【メディアコンテンツ業界への警鐘】○○原理主義からの脱却を

まあ、業界の四半期決算、どこも悲惨なのは目に見えているね。さあ、だから、パラダイムシフトだよ、ってことで、みんないろんなこと考えはじめていることだろう。

さてここで今日のポイントです。パラダイムシフトを考える時、○○原理主義に陥らないようにしよう、という大事なことを指摘したい。

○○原理主義?なにその宗教みたいな言い方。関係ないんじゃない?

いやいや、宗教問題の言葉にからめて言っているこの”原理主義”って言い方、いろいろあてはまるかもよー。

クリエイターの世界で言えば、CM原理主義とかグラフィック原理主義とか、WEB原理主義とかね。コピーライター原理主義ってのもありそうだし、プランナー原理主義とかプロデューサー原理主義ってのもあるんじゃないか。

代理店原理主義とか、プロダクション原理主義ってのもあるね、たぶん。

テレビ原理主義や新聞原理主義、雑誌原理主義もはびこってるのかもしれない。

なんとなくわかってきた?

つまりね、メディアコンテンツ業界にも様々な”分野”が存在する。みんなそれぞれの分野、それぞれの職種で何十年もがんばってきているわけだ。その分野や職種に”こだわって”いると、次の時代をつくれないぞ、おいてけぼりになっちゃうぞ、ってこと。

あー、何を言うんだ、プロフェッショナルが”こだわり”忘れてどうすんだ。あ、そう思っちゃったあなた。あなたは○○原理主義から脱却できてないのかもよ。

いやもちろん、アートディレクターはアートディレクションにこだわらなきゃまずいよね。雑誌編集者が雑誌にこだわらないと存在意義ないですよ、当然。

でもね、そういう”おれの道”へのこだわりを持ちながらも、一方で”んなことにこだわってるおれってバッカじゃね?”という、冷めた視点というか悟りの境地というかも、持たないとまずいって言いたいわけ。あるいは、そういう冷めた視点を併せ持つことで、次の時代が見えてくるのかもしれないよ、って言いたい。

とくにいまは、個々のメディアのポジションや存在意義が根本から崩れ去ろうとしている。その時に、”こだわり”が邪魔になることもあるってこと。すごく極端に言えば、雑誌編集者が雑誌にこだわっているうちに、雑誌そのものがこの世から消えうせるかもしれない。げっ!ひどいこと言うなあ、って、でも雑誌が次々に廃刊になっているのを見ると、あながちないとは言えないでしょ?

それでもなお、雑誌編集者にはきっと、存在意義がある。そのノウハウを別の形で生かせるはず。その場が”雑誌”と呼ばれなくなったとしても、きっと生きる道はある。”ある分野に絞って最新情報を集めて編集し受け手に送り届ける”能力は、どこかに生かせるはずだ。それは、そういう”映像メディア”なのかもしれないし、WEB上でCGMを展開することなのかもしれないし、その両方を一度にやることなのかもしれない。

雑誌編集者のノウハウが、映像制作者やWEBテクノロジーと結びついたら”次の時代”が見えてくるかもしれない、ってことね。自分の培ってきた能力に誇りとこだわりを持ちつづけながらも、一方で”こんなもんどうってもんでもないね”と思えたら、道が拓ける、きっと。

○○原理主義から脱却する、って、そういうこと。パラダイムシフトって、そんな感じ。

アンダースタン?

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