クリエイターの価値を社会に認めさせよう〜メディア事変その9〜

結局ね、広告にお金を出すクライアント企業は、ひいては世の中は、広告の価値=メディアの価値、と思ってたってことなんだ。そう思ってたし、広告業界もそれでいいのよ、って思ってた。クリエイターはそういう大きなおカネの流れの中で”おれはすごいだろ!”って勘違いしてたに過ぎないの。

ぼくはフリーランスでコピーを書く仕事を前はやっていた。立場上、クライアントの担当者とも話す機会は多かった。滅多にギャラの話は出なかったけど、たまに聞かれて「ぼくはこのCMのコピーを書いて100万円のギャラですよ」と言うと、みなさんびっくりしたり中には不快そうな顔をする人までいた。ぼくの”100万円”は広告業界の中で通用していたけど、大袈裟に言うと社会は納得してくれてなかったんだ。

コピーライターだからとくに、ってとこもあるだろう。なーんか思いついたこと紙に書いてきて100万円かよ、おれの給料の○倍かよってね。ちゃらい仕事に見えてただろうから。

まあコピーライターが簡単そうに見えることを差引いても、クリエイターの価値は正式には認められてなかったも同然。ゴールデンタイムのテレビCM枠15秒がうん百万するのはしかたないけど、クリエイターにうん百万は納得いかない。そんな風に見えてたと思う。

クリエイターも、そういう広告業界だけで流通した価値基準に甘えていられた。でも、(ここからがポイント!)もうそんな甘えは通用しなくなるんだ。だって、広告費の中心がテレビ広告費じゃなくなってくるから。

わかる?あれ、わかんない?

いい?なんでコピーライターの1行が百万円とかでオッケーだったか。クライアント企業が代理店に払う数億円がすべての基準になってたわけ。数億円の大半をメディア費に使っていた。1割ぐらいの数千万を制作費に割いていた。その中の百万円なんて、どうってことない。ようするに、そんなことでしかなかったの。

テレビ広告費中心じゃなくなるってことは、もっと費用が細分化されてくる。すると、ひとつひとつのコストの明細と効果が求められる。そんな中、”おれのコピーはなんとなく100万円なんだよ”って言っても、”いやそんなんじゃ払えない。なんで100万円なのか子細に説明してくださいよ”となるわけだ。

なんでぼくのコピーは100万円とれたか。・・・説明できっこないよね・・・そこを、説明できないといけなくなるんだ。どうする?

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