テレビについて、前回の記事に続いてもう少し考えてみたい。
このところのテレビ批判の中に、こんな言い方がよくある。「テレビのことを視聴者が信頼しなくなっている。少し前にも番組の情報がいい加減だったと話題になったが、震災後はとくにひどい。政府側の発表をそのまま伝えているだけだ。ネットには政府の見解を批判するブログなどがちゃんとあるのに。テレビは視聴者の信頼を取り戻す努力をしないとまずいだろう」・・・こんな感じ。
政府の発表をそのまま伝えちゃうのはよくないと、ぼくも思う。大本営発表とあまり変わらないからね。でも一方で、こうも思うんだ。「んーっと、でも、ぼくはもともと、テレビのことを信頼していないし、信頼できなくてもぼくはテレビ大好きっすけど・・・まずいすかね?」
テレビが、昔は信頼できるメディアだったのに堕落したから信頼できなくなった。そんなこと言う人がいたら、ぼくはホントに聞きたい。あなたはそんなに信頼してたんですか、テレビのこと。だって、テレビですよ!
テレビの信頼を脅かす事件はこれまでもいっぱいあった。何度も起きてた。ぼくは、テレビが犯した最大の罪は、松本サリン事件の時の無実の人を犯人扱いしたことだと思う。あれはホントにひどかったし、テレビはその無実の人にろくに謝ってもいないと思う。
だから、テレビを信頼できなくなったという人は、松本サリン事件の時はどう思ったのか聞きたいな。
テレビが考えるべきは、信頼を失ったとか取り戻すとか、そんなことじゃないと思う。それより、テレビはもっとムチャクチャなことできないのか、って考えた方がいい。世の中を騒がせるのがテレビなんじゃないの?
80年代のテレビは、スゴかった。ムチャクチャだった。象徴的なのは、フジテレビの「笑っていいとも」や「ひょうきん族」といったお笑い番組、それに日本テレビの「元気が出るテレビ」とか「電波少年」などのバラエティだ。
これらの番組は、テレビの限界みたいなものに挑戦していた。はじまって数年間の「笑っていいとも」は、言葉は悪いけど、非芸能人の中からフリークスを抽出して電波にのせていたようなもんだ。もう、見ていてハラハラしたし時には不快でもあった。下品きわまりない場面もいっぱいあった。何というか、世の中の”たが”みたいなものをどんどんはずしていた気がする。
ドラマだってね。いまでこそフジテレビのドラマ制作のレベルは高いと思う。でも80年代前半のドラマはホントにひどかった。そしてそのひどさが面白かった。
テレビはまともじゃないメディアだった。だから面白かった。そこが最大の魅力だった。新聞ほど知性はないし、映画ほど上質でもない。その中途半端さがよかった。質なんていいよ、いらないよ、そんな姿勢だからこそエキサイティングだった。
前回の記事では、テレビは20年前と変わらないと書いたけど、ひとつ変わった点をあげるとすれば、まともじゃないのが魅力だったテレビが、まともな態度をとろうとするようになったこと。あれ?テレビってそんなにえらかったんだっけ?そんな感じ。
テレビはもう一度信頼を取り戻す、なんてやらなくていいよ。それより、もう一度ムチャクチャやろう、って考えた方がいい。そのムチャクチャの方向性のひとつが、ネットを利用すること。ネットやアプリと番組をどう組み合わせるのか。ムチャクチャなこと考えて欲しいな。
なんだったら手伝ってもいいよ。ムチャクチャなこと、やろうよ、やってよ!
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いつも興味深く拝見しています。このところのテレビのお話もなるほどな、と思いながら読ませていただいているのですが、一点質問があります。境さんが、「テレビ」とおっしゃっているのはどの範囲をさしていらっしゃいますか?一般の人々がテレビというときはほとんどがNHKと民放キー局のテレビ番組のことだと思いますが、さて、その場合今回境さんがおっしゃったこと
「テレビはもう一度信頼を取り戻す、なんてやらなくていいよ。それより、もう一度ムチャクチャやろう、って考えた方がいい。」
これが果たして彼らに実現しうるのか?つまり「エッジ」がなくなってしまったものを彼ら自身がもう一度復活させることができるのか??
ただし、上で私が設定した「NHKと民放キー局のテレビ番組」という範囲以外のモノも含めてのパラダイムシフト、テレビとはテレビと呼ばれるディスプレイの上で流される幅広いコンテンツの総称である、ということであるならば、話は変わってきます。
そのあたり、境さんのおっしゃるテレビとは、どの範囲のものなのかを教えていただけるとありがたいです。よろしくお願いいたします。
すいません、民放キー局だけではないですね。もちろん地方局も含まれます。申し訳ありません。
大久保さん、コメントどうもです。
ぼくがここで言っているテレビとは、「NHK民放などテレビ放送局」のことですね。いわゆるテレビ、です。
そして彼らが失ったエッジを取り戻すのは難しいだろうけど、方向性としてネットとの融合があるんじゃないかと。つまり、テレビ局が主体となって「テレビと呼ばれるディスプレイの上で流される幅広いコンテンツ」に取り組んだら面白いことになるんじゃないか、また「メチャクチャやりよるなあ」という状況になるのではないかと。
そんな動きに、ぼくもからんでいきたいと、考えているわけでした。