→VODは入り口にたどり着いたにすぎない。dビデオのリニューアルから未来は見えるか?
その記事で書き足りなかったことを先日ここでさらに書いた。
→VODにとってテレビが大事だ、ということはどこから市場を奪うか?〜AdverTimesの記事への追記その1〜
そしてもうひとつ、追記として書いておきたいことがあるので文章にしてみたい。
ピケティという経済学者がブームなのはご存知だろう。ぼくは経済学をちゃんと学んだことはないし、ピケティの本を読んだわけでもない。ただ、要するにこういうこと、という数式のことはぼんやりながら理解したつもりだ。
「 r>g 」というやつだ。
この「r」とは「資本収益率」で「g」とは「成長率」ということで、すっごく簡単に言うと、みんながマジメに働いて経済が成長しても、資本の投資による収益性にはかなわない、ということみたいだ。
日本の映像業界にあてはめると、その通りだよなー、とぼくは思った。
一時期、映像制作会社でなぜか経営企画の仕事をしていた。CM制作を受注した際の制作管理の基準は?とか、映画製作に出資した場合興行収入がいくらだとリクープできるか?とか、そういったことを考えるのも重要な仕事だった。
つくづくわかったのは、映像制作は儲からない。大きなお金が動くので立派に見えるけど、内実は火の車だ。どこでもそうだと思う。規模のメリットがないのだ。大規模な案件は大規模なりにコストも手間も大規模にかかるだけ。逆にリスクがその分増える。
映画作るならヒットすれば儲かるんだろう、と思うかもしれないが、作るだけだと制作費をもらっておしまい。3億円で制作した映画が興行収入30億円のヒット作になっても、制作会社は3億円どまりなのだ。
3億円が30億円になったら誰が儲かるのか。製作した人たちだ。制作と製作は一般的には似たような言葉だが、映像界では丸で違う意味。制作は実際に映像を完成させる現場作業の集合体で、製作は予算を集めてどういう配給をするかとか、どうプロモーションするかなどを決める。実際に現場で汗はかかないが、ビジネス的なリスクを負って冷や汗はかく。3億円が30億円になればいいが、5億円にしかならないと製作的には赤字になるので大損をこく。
3億円の制作費で5億円の興行収入だとなぜ赤字かを説明するとまた違う話になるので、ここではやめておこう。このブログでずいぶん前に書いたと思うので探してもらえばいい。
とにかく制作と製作は違う。制作は直接的に現場を乗り越えていく、クリエイターのような職人のような、そういう作業だ。建築で言えば工務店と大工や職人達。製作は設計図を描いて資金を確保するのとできた建築物をセールスする作業。ネクタイを締めたビジネスマンの作業で、映像の場合は配給会社やテレビ局や代理店などが製作委員会を組成して受け持つ。
制作はあらかじめ決められた制作費以上は手にしない。どんなにヒットしてもリターンはない。リターンがほしいなら、自分たちも出資をして製作者の一員にならねばならない。(もっとも、関係や実績によっては出資をしない制作会社にもヒットによるリターンを得られることもあるのだが)
この制作にはリターンがない仕組みは映画以外でも映像制作界は全般そうで、アニメでもそうだ。テレビ番組も視聴率がものすごく良くても、DVD化されてたくさん売れてもリターンはない。テレビCMを作ったら商品が大ヒットしても同様。お金は増えない。
少しだけ例外があり、監督と脚本家は二次使用には印税的リターンがある。多くの映画ではそれは大した額ではない。日本映画のヒットなんか高が知れてるから。滅多にないが、大ヒットした映画は二次使用も莫大になるので年に一人くらいの監督はリターンといえる額を手に入れられるだろう。
この構造を知った時、出資をしないとリスクを負わないのだから仕方ないのかなあと思った。でもハリウッドの場合、かなり違うようだ。出資とは関係ないリターンが契約で約束されていることが多い。だから一度ヒットを飛ばすと次は自らプロデュースもしつつ作品にお金をかけられる。『ターミネーター』がヒットしたからジェームズ・キャメロンは『タイタニック』をバカみたいな予算で作れたし、それもヒットすると映画史を書き換える3D作品『アバター』を撮れた。
日本ではこうならない。出資をしない限りヒットのリターンはない。そうずっと思っていたが、数年前に例外的な仕組みがはじまった。
2009年に、BeeTVという新しい動画メディアが立ち上がった。彼らは、映像制作会社に十分な制作費を用意してオリジナル作品を作らせた。その時点で新しい傾向だった。それまでのネット動画メディアは、ネットらしい予算しか用意できなかった。そういうものだろうと受け止めて無理して制作したものだが、BeeTVは「ネットは安い」という固定観念を自分たちで覆した。
さらに、彼らは制作を発注する時点で、「ヒットした場合のリターン」を条件に入れた。これがまた驚きだった。映像制作はリターンがない、それは仕方ないとみんな思っていたのに、その常識をひっくり返した。
BeeTVはエイベックスとNTTドコモの合弁事業だ。エイベックスが音楽の世界にいたから制作者へのリターンも自然な考え方だったのだろう。
BeeTVはその後、dビデオに発展したがBeeTVはオリジナルコンテンツのレーベルの形で継続し、いまも作品を作りつづけている。
一方、Netflixは本国アメリカですでにオリジナルのドラマを制作し、質も高くヒットもしている。日本に上陸する際も、当然日本独自にオリジナルコンテンツを作るに違いない。
Neflixがリターンを考えているのかは定かではないが、日本の制作者にも十分な制作費を用意するのはまちがいないだろう。そうしないと作ってくれないだろうから。「ハウス・オブ・カーズ」の例を見ると、Netflixでの視聴期間が終わると二次使用は制作者が好きにやる、ということのようだ。もしそうなら、これも今までにない形。お金を出した人は二次使用も当然もらうからね、というのが常識だったわけで。
今年2015年はVODがほんとうの意味で普及しはじめるかが注目されるわけだが、ぼくは一方で映像制作界の常識が変わるのではないかと期待している。オリジナルコンテンツでは、制作者へのリターンが一般化するのではないか。BeeTVのみならず、Netflixはもちろん、他のVOD事業者もそうする可能性はある。優れた作り手を確保するには必要になるはずだから。
「 r > g 」が当然だった映像業界が変わるかもしれない。不等記号が逆さまにはならないにしても「 r = g 」に近づく可能性はある。
VODがもたらすのは、視聴者にとってだけでなく、むしろ作り手の立場なのだと思う。そのためには、作り手もビジネスマインドを持つ必要があるだろう。
コピーライター/メディアコンサルタント
境 治
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