ぼくらなりの「ずっとウソだった」を唄ってみよう

たぶんみんなもう知ってるでしょ?もう見てるでしょ?「ずっとウソだった」

ぼくは昨日(4月7日)の昼間、Facebookのウォールである人から教わった。斉藤和義の「ずっと好きだった」の替え歌で、原発への皮肉を唄っていた。替え歌としては稚拙だなあ〜なんて思いながら、でも面白がって聴いた。

ずっとウソだったんだぜ やっぱバレてしまったな ほんとウソだったんだぜ 原子力は安全です
ずっとウソだったんだぜ ほうれん草食いてえな ほんとウソだったんだぜ 気づいてたろうこの事態
風に舞う放射能 もう止められない 何人が被曝すれば気がついてくれるの この国の政府

そういう歌詞だ。これは傑作だ!誰が唄ってるのか知らないけど、よくできてる!ストレート過ぎるけど、かえっていい!そんな気持ちで聴いた。

ぼくもYouTubeのURLをみんなに教えようと書き込んでおいたのだけど、しばらくすると、もうそこから削除されていた。それに、みんなから伝わってきたのは、あれは本人が唄っているらしい。え?自分で自分のヒット曲を替え歌にしちゃってるの?なんてヤツだ!カッコよ過ぎる!

(ここなら確実に見れるらしい。まだの人はクリックしてみて)

また新たなアップロード版が見つかって、それをみんなが見に行く。しばらくすると削除されてる。また新たに・・・という追いかけっこみたいなことになっていった。誰が動画をあげて、誰が削除しているのだろう?

まあ著作権者側がこれを見てしまったら削除依頼をGoogleに出すだろう。だからレコード会社の人かな?でもあげているのは誰なんだろう?本人が自分で撮影したように見えるから・・・本人?

とにかく、斉藤和義、カッコいいよ!これがロックンロールだよ!思い出したよ。ポップミュージックは本来、カウンターカルチャーだったんだよ。恥ずかしいけどぼくも30年ぐらい昔、ロックンローラーになりたかった。クラプトンに憧れたけど、なりたかったのはキース・リチャーズだったよ!

そして今日(4月8日)の夜、酔っぱらって帰宅する途中の電車の中で、斉藤和義がUstreamでライブをやり、「ずっとウソだった」も唄ったとTwitterで知った。酔っぱらってたからかな、いたく感動した。じわっと涙が出た。

唄いたかったんだね。聴いてほしかったんだね。みんなに伝えたかったんだね。だから何度削除されてもYouTubeにあげたし、ライブで唄った。「ずっとウソだった」がはじまったら2万人の聴取者が一気に3万人に増えたそうだ。そう、みんなも聴きたかったんだ!

表現するって、こういうことなんだなあ。それに、斉藤和義というプロの歌い手が、唄いたい歌を披露する場がなく、でもいまならYouTubeとかUstreamとか聴いてもらう場がある。YouTubeやUstreamを唄いたい歌を聴いてもらうために使えばいい。プロの歌い手が唄いたい歌を唄えないのは不自由だけど、ネット上には自分で場を作れる。いまや、ソーシャル空間は自由の場なんだなと思った。

唄いたい人が、唄える場は作れちゃう。人も集まってきちゃう。そこでは、平等だ。公平だ。誰だってそれ、やってもいいんだ。やってもいいんだから、やりたいことを、やりたいと思ったら、やりたい人は、やればいい。

3月16日、地震の数日後にぼくは「この終末が終わると、ぼくたちは何かがはじめられるのだろうか」と題した記事を書いた。数日経ってようやく、終末感をひしひしと感じ、打ちのめされ、何をしたらいいのかよくわからなくなってしまった。つい昨日あたりまで、わからなかった。

斉藤和義のセルフ替え歌を聴いて、なんだかわかってきた。やりたいと思ったことを、やればいいんだよ!

おれにはいいたいことがある。だから、みんな聞いてくれ!歌で聴いてくれ!ブログで読んでくれ!絵で見てくれ!映像で見てくれ!そういうことでしかないけど、そういうことでいいじゃないか!

ぼくたちは、メディアやコンテンツに関わって仕事をしているぼくたちは、そんな子供だったはずだ。聞いてくれよ!見てくれない?ぼくが感じたこと。思ったこと。言葉にするから。絵にするから。音にするから。小学校のクリスマス会とか、高校の文化祭とかで、人前で、自分のやりたいことをやってみせる。

それはいま、クリエイターといわれる職種についてる人はそうだろうけど、営業マンだよとか、管理部門だよとか、直接的に表現の仕事をしていない人でも、こういう世界に入ってきた人は、そんな子供だったんじゃないか。

ぼくたちは、音楽のプロだとか、映像の職人だとか、その前に、”何かやりたい人”だったはずだ。だから、斉藤和義がどうしても「ずっとウソだった」を唄いたかったように、ぼくらも唄いたい歌を、唄えばいい。書きたいことを、書けばいい。そういうことだ。「この終末が終わると・・・」ぼくたちは、唄いたい歌を唄えばよかったんだ!そういうことだった!

これからのぼくたちは、経済的には縮小していくだろう。メディアコンテンツ業界の人はとくにそうだ。これからマスメディアのホントにホントのパワー減退が巻き起こり、どんな人でもマイナスの影響は受けてしまう。この大災害がそれを加速させた。

でもそんなことは、本質的なことではなくて、大事なのは、唄いたい歌を唄うこと。いい?唄うこと、じゃなくて、唄いたい歌を、唄うこと、だからね。

ぼくたちが唄いたい歌を唄えば、きっと素敵なことが起きる。大きな花は無理かもしれないけど、小さな草花は咲かせることができるんじゃないか。タンポポくらい?でもそれでいいんじゃない?それは素敵じゃない?

あのがれきの山を片づけたあとに、タンポポを咲かせることができれば、まず、そんなことからで、いいんじゃないかな。

うん、支離滅裂ながら、久しぶりに前向きなこと、書けた気がする。斉藤和義のおかげだね!

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