2013年、もっとも最先端でもっとも地味だったテレビ番組の話

12月21日、ぼくは埼玉県熊谷市の駅に降り立った。熊谷は上越新幹線も停まる、まあそこそこの町だ。駅の周辺には大きなお店も少ない。そこからなぜか15分くらい歩いた中山道沿いに突如大きな百貨店がある。
yagibashi

八木橋百貨店。どうしてこんな駅から遠いところにこんなに立派な百貨店があるかはわからない。とにかくこの日はここで、テレビ番組「たまたま」の収録が行われるので、土曜日だと言うのにやって来たのだった。

「たまたま」については何度かこのブログでふれてきた。
<5月13日「たまたま」はテレビマンが新しいテレビを生み出す実験だ>
<6月10日ビジネスモデルは見えてきてる、つもり>

何度か書いてきたことも含めて、ここで「たまたま」について箇条書き的に整理しておこう。

・テレビ埼玉のみで不定期に放送。突然告知され、平日の深夜2時とか3時に数夜連続して放送されることが多い。
・北海道テレビ「水曜どうでしょう」の藤村忠寿氏と、読売テレビ「ダウンタウンDX」の西田二郎氏が二人で自ら出演している。他に決まった出演者はいない。
・「予算ゼロ」を標榜し、スタッフやスポンサーを募集している。最初の頃は編集予算もないので撮ったままを放送し、文字をテロップで出す代わりにガラス扉に文字を書いた紙を貼ったりしていた。
・基本的に公開収録で毎回熱心なファンが百数十名集まってくる。
・企画は毎回行き当たりばったりで西田氏が用意しておいたことに藤村氏が乗っていく感じ。
・二人のテレビ制作者の「予算がないからこそできるテレビの実験」への挑戦が番組の大テーマ。

そんな「たまたま」の次の放送のための収録が、熊谷の八木橋百貨店で行われることになった。さっき「スポンサーを募集している」と書いたが、その第1号として手を上げたのが八木橋百貨店。予算がないので公開収録の場所を常に探している「たまたま」に、店内8階にある”カトレアホール”という立派なスペースを貸してくれるということだった。

八木橋百貨店は番組のスポンサーとしてこれまでにもいろいろ提供してくれており、だから最初は使えなかったテロップも出せるようになった。「スポンサー 八木橋百貨店」のクレジットも、堂々と出せているのだ。

八木橋百貨店のスポンサードについては、番組を愛するファンたちも感謝していて、「百貨店と言えば」と問いかけると声を合わせて「八木橋!」と答えてくれる。

「たまたま」の面白さはこの、制作者とファンとスポンサーの心が通じ合った関係にある。顔の見える作り手が、ファンのレスポンスを感じながら番組を作っていく。それをスポンサーがバックアップする。そうした関係の中で制作が進んでいく、テレビの原点を見ているようなところがある。

八木橋百貨店はそんな深夜の番組にスポンサードして何かいいことがあるのだろうか?その謎は、この日の百貨店内を歩くと晴れる。

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例えば食堂では「たまたま定食」をこの日は特別に展開。あるいはパン屋さんで「たまたまパン」を売っているなど、いくつかのタイアップ企画が店内を賑わせているのだ。

もちろん、これは商売に使わせてもらう、という姿勢だけではなく、そもそも八木橋百貨店関係者が番組のファンだから、できることだ。ひとつの番組を、みんなが愛してその場が盛り上がって、売る側も買う側も楽しくなるなら言うことない。それが実現しているのだ。

さていよいよ収録がはじまる。まずは二人の制作者が登場してのトーク。この二人は裏方だったはずなのだけど、並んで喋っているだけで笑いが炸裂する。そのまんま漫才番組にでも出られると言いたくなるほど。

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この日の企画は、「ヒーローショーショー」。”ショー”が2回続いているのは誤植ではない。ヒーローショーのショー、という意味。

ヒーローショーを八木橋百貨店でやりたい、と考えた西田氏。どうせならミュージカルにしてしまおう。演出は藤村氏にやってもらおう。そこで、10数分のシナリオを作りあげ、セリフと唄の部分つまり音声の要素だけを先に録音して完成させておく。当日、役者さんを呼んでその場でシナリオを見て演じてもらう。一方、藤村氏もシナリオを知らないままで会場にやって来て、役者さんたちが音の進行に合わせて口パクで芝居するのを演出していく。

つまり、役者と演出家が、あらかじめできあがってる音に即興で芝居をつけていく、というもの。とにかく音はでき上がっているから、その時その時で役者と演出家次第でミュージカルがいろんな形でできていく、ということになる。

ミュージカルの作り方として、かなり実験的だがネタが何しろヒーローものだし、例によって予算がないので薄っぺらーい衣装しか用意されていない。だからどうしてもコメディになっていく。
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写真のような、見ているだけで笑っちゃう絵の中で藤村氏が少しずつ演出をつけていく。最初は戸惑っていた役者さんたちも呑み込んできて芝居に入り込んでいく。2時間くらいあれやこれやとやってみて、最後に通してやってみたらなんと!見事にまとまった。

ちなみにこの日の役者さんたちは、藤村氏にはサプライズで、彼のドラマによく出ている立派なプロの皆さんだ。だからできて当たり前、のように思えて、いかにプロでもその場で読んだ脚本を、誰かがあらかじめ録音したセリフに合わせて芝居をしていくのは初体験にちがいない。そこをちゃんと消化してそれぞれ自分の芝居にしたのはさすがだった。

考えた当人の西田氏も、最初に役者さんたちが戸惑っている様子を見て、さすがに無茶なことをやろうとしているのかもしれないと不安になったそうだ。「こんなにちゃんとまとまるとは自分でも驚きましたわ」と言っていた。

うまくいくかどうかわからないことをやってみる。そんなことは、地上波の番組ではもうなかなかできない。だからこそ二人は、それぞれ所属の局の看板番組を持ちながら、一方でこの番組に並々ならぬ情熱を注いでいる。テレビでできることはもっとあるはずだ。そんな二人の熱い思いが時々、漫才のようなトークの中でほとばしる。ファンたちも、そういう思いまで共有してくれている様子だ。

そう、この番組でいちばん大事なのがファンたちの存在だ。どこの会場で収録をやってもはるばる集まってくる。どうやらコアとなる面々は決まっているようだ。11月には千葉県でキャンプを行い、60人以上のファンが集まって一泊した。その様子ももちろん番組になっている。

初期には番組の音楽とキャラクターを募集した。驚くほどクオリティの高い作品が集まって、その中からみんなで選んだものが、実際に番組で使われている。「ヒーローショーショー」でのダンス指導も、ファンの一人にその道のプロがいて、振り付けをしてくれたのだ。

西田氏と藤村氏は、そういうファンたちとの交流、気持ちの共有を何よりも大事に番組を進めている。もともと西田氏は関西で「ガリゲル」という番組を制作し、そこでも視聴者との交流を大事にしている。「水曜どうでしょう」が全国に熱いファンがいて、藤村氏がそれを大事にしているのは周知のことだろう。もともとそんな二人が、ここではもっと小さなコミュニティを、小さいからこそ一緒に番組づくりをしようとしている。毎回、爆笑に包まれつつ、そういう一体感が味わえるのも「たまたま」の魅力のひとつだ。

「たまたま」がこの一年地道に取り組んできた各企画の実験、そして「たまたま」という地味な番組そのものが、実はテレビの最先端なのだとぼくは受け止めている。制作者と視聴者、スポンサー、テレビ局、彼らが互いに顔が見える関係の中で信頼しあいながら、”いま”を形にしていく。番組はその結実だが、それだけが成果物ではない。成果物はむしろみんなの頭上にもや〜っと漂う”つながり”のようなもので、メディアとはそもそもコミュニティを結びつける社のような役割のはずだ。そういう、メディアの原点、みんなを楽しませることのそもそもの意義を思い知らせてくれるのが「たまたま」だ。

ところでこの収録にぼくが立ち会ったのは少し”仕事”だったからだ。2月15日〜16日にさいたまアリーナで開催される「埼玉サイクリングショー2014」と「たまたま」がタイアップするお話があり、そのコーディネーター的なことをやることになったのだ。と言っても会場では見てるだけだが。21日の収録では、サイクリングショーの告知もあり、ポタガールという埼玉のサイクリングを盛り上げる女性も少し出演した。これについてはまた、書いていくつもりだが、興味があったら2月16日にさいたまアリーナに足を運んでもらうといいと思う。

それから、「たまたま」は大晦日に”年越しスペシャル”として23時30分から放送される。もちろん年越しの瞬間にはカウントダウンも行われるはず。その収録も、21日にすでに行われた。・・・あれ?年越し番組を収録・・・?(笑)

コミュニケーションディレクター/コピーライター/メディア戦略家
境 治
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