テレビ局はコンテンツ屋の意地を捨てる〜クリエイティブ維新その14〜

これから起こるのは、メディアとコンテンツの分離なんだ。

もともと、分離してはじまってもおかしくなかったんだよ。

メディアとコンテンツの分離と言うのはね。

放送事業をやる人と、その中で流す番組を作る人は、別でもよかったかもしれない。これから、そうなるだろう、ということね。

例えばいま、映画はどうだろう。映画館を運営する人と、映画をつくる人は別だよね。東宝系のシネコンもあるけど、ほとんどの映画館は映画会社とイコールではない。

同じように、テレビ放送という事業を運営する人が、自分ですべての番組を作って埋めなきゃいけないってこともないわけ。

いままでは自分たちで作っていた。正確に言うと自分たちで作っていることにしていた。実際に作っているのは制作会社だったりしていたけど。でも制作は外注でも”局P”なんて人はいて、中身に責任は負っていた。制作費も局が持っていた。

放送事業が急激に”儲からない事業”になっているのは、自分たちで制作費を負担して、中身に責任を負って、その上でCM枠を売る、という構造が行き詰まったから。制作費の負担をカバーできるだけの広告セールスができなくなってきたから。

テレビ広告費は8割弱に減るだろうと書いたけど、それでも1兆5千億ぐらいでは売れる。つまり、CM枠は今までより安くなっただけで、相変わらず高い価格で売ることはできるわけだ。

だったら、制作費を負担したり、中身に責任を負ったりしなければいい。

番組は誰か作って埋めてください。そうしたら、CM枠は誰か買ってください。そういうことで、事業としては成立するはずだ。

もちろん、そんな状況はいまのテレビ局の人たちには堪え難い屈辱となるだろう。テレビを作ってきたのはわしらなんじゃ!そんな誇りで何十年も仕事してきた。広告枠を売るだけなんて、わしらはそんなことのためにテレビをやって来たんじゃない!

でも割切って、日々の番組の流し方だけやれば、つまり編成だけやって制作をやらなければ、意地はかろうじて保てるんじゃないかな。割り切れちゃえば、それはそれで、こんなにおいしい商売はないと思うよ。

そして割切っちゃえば、テレビをやっている価値に自分で再び気づくかもしれない。

だって『Rookies』大ヒットだよ。こんなに効率のいいプロモーションマシンはないよ。お茶の間で、大画面で、高画質で、一度に大量の人に映像を送り届けられる。やっぱり最強のプレゼンテーション装置なのには変わりない。

視聴者にとっても、だらっとソファに座って、スイッチを入れてザッピングするだけで次々に映像が出てくる。こんなにいいひまつぶしはない。

そういうことにテレビがなった時、クリエイターは何をすればいいのかな?

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