『アバター』を産める国の強さ〜日本映画産業論その4〜

3D映画に対してぼくは懐疑的だった。疲れるし。でも『アバター』は疲れなかった。ああ、3Dってこういうことなんだ、と思った。これまでの3D映画が、ちょっと勘違いしてたんだ。3Dの価値は、飛び出すことじゃなく、奥行きにあったんだ。

3Dによる映画の描き方のほんとうの意味での指針をこの作品は提示している。目の前に映像が飛び出してほら、すごいでしょ、というのは子供だましだった。(実際、これまでの3D映画は子供向けの作品が中心だった)そうじゃなくて、画面の奥行きがある映像、そこに3Dの価値がある。だからこそ、ディテールに凝る意義もある。最後の戦闘シーンのスペクタクルも、奥行きがあるからこそ新しい見応えになった。

ストーリーもね、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』や『ポカホンタス』の焼き直しだという人がいる。その通りだ。その通り、侵略される側の立場で戦争を捉えた物語で、それはこの2作と同じといえば同じだ。

でもぼくが注目したいのは、この世界中で大ヒットを狙ったであろう娯楽大作で、そういうアメリカ史(ひいては旧西洋近代的価値観)へのアンチテーゼになる物語を選び取ったことだ。そういうお話は、賞はとれても大ヒットはしないものだ。それが大大ヒットなのだよ。

つまり『アバター』は、3Dという形式でも、物語の形式でも、それまでのハリウッド映画に対する新しい流れを宣言し、見事に興行的に大成功を果たした、エポックメイキングな映画なのだとぼくは思う。新しい映画づくりに”挑戦”し、結果を出したのだ。

そういう作品評はこれぐらいにして、このブログでぼくがポイントにしたいのは、3Dという新しい潮流を産みだしたのがやっぱりアメリカという国だったということだ。アメリカはちゃんと新しい作品づくりに”投資”できるのだ。

ジェームズ・キャメロンは『タイタニック』以来12年ぶりの公開作となった。その間ぼーっとしてたわけでもなく、ドキュメント作品をつくったりしていたらしい。だがインタビューなどで彼が言っているように、この作品は90年代に構想された。彼は10年待つことができた。

技術が進歩するまで待ったのだという。待ってただけでなく、3Dの手法について研究開発していた。リアリティ・カメラ・システムというこれまでの3D撮影とは別のカメラ・システムを自ら開発したそうだ。そればかりか、新たなパフォーマンス・キャプチャーやデジタル・クローズアップという役者の表情をキャプチャーするシステムも自分で作ったそうだ。これらは役者の演技を緻密にCG化するためのものだ。

それだけではなく、パンドラという星そのものを生態系も含めて創造し、住民であるナヴィの言語までつくった。マジで。一から。キャメロンはそのために何人もの学者を動員したという。

クリエイターが次回作のためにいろんな”開発”をしたのだ。

12年間も新作をつくらずにそんなことをしていた。なんでそんなことできるの?

『タイタニック』は全世界で18億ドルの興行収入を稼いだ。前に書いた記事で『トイストーリー』の契約ではピクサーが興行収入の15%を得る契約をしたらしいと書いたでしょ。『タイタニック』でも同じような契約だったとしよう。少なく見積もって18億ドルの10%がキャメロンの制作会社ライトストームエンタテイメントに入ったとする。1.8億ドルだ。大ざっぱに1ドル=100円とすると180億円だ。

180億円!

それだけあったら”開発”できるよね。いろんなことに投資できる。

ハリウッドの産業の中心は作り手だ。そういうシステムができあがっている。だから作り手に収益が還元され、それを元手に次回作への投資ができる。開発もできる。『アバター』はそういう産業としての土壌から産まれた。

映画監督やプロデューサーが多額の収益を手に入れられる。開発もする。そんなの夢みたい?でもよーく考えてみよう。作り手が収益を手にして次の開発投資をする。そんなの、当たり前じゃない!

ホンダはなぜ二輪メーカーから四輪自動車に脱皮できたの?開発したからだ。トヨタはどうやってハイブリッドエンジンを開発したの?投資したからだ。メーカーは、収益を得て、それを元手に投資し、新たな開発をする。当たり前でしょ?

日本のクリエイターは残念なことに、産業じゃない、メーカーじゃない。だから投資できない。開発しない。

そこにハリウッドとの決定的な差ができてしまったのだよ・・・

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コメント

  1. 「アバター」3Dで見てきました。帰宅してからも余韻に浸っております。ただ、見ている途中ですでに感じた事ですが、ご指摘の「ポカホンタス」の他にも…・アバターとの同期は、まるでエヴァンゲリオン・パンドラの森は、ナウシカの腐海・ハレルヤマウンテンは、ラピュタ・森の精霊(クラゲみたいなの)は、もののけ姫のこだま・ダブルローターのヘリは、帰ってきたウルトラマンのマットジャイロ・乗り込み型のロボットは、マトリックスやパトレイバー。ナイフを使うところはまさにエヴァンゲリオンたぶん他にもたくさんの、これまでの映画で見た様な場面が盛り込まれていることでしょう。「スターウォーズ」が黒沢明の「隠し砦の三悪人」の例をあげるまでもなく、 『日本の発想、着想力は世界に誇れる』のです。それをビジュアル化するリソースがない。まことに悲劇としか言いようのない、日本の映画産業…ではないかと、思うのです。

  2. まる3さん、コメントどうもです。このご指摘、スルドイなあ。ぼくも宮崎アニメからの影響はきっとある!と感じたんです。日本の漫画やアニメーションには輸出可能なイマジネーションが満載ですよね。オタク文化は世界に波及しているなどとよく言われます。が、それらでさえ、ほんとに輸出されてる額はタカが知れてます。やはりもっと一般的な輸出品にするには実写映画にしないといけない。でもそんな土壌はない。うーむ・・・

  3. 私もアバターを見て、これは押井守監督作品「Avalon」や「攻殻機動隊」のパクリだなーと思いました(笑)キャメロン監督自身、押井守のAvalonなどにコメントを寄せていることからもわかるように、宮崎アニメや押井作品はかなり読み込んでいるに違いない。おっしゃるように、このアバターのような映画を作れるのは確かにすごいと思うし、長い上映時間を何の苦痛もなく一気に最後まで見させてしまう構成力はさすがだと思う一方で、アバターは一度みたらすべて言いたいことはわかるので、2度見ようとは思わないし、BD/DVD買って・借りてみようとも思わないだろう。そこが、2度見なければいけない・何度でも見なければいけない押井作品との大きな違いだろうと思う。※「映画は2度見なければならない、何度でも見なければならない」というのは、押井守実写作品「Talking Head」の登場人物で編集担当役のモリタ氏に言わせている言葉です・・・敬具m(_ _;)m(押井教の信者より(笑))

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