新聞少年はいなくなる?〜クリエイティブ維新その22〜

大新聞が売れるのはなぜ?立派な記者さんたちが書く、立派な記事が載っているから?いや、ちがう。契約したらオマケに洗剤がついてくるからだ。

新聞について書きはじめた最初に、大新聞社の傲りみたいなことを書いた。天下の○○新聞の記者さんは、私は日本の良識を支えているという誇りを持ってハイヤーを乗り回していることだろう。だが彼らの高給を支えているのは、洗剤片手に町中の家をピンポンしまくっている販売員たちだ。

販売員の人たちは例え大新聞を売っている人でも、なんだかあやしい。と言われたら、多くの人がそうそう、とうなずくにちがいない。ぼくも○○新聞や××新聞の販売員と玄関口でケンカしたことが何度かある。だってしつこいんだもん。

その、なんだか怪しいイメージの新聞勧誘員こそが、大新聞の経営基盤となっていることは、誰もがうっすら感じているはずだ。そして考えてみたら不思議な商習慣ではないだろうか。

さて一方、インターネットとは何か、という話にいきなり飛ぶ。

インターネットが変えたことのビジネス面での最重要ポイントは、ものの流通を変えたことだ。既存の流通形態を”中抜き”して変革したインフラ、それがインターネットなのだ。

そして既存のメディアコンテンツ業界は、これまで独特の流通形態を事業基盤としてきた。CDショップがあるからレコード会社は経営できた。それをネットによる”音楽配信”が構造改革を促しつつある。

同じように、インターネットが新聞業界の”販売流通”に構造改革を迫りつつあるのだ。

新聞社がいまの状態でこれまでの販売方式をやめたら?情報の一切をネット経由で送り届けることにしたら?輪転機はいらなくなる。販売所を支える必要がなくなる。さてそれで経営が成り立つのか?

答えはおそらくNOだ。それだけでは済まないだろう。実際、新聞社の危機が先行しているアメリカで、似たことがはじまってでも決してうまく行ってはいないらしい。

だが、時間の問題で新聞社は輪転機を捨てざるをえないだろう。販売組織にごめんなさいするしかなくなるだろう。世の中は必ず”そうせざるをえない方向”に進んでいくし、去年のリーマンショック以降、そのスピードは加速度がついてきている。

輪転機を捨て、販売組織を見捨て、ハイヤー取材をやめ、署名で価値ある記事を書けない記者を切り、レコメンシステムを導入し、それで、ようやく”果たして生き残れるのでしょうか”となるのだ。

もはや、メディア企業に所属しているだけで”特別な存在”にはなれないのだ。そういう世の中になってきたのじゃよ、諸君。

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