「踊る大捜査線」は最初のソーシャルテレビ現象だったのかもしれない

映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』がこの週末から公開されている。まだぼく自身は観てないんだけど、映画館はきっと盛り上がっていることだろう。この映画シリーズの制作会社はぼくが去年まで在籍していた株式会社ロボットだということもあり、思い入れもあり感慨深いなあ。

皆さん知っての通り、いまや大ヒット映画シリーズのこの作品、最初はテレビドラマシリーズだった。土曜日の夜に映画の2作目がテレビ放送されたのを観て盛り上がっちゃったので、VODサービスにあるテレビドラマの全話パックを購入してしまい、ドラマ版の第1話、第2話を続けてみたら、やっぱり面白いんだわ!

実はぼくはこのドラマ、放送時には観ていなかった。当時はフジテレビのドラマのポスター制作の仕事をよく引き受けていたので同局の作品はけっこうチェックしていたのだけど、この作品は視野から漏れていたのだ。それに放送時にはさほど視聴率がよかったわけではない。最終回が23%を記録したが、一貫して10%代後半を推移している。90年代の視聴率の水準としては”まあまあだね”という印象だっただろう。

ところが、むしろドラマ終了後に熱烈なファンたちのメッセージが聞こえてきた。どこから聞こえてきたかと言うと、ネットからだ。Wikipediaには以下のような記述がある。

”劇中に出てくる真下正義のウェブサイトを製作者側が削除せずにいたところ、見つけたファンからの働きかけがきっかけとなり、TVシリーズ本放送終了後にインターネットの公式サイトが開始。これを介してドラマ制作側とファン側が直接接触する機会が生まれた。そして、サイトでやりとりされた制作側・ファン側双方の熱意とアイデアが、このドラマを一大ブームへと押し上げた原動力の一つとなった。”

97年と言えばWINDOWS95登場からまだ数年。会社でようやくPCが使われるようになった頃。番組のホームページなんてある方が少なかった。そんな頃に視聴者側がたまたまドラマ終了後にほったらかしのサイトを発見して盛り上がった。それが大きなきっかけとなった。さらにサイト上で制作者と視聴者が”やりとり”をしたのだ。

それって、ソーシャルな現象だと言えないだろうか?

ソーシャルメディアが普及する10年も前に、掲示板上で視聴者が盛り上り、制作者とやりとりまでしていた。ネットの本質にこうした、マスメディアではつながらない”やりとり”が隠されているのだろう。

そしてドラマは再放送され、スペシャル版もいくつかつくられ、満を持して98年に映画版が公開される。ぼくはこの頃はフリーランスのコピーライターだったのだが、ロボットに遊びに行くと当時の社長が落ち着かずに歩き回りながら「もうすぐ公開なんだが、配収15億は行くんじゃないかと思うんだよな!」と興奮を抑えていたのを憶えている。いよいよ公開日、フタを開けたら各劇場に長蛇の列が出来て、史上稀な大ヒット作品となった。配収15億どころか50億(興収では100億)を超える成績を上げたのだ。

確か98年の秋に公開されたのがどんどんロングランとなり翌年まで引っ張ったのだった。そんな日本映画なかったんだよね!

最近は日本映画の方がお客さんが入るのだが、当時は洋画の方が圧倒的に強かった。日本映画はダサくてくらくてつまらないものだった。その常識を変えたのが『踊る大捜査線』だった。テレビの面白さを劇場に持ち込んだらそれまでのイメージをひっくり返せる。みんなにそう確信させたのだ。

映画界の常識を変えたのは、テレビシリーズのファンたちの声だった。彼らと作り手を結ぶネットと言う広場が登場したからだ。

ソーシャル誕生以前のソーシャル現象。そんな視点で今回の最新作(そして最後の作品!)「踊る大捜査線」を楽しんでみてはどうでしょか?

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