番組なのか広告なのか

少し前、連休中に「終わりと始まりは同時に起こる」という記事を書いた。このところ急にテレビ関係の新しい動きが出てきたね、という話。今日はその続編的に、ちょっと絞ったことを書くよ。

フジテレビで日曜日21時から放送中のドラマ『マルモのおきて』観てるかな?ぼくは毎週観て、毎週だらだら泣いている。エンディングテーマ曲が「♪マルマルモリモリ〜」という子供たちのかわいい歌声で話題を呼んでいるのは聞いたことあるんじゃない?主演の子供たちが人気出ているのか、他の番組にもどんどん出ている。ドラマの視聴率も上がっているみたいだ。

さて、その『マルモのおきて』を観ていて最近ものすごくびっくりした。主演の阿部サダヲと子供たち二人が、ドラマの設定のままで「アタックneo」という洗剤のCMをはじめたのだ。えええええ?!

んー、それが?って思う?だってこのドラマは花王の一社提供だからそんなこともあるんじゃないの?うん、確かにそこはするどいけどね。

でもこれまではありえなかったんだ。

そもそも番組に提供するってどういうことなのか。番組の途中で流れるCMの枠を買うわけだね。でもCM枠の代金と、番組の制作費と、項目としては2つの要素にお金を払っているわけ、スポンサー企業は。テレビ局は、企業から宣伝のためのお金をもらって番組を作ったり運営したりしている。何でもかんでも、企業からお金をもらわないとできない。

でも一方で、番組の中身にスポンサー企業が口を挟むことは許されない。いや、まったく許されないわけでもない。でも基本姿勢としては、許さないのだね。メディア企業は、スポンサーの意向に寄って作ってしまうと視聴者から支持されない、信頼されない、という考え方を持っている。スポンサーの意見なんか聞かないぞ、という理念で動いている。だから口を挟めないんだ。・・・でも時々、口を挟まれるし、時々、言うこと聞く。言うこと聞いちゃって圧力かける上司とかは馬鹿にされる。さげすまれる。

そういうとジャーナリズムの話みたいだけど、ドラマもおんなじ。スポンサーに口挟まれないぞ、というのが基本姿勢。例えばクルマメーカーがスポンサー企業の場合、画面に出てくるクルマは基本、そのメーカーのにしてねとかね。それはありだけど、「そのクルマ画面に出すなら、いちばんいいアングルはこう斜め45度でね・・・」なんてことは言えなかった。

だから例え物語と分けた世界にしたとしても、ドラマの設定で、しかも出演者まで出てきてあからさまにCM映像を流すなんて、あり得なかったわけ。

阿部サダヲは花王のクイックルのCMに出演しているので、話がしやすかったのかもしれない。でもそれにしても、何がどうなったらこうなるのかわかんないなあ。

それから、さらにびっくりなのが、『マルモのおきて』の中だけでなく、まったくちがう時間帯でもこのCMが流れたこと。ドラマの時間内だと、まあサービスですわ、って話になってもまあわかる。それが全然ちがう時間に流れるのはもう、どういうルールなの?って感じだ。

ただ、このCMがよくできている。まったく嫌みがない。阿部サダヲと子供たちだから、なのかもしれないけど。成功していると言っていいのかもしれない。

これと似た例がテレビ朝日の番組でもある。土曜日18時半からの『二人の食卓』。毎回、男性タレントが仲の良い女性タレントに料理をつくって感謝するという番組で、ぼくは料理好きなので毎週観ている。パナソニックの一社提供で、IHクッキングヒーターだのを番組の合間に流れるCM枠で紹介している。

これがまた、司会の八嶋智人が登場するCMを流すのだ。ただこちらの方はスタジオで撮影する番組だし、番組のセットをそのまま生かして簡易に撮影しているので、「サービスね」で済む感じがあった。

ところがこないだ山手線に乗っていて驚いた。JRトレインチャンネルという、車内映像で流れる番組の中で、この八嶋智人が出演する『二人の食卓』CMが流れたのだ。テレビ朝日の別の番組や時間帯でというならまだわからないでもないでもない。でもトレインチャンネルってまったく別のメディアじゃんか。いいのかね、テレビ朝日として・・・まあ、いいですよ、ってことで流れてるんだろうけど。

ちょっと前にあるクライアント企業が愚痴っぽく言ってたことがある。「ドラマにスポンサードしてて、うちの商品が出る場面でも、こちらの意見はほとんど聞いてもらえないんですよね。でもあのドラマの制作費は、うちが出してるわけですよね。どうして?って思いますよ」

広告による無料放送には、もともとこの問題は潜んでいたのだ。話題になった本『FREE』で読んだのだけど、ラジオ放送黎明期に、放送の運営を広告費で賄って無料にするのはどうかと言われたら、多くの聴取者が「放送内容が企業寄りになってしまうのではないか」と怖れたそうだ。メディア企業の側は、だからこそ、スポンサー企業から自由でいるよおれたちは、という意気込みだった。お金をもらう相手に媚びたりしないよ、と。でもお金を出す側からすると、忸怩たる思いが残るだろう。制作費も、あいつらの高い給料も、うちの会社の宣伝費だよ、と。

広告と番組は分けて考えてきた。くっきりと線が引かれていた。ぼくは、その境目が薄れていくと思う。薄れていくと、スポンサー企業の言うがままじゃないかあ!とその流れに抵抗するのではなく、広告と番組の境目がなくなったらどんなことになるんだろう。どんな面白いことできるだろう。そう考えていった方がいいのだと思う。

広告と番組をくっきり分けていたのは20世紀の常識にすぎない。分けていたことにはどこか矛盾があったのだ。21世紀の、広告と番組の関係を作り上げればいいんじゃないかな?

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それから「第二回・リアル境塾」を6月26日に開催。今回は人数絞り目で行きます。まずはこの趣旨説明を読んでみて。

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コメント

  1. いままで何もかもが「本当はね…」をぐっ!と無理して飲み込んでいたものが突然プッツリ断絶して吹き出して来ているのですね。世代?時代??理由はわかりませんが、どちらが「本筋」なのでしょう

  2. starydogさん、コメントどうもです。どちらが本筋なのか・・・どちらかが本筋なのではなく、その時その時で本筋が変わるのではないでしょうか。ぼく自身、10年前に「絶対こうだ!」と思っていたことを、いま思い出して、なんでそう言ってたんだっけ、となったりします。正しいことがひとつあるのではなく、文化や時代によってちがうんでしょうね。

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