広告映像はコンテンツビジネスになりえるか?〜メディア事変その17〜

このタイトルで言っている”コンテンツビジネス”とは、広告メッセージを伝えることを目的にするのではない、テレビ番組や映画作品、アニメーション作品などを指しているつもり。

広告映像は”費用”なんだね。勘定科目の”広告宣伝費”として使われるお金で制作費をまかなうわけ。だから”使い捨て”なの。

コンテンツビジネス、つまりテレビ番組や映画作品は、使い捨て、ってわけではない。”投資”だったりする。あるお金をかけて制作したら、劇場やDVDで制作費を回収する。元をとれたら、それ以上の収入は”利益”になる。大ヒットしたら大きな利益を生み出す。これは、広告宣伝費で作られた作品にはないことだ。

でもいまね、広告とコンテンツの境界が少しずつわからなくなってきそう。

こんなことを考えたくなるのは、ネットで動画を制作しましょう、という時、これまでのテレビCMのコスト感覚だと、とても見合わないバジェットになりがちなわけ。それはまあ、まだまだずっと書いてきたようにネット動画に経済価値が示せないからなんだけどね。

経済価値をつける努力をするのがいちばんなんだけど、制作しても見合わないのなら、二次使用でカバーできないか、と考えてみたくなるってものじゃないか。

理論上、こういうことは言える。例えば素敵なタレントが出てくる、ちょっと物語っぽいCMってあるでしょ?いい感じだなあと思うと、これの長いの見てみたい、とか思う人もいるかも。

テレビCMとしては15秒とか30秒とかなんだけど、ネット上で30分とか1時間のバージョン、流したりしてね。それが人気を博したら、DVDにして売れるのかもしれない。

もしそうなったらね、”広告宣伝費”という使い捨てのつもりで作った広告映像が、劇場映画のように”制作費の回収”もできるのかもしれない。回収しきってもまだ売れたなら、”利益”が出るかもしれない。”費用”のつもりが”投資”になって”利益”をもたらすとしたら。

そんな可能性はあるのか?あるはずだ。現に大友克洋のアニメ『FREEDOM』ってそういうことじゃなかった?

・・・さて、このことを考えていくと、メディアとコンテンツと広告費の不思議な関係に気づいてしまう。20世紀では問題なかった構造が、21世紀にはおかしいだろう、ということになるかも。というか、いままでの日本のメディアと広告の関係は奇妙だったのかも・・・何がって、それはまた、次回に言うからさ・・・

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