じてやまない良きユーザー達が、世界中に何億人もいる!

教団の構成員たる信者たちは、教祖が死してさっそくさらなる布教に精を出している。ぼくがいい例だけど、あちこちのブログで、あんたそうだったの?そんなにMac好きだったの?って人たちがここぞとばかり、布教活動で名を上げたいのかというくらい、ジョブズ信仰を書き連ねている。

人間が神になるのはおかしいって?いやいやいや、日光東照宮は徳川家康を神として祭っている。日本の神社でそういう、人間を祭っているものはいっぱいあるよね。

欧米は一神教だから人間は神にならない。けれども、人間が”聖人”と呼ばれることはあるでしょ。あれは結局、東照宮と同じことかも。

人間は時として、死ぬと神様になるんだ。

ぼくは卒論に高円寺の阿波踊りの調査を題材に選んだ。商店街の賑やかしにと戦後はじまったもので、神社はまったく関係ない世俗的なイベントにすぎない。でも、徐々に神社の祭りのように宗教性を帯びていっている、そんなテーマだった。

ある連(阿波踊りのユニットを連と呼ぶ)は、すでに創始者が亡くなっており、祭りの当日は朝、創始者のお墓の前で踊ることからはじまる。これは阿波踊りの創始者が神様扱いされようとしている証しなのだ。と、論文に書いたわけ。

あるコミュニティがあり、そのコミュニティをはじめた人、強い影響力を持った人が亡くなると、そのコミュニティの神様になる。会社の創業者が銅像になったりするのもほぼ同じことだ。

ジョブズは神様になった。だから、この先もAppleは続いていく。キリスト教も、イエス・キリストが亡くなったあとに世界宗教に発展していった。教義を、教団が守り続ければ、ジョブズ教は長い間つづいて歴史を刻むのかもしれない。

何百年後かにまで、2011年は語り継がれる年になるのかもしれないよ・・・

スマートテレビ研究会に参加するけど、スマートテレビって何だっけ?

8月末にスマートテレビ研究会ができたという記事を読んで、いてもたってもいられなくなった。

慶応大学メディアデザイン研究科の中村伊知哉教授が座長となり、多様な事業者が参加してスマートテレビの未来像をディスカッションするようだ。ぼくも見学とかできないかなあと、志村一隆さんにすりすりお願いしたりしていたら、研究室の方々に呼んでいただいた。

慶応大学の日吉キャンパスにお邪魔したら、広くてステキなんで驚いた。さらに、スマートテレビ研究所の会合は融合研究所というやや怪しい名前の場所で行われた。赤坂で、会社のすぐ近くだったのだ。

そのスマートテレビ研究所が、「スマートテレビの波は日本にも来るのか」と題した公開討論会を10月17日に行うことになった。ぼくもパネラーのひとりとして参加する。公開なので誰でも見に行けるし、ニコ生やUstで中継もされるのでヒマがあったら見てください。14時からだから仕事中だろうけどね。

だがしかし、そんな集まりに光栄にも呼んでもらえるのはいいのだけど、ここへきてよくわからなくなった。CEATECに言った時のことを少し前に「CEATECから(1)スマートテレビではREGZAをおさえとこう!」という記事に書いた。(1)としたのだから、当然(2)を書くべきなのだけど、書くことがないの。あのあと、もう一回CEATECに行ったのだけど、スマートテレビ関連の展示が少ないんだな。

もちろん、VODサービスが利用できるテレビはいっぱいある。というか、それはもうすでに、家電量販店に行くと売られているんだけどね。でもそこ止まり。お世辞抜きでREGZAがいちばんもりだくさんで、他は今一歩二歩。というより、スマートテレビにやる気がないんじゃないかな。テレビはもう、儲からないからほどほどね。そんな感じなんじゃないかな?

というか、スマートテレビがそもそも何なのかわからなくなってきた。志村一隆さんや山崎秀夫さんの本をもう一度読めばいいのかな?いや、でもね、結局はVODとソーシャルなのかな?あとはスマートフォンやタブレットとの連携?そういうことなのかな?

スマートデバイスの定義って何なのだろう?iPhoneが登場した時、”電話ができるiPod”ってカッコいいかも、って程度だったのが、アプリを使えるようになってそれがどんどん増えてまさに”スマートな電話”になった。そしてiPadが登場してぼくたちはほんとうにびっくりした。大きな画面で多様なアプリが使える喜び、楽しさ。生活が変わる予感!そして実際にiPadとiPhoneはぼくたちのライフスタイルを大きく変えた。

だったらスマートテレビはリビングルームで多様なアプリが使えるもの、になるはず?

見えないのは、どんなことができるようになり、ぼくらの生活がどう変わるか、ってことだと思う。

そっか、そうだな。ぼくたちはもっと、テレビでアプリ使えるとしたらどんなのが考えられる?ってとこを、イメージしはじめないといけないんだろう。

もっとも、VODひとつをとっても課題が多いんだけどね。

そうやって考えていくと、スマートテレビが日本で生活に溶け込んでいくにはいろんな試行錯誤もしながら十年ぐらいかかるんだろう。

うーん、あなたはどう思う?スマートテレビで何ができたら楽しいと思う?

(思うところを、よかったら書き込んでみて!)

Macに救われた人生は、世界中にたっくさん存在するのだろう

ジョブズの訃報を聞いてから、ずっと自分とMacについて考えている。

ある人から「Macに救われました」とTweetをもらったことがある。その時ぼくは確か、それは大げさでしょう、てなことを返した気がする。でも、自分を思い返すと、全然大げさじゃないなあ、と気づいた。

ぼくは93年に代理店を辞めた。いきなりフリーランスになったのではなく、実は半年ほど、あるデザイン会社にいた。いずれフリーになるつもりで、まずはそのデザイン会社で新たな経験を積もうと思ったのだ。

ぼくは部屋をもらい、そこにはパーソナルコンピュータが置いてあった。虹色リンゴのマークがついていて、Macintosh Classicと書かれていた。気の利いたデザイン事務所が”マック”と呼ばれるコンピュータを導入していたのはなんとなく知っていた。でもそれを自分が日々使うことはイメージできていなかった。

代理店にいた時からワープロは使っていたので、キーボード入力で画面上で文章を書いていくのは違和感がなかった。ただ、”イラストレイター”という、ワープロとは別のアプリケーションを使ったのは新体験だった。そのデザイン事務所では、キャッチフレーズを打合せで決めたら、それをMac上のイラストレイターで打ち込んで、プリントアウトしたものをデザイナーに渡すのだ。

キャッチに続く説明文(ボディコピー)もイラストレイターで打ち込んでデザイナーに渡す。それだけで、デザインチームにとってはかなり作業が楽になるのだという。

ぼくはそういう、新しい機器をいじるのは好きだった。だから、毎日そのMacをさわっては、いろんな使い方を見いだしていった。

そのデザイン事務所は半年ほどで辞めていよいよフリーランスになった。さらにその半年後にいよいよ自分のMacを買った。その手に詳しい友人に新宿のソフマップにつきあってもらい、わりと廉価な機種を買った。Performa588というマシンだった。

コピーライターの最重要な仕事は、キャッチフレーズ案を提案することだった。代理店にいた頃から、A4の紙にひとつひとつのキャッチ案を書いて打合せに持っていっていた。ぼくは字が下手だし、文字を適切にA4の紙に配置するのは意外に難しい作業だった。

十数文字のキャッチフレーズをA4に書くと、どうもバランスが悪かったり、行替えがまずかったりして、何度も書き直したりした。

Macを買ったら、キャッチフレーズ案もMacで書いてプリントアウトして打合せに持っていくようになった。書き方も徐々に進化させ、キャッチフレーズをどんとレイアウトし、その下にショルダーフレーズと商品名をびしっと置く。すると、その広告の構造がひとめでわかり、そのキャッチフレーズが持つ企画性も伝わりやすかった。

コピーライターはアナログな人種で、ぼくも本質的にはそうなのだが、90年代前半にMacを使いこなすコピーライターは少なく、なんとなく”進んだ人”という見え方でトクをしたと思う。

また、コピーライターはコピーだけ提案すればいいわけではない。むしろ、コピー案に至る前の企画意図やコンセプトワーク部分が重要だったりする。そこでぼくは、Macを駆使して対象となる商品をどうとらえ、どんな考え方でメッセージを組み立てるべきかを説明するのにも使った。文章だけではなく、図やチャートもうまく使った。

また、コピー案だけでなく、ビジュアル案もセットで出した方が企画がはっきりして説得力が出る。そこで、スキャナーで雑誌や写真集のビジュアルを読み込み、イラストレイターでキャッチ案とともに配置してプリントアウトしたものを打合せに持って行った。

そうすると、クリエイティブに至る背景の説明から、アウトプットの具体まで、ひとりで考えて打合せに提示することになる。そういう企画の出し方をすると、打合せのイニシアチブをとることができた。代理店やプロダクションの人も、この男は便利だぜ、ってことで頼りにしてもらえた。

マシンもどんどん買い替えた。PowerMac7300とモニターを買い込み、Performa588は子供たちのおもちゃになった。PowerBook2400cを買ってからはどこへでも持ち歩いた。喫茶店でボディコピーを書き上げたりしたものだ。PowerMacG3 DT233を買ってCPUやHDDの換装をやってみたりした。588が逝ってしまいiMacを家族用に買った。PowerMacG4が登場したら早速買いiMacのフラットパネルモデルが出たら面白がってすぐ買った。

基本的にワープロと企画書が使えればいいので、最新機種を追いかけて買う必要はまったくなかったのだが、最新機種を追いかけた。でもその中で、廉価なモデルを買った。それで十分だったからだ。最新の性能が必要だったのではなく、最新の機種を手元に置きたかっただけなのだ。

最初の頃のMacはよくフリーズした。昔は”爆弾マーク”が画面に出てきた。重要な企画書をノって書いてる時にフリーズして、マシンをあやうく投げそうになったことが何度もある。腹は立ったが、システムフォルダの中をチェックし、機能拡張書類をはずしたりなど工夫することはまた楽しかった。徹夜でフリーズの原因を究明し、朝方からようやく企画書にとりかかって寝ずに間に合わせたこともある。

そういう苦労も、Macで仕事する楽しさのひとつだった。

とは言え、MacOSXになって圧倒的にフリーズが減って、やっぱりうれしかった。それにOSXの先進的なインターフェイスや垢抜けたグラフィックスはMacの魅力を倍化させた。

時折、Windowsマシンを買ってみたりしたけど、全然使いにくかった。使われているフォントも好きになれなかった。全体的にグラフィックスが鈍くさいと感じた。

Macは”好き”だった。”好き”の塊みたいなものだ。人間が中に住んでいるんじゃないかと思えるような、ヒューマンなムードを持っていた。

こんな風に、Macを手にして、Macとつきあい、Macを愛してきた人は世界中にいっぱいいるんだろう。そして、それぞれの創造性を形にしてきたんだろう。Macを通じてどう創造的な作業をするか、それぞれ工夫したはずだ。その工夫がまた創造的な作業だった。

ジョブズがいなかったら、ぼくたちはどうなっていたのだろう。いや、Macは、そもそもAppleのコンピュータは、ジョブズの発明品ではない。Appleがはじめてパーソナルなコンピュータをつくったのは、同じスティーブでも、ウォズニアックのおかげだ。Macintoshを特徴づけ、やがてWindowsにも受け継がれたGUIとマウスによる操作は、XEROXの研究所が開発したもので、それをジョブズがパクったのだ。

でもジョブズは、GUIとマウスの先進性、必要性に気づいて、Macintoshに採用した。ジョブズがそうしなかったら、XEROXの研究者たちの成果は上層部に否定され日の目をみなかったろう。そうしたら、パーソナルコンピュータは理系オタクな人々だけのモノであり続けたのかもしれない。

そしたらぼくは、独立後もずーっとA4の紙にキャッチフレーズを手書きでまとめようとし続けたのだろう。企画書も誰かに清書してもらわねばならなかったかもしれない。何より、Macという不便なマシンと格闘したり新機種が出るたびにワクワクしながら買うべきか悩むというあの楽しみはなかったのだ。

そんな仕事のやり方はさぞかし大変だったろうし、そんな人生はさぞかしつまらなかっただろう。

そうだ、ぼくの人生がここまで楽しかったのは、ジョブズがXEROXの研究の成果をパクってくれたからだ!

ジョブズがそんな詐欺まがいのパクりを平気でできたのは、彼が信念を持っていたからだ。彼は技術者ではなく、メッセンジャーなのだ。

彼の死後、あちこちのニュースサイトやブログから聞こえてくるのは、彼の言葉だ。たくさんの言葉を彼は世界に発信し、その言葉に基づいた製品を世界に送り出した。そのおかげで世界中の人々が、自分の人生を切り開くことができた。

”ほら、思いついたことを何でも形にできるマシンをつくったよ。これを使って、君はなにをしたっていいんだ。どう使うかは、君の自由だ。やってみてごらんよ。君はもう、何だってできるはずだよ。”

十数年前、パッケージからとり出したPerforma588はぼくに語りかけてきた。そのメッセージは、2011年の機種でも変わらない。iPhoneやiPadも同じメッセージを言う。

Appleはこれからも世界中の人生を救うのだろう。スティーブ・ジョブズという人物が生まれてきて、人類は本当に良かったと思う。そう、ぼくも、本当に良かった。彼がいてくれて、本当に・・・

製品にメッセージを感じることなんて、もう二度とないんだろうね・・・

自分でも驚いたのは、ジョブズの訃報にものすごいショックを受けたことだった。これまでにも、自分が影響を受けた人物が亡くなったことはたくさんあったのだけど。はっきりと”ショックを受けた”のはジョブズが初めてではないだろうか。

自分がどれほどジョブズに影響を受けたかをあらためて思い知った。

夕方、たまたま銀座にいたので、AppleStoreに行ってみた。花でも手向けようかと思ったのだ。何かしないとおさまらない気がして。

中央通り沿いの例の店の前には、人だかりがしていて驚いた。

 

花を手向けに来た人。なんとなく来た人。取材に来たテレビ局。PCを手にレポートしている人もいる。Ustで生配信しているのだろう。

そんな様子を見ていると、目が水っぽくなってきた。たくさんの人たちが、ぼくと同じように悲しんでいると思うと、胸の中が熱くなってきたのだ。

初めてMacを買った時のことや、家族のためにiMacを買った時など、自分とApple(=ジョブズ)との関わりをひとつひとつ思い出し、熱いものがどんどん込み上げてきた。

ジョブズは”言いたいこと”がある人だった。Macを使うと、彼の”言いたいこと”が伝わってくる。それは、「これ使って何するのも君の自由だ。さあ、自由に発想してごらん。自由に描いてみてごらん」

ジョブズは、ジョン・レノンに似ているのだ。そう言えば、ずいぶん前、去年の夏に「スティーブ・ジョブズというロックンローラー」という記事を書いたっけ。

突然、話しかけられた。「あの、ちょっといいですか?」振り向くと、見覚えのある顔が。ああ、そうだこの人、NHK BIZスポの堀キャスターだ!

その場にいた人、ということで、インタビューを受けた。胸にいろいろ込み上げていたところだったので、やや興奮していろんなことをしゃべった。「スティーブ・ジョブズは思想家なんです!」そんなことも言った。

のだけど、放送で使われたのは「仕事で使うツールはすべて彼からもらいました」という部分だけ。なーんだい、せっかくカッコいいこといっぱい言ったのに。そっち使ってよ。ま、いいけど。

Can you speak English?

30歳ぐらいとおぼしき白人が話しかけてきた。

A little.
よせばいいのに、そう答えてしまった。

矢継ぎ早に英語で質問され、興奮していたので思いつくままにどんどんしゃべった。たぶん、奇妙な英語だったんじゃないかな。

「あなたは花を持ってきたんですか?追悼にきたのですが?」
「花だ。花のために、ここに来た。だがこれを見て驚かされた。」
「あなたにとってスティーブ・ジョブズはどんな人物ですか?」
「私は15年前に最初のMacintoshを買った。ずっと使っている。Macintoshはわたしの人生を変えた。」
「Macintoshは何を変えたのか」
「ぜんぶ。わたしの人生の全部を変えた。仕事。家族生活。全部だ」
「スティーブ・ジョブズはあなたにとって何が特別なのか」
「彼はメッセージを持つ。私は感じた。私はMacintoshにメッセージを感じた」
「そのメッセージはなんですか?」
「自由。私はAppleからメッセージを感じた。”自由になれ”」
だんだん質問が高度になってくる。
「ジョブズが死んだあともあなたはAppleを使うのか?」
「使う。ジョブズが死んだあと、Macにメッセージはある。だから私はまた買う。」
「ジョブズは働き続けて亡くなった。仕事を減らした方がよかったですか?」
「私は知らない。私は何を言うべきか知らない。しかし私は彼に感謝する」
「何に感謝するのですか?」
「メッセージ。メッセージをくれたことに感謝する。自由になれ。感謝する。そしてもうひとつ。ワン・モア・シングにも感謝する」

ぼくがしゃべった英語を日本語に表現するとこんな感じだったんだと思う。まあ、とにかく悲しんでいることは伝わったかな。

それにしても、ぼくは”思想”とか”メッセージ”とか、そんなことばかり言っている。そう受けとめてMacを使ってきたのだ。でも考えてみると、Macの中をのぞいても、どこにもBe Free.なんてことは書いていない。書いてないのにそれが読み取れる。なんて不思議なことだろう!!

製品からメッセージを読み取る。そんなことは、もう金輪際起こらないだろう。局部的には起こるかもしれないけど、こんなに世界中で製品が売られ、世界中の人々がメッセージを受けとめるなんて、もうあり得ないんだ、きっと。しかも、メッセージを発信しながら、ジョブズは実際にそのメッセージ通りのことを成し遂げてきた。コンピュータライフを、音楽流通を、コンテンツ流通を、これまでの足かせから解き放ってきた。

人間は、理念を持って、それを実現することができるんだ。

ぼくたちは、ジョブズのメッセージを、それぞれの形で、実現していこう。

スティーブ・ジョブズは、そんな風に、ぼくたちに生きる意味までもたらしてくれたのかもしれない。