ハイブリッドキャスト・・・と言われて、ああ、あれはね、と説明できる人はどれくらいいるのだろう。おそらく100人中5人くらいじゃないかと思う。いや、もっと少ないかな?
カンタンに説明するとNHKが中心になって開発した次世代放送の規格で、放送と通信を連携させることができる。テレビ番組にインタラクティブな要素を加える、スマートテレビの時代にひとつの主流になりそうな技術だ。
という説明は、概念的に理解していることを文章にしただけで、具体的なことが実はいまひとつ理解できていなかった。そもそもNHKだけで一般化するのかなあ、と思っていたら昨年12月にこんな発表があり驚いた。
「ハイブリッドキャスト、民放局でもサービスをスタート–2014年1月から実証実験」
え、ええー?そうなんだ!てっきり民放側は興味ないのかと思っていたので意表を突かれた。ただ、あくまで総務省の実証実験プロジェクトに民放各社が参加する、ということなので、各局がどこまで本腰を入れていくのかはわからない。
それにしてもハイブリッドキャストでどんな番組ができるんだろう。NHKの技研公開でデモを見てはいたものの、具体的にイメージできていないのでリアルなところを知りたいなと思っていたら、フジテレビ・メディア推進センター所属の小池一洋氏がその実験プロジェクト参加番組の担当だという。小池氏とはFacebookでお友達なので、図々しくも取材をお願いしてみたらどうぞどうぞとお招きいただき、2月末にフジテレビに行ってみた。
3月7日深夜1時30分から放送される『人狼〜嘘つきは誰だ?〜village05』がその実証実験番組だ。”人狼”はきっと皆さんご存知だろう。市民の中にまぎれこんだ人の姿をした狼・人狼を、プレイヤー同士が会話しながら当てるゲーム。これを番組化した企画は他の局も放送しているが、フジテレビはとくに力を入れて放送してきた。
その『人狼』をハイブリッドキャストでインタラクティブに放送するというのだから、視聴者もゲームに参加して楽しめる仕組みになるのだろう。果たして最新技術ハイブリッドキャストでどこまで面白くできるのか、期待したくなる。
フジテレビに着いて通されたのは、テレビ受像機がたくさん並んだ部屋。いわゆるスタジオではない。『人狼』のゲームそのものはすでに収録が済んでおり、そこにインタラクティブな仕組みを組み込む作業を進めている。それを確認するための部屋なのだ。
テレビがたくさん並んでるのは、”動作確認”をするためでもある。ハイブリッドキャスト対応のテレビ受像機は去年秋からようやくいくつかのメーカーが発売しはじめたが、まだ機種によって画面表示がちがったりズレたりする。あっちのテレビではちゃんと表示されるのにこっちでは端が切れちゃう、なんてことがないか確認するのだ。
『人狼』の説明の前に、そもそもハイブリッドキャストとはどんな仕組みなのか、ぼくもわかってなかったのが大まかに理解できたと思うのでここでデータ放送との違いを軸に説明しておこう。
この図はまず、左側がデータ放送の仕組み。リモコンのdボタンを押すと、番組の画面が縮小しL字型の部分に情報が表示される。この両方が放送波を通じて送られてくる。セカンドスクリーンを使う場合、そこに送られる情報はネット経由だ。また、テレビがネットにつながっていれば、部分的にネット経由での情報がデータ画面で表示できたりはする。
ちなみに日本テレビのJoinTVなら、このデータ画面とスマートフォンの連動ができる。
今度は右側を見てもらうと、データ放送とハイブリッドキャストの違いがわかると思う。まず情報部分はネット経由でHTML5で表示される。データ放送のBMLより格段に描画力が高い。しかも、データ放送のようにL字型に番組と情報を分けるのではなく、番組画面の上に情報を直接乗せて表示させる。いわゆるオーバーレイだ。
さらに、テレビとスマートデバイスを直接連携させられる。それにより、テレビの情報部分にスマートデバイスを通じて情報を表示できる。言ってみれば、スマートデバイスがテレビのコントローラーになってしまう。
うーん、全然うまく説明できてない気がするなあ。
ここは画面を見てもらうのがいちばんだろう。
この画面の下部分に出演者の顔が並んでいる。また右上には田村淳のプロフィールが載っている。これらの部分が”情報”に当たる部分で、ハイブリッドキャストによりネット経由で表示されている。この部分はリモコンやスマートデバイスで操作できる。『人狼』では「次に追放されるのは誰か」を予想し”投票”できる。スマートデバイス上で予想した出演者を選んで”決定”するとテレビ画面上に反映される。予想が当たると「正解!」と画面に文字が出てくる。
ここで面白いのは、当然ながら正解した人のテレビにだけ「正解!」と出る。テレビによって表示される画面が違うのだ。これに近いことはデータ放送でもできるのだが、画面の使い方が全然違う。画面の真ん中にどどーんと表示されるのは新しいテレビ体験だ。
スマートデバイスを使っていろいろな操作ができる。その画面はこんな感じ。
ここで追放者を選んだり画面に表示される情報をオンオフしたりできる。
言ってみれば、番組映像をベースにしたテレビゲームで遊ぶ感覚。テレビを見ながらスマートデバイスを操作して表示を変えたり参加したりできる。出演者のゲームを受動的に見ているのではなく、まさしく”参加する”テレビになるのだ。
『人狼』ではもうひとつ別の趣向も用意されている。ゲームの内容とは直接関係ないゲームで遊べる。
この画面の説明の通りだが、右側の枠内に狼か市民が出てくるので、指示通りにスマートデバイスをフリックするとポイントになる、というもの。番組の小休止タイムのちょっとした遊びだ。
これはCM放送時を想定して、CM中も視聴者をテレビに引きつけるための実験。チャンネルを変えたり席を離れたりさせない施策だ。『人狼』では点数に応じた特典映像がスマートデバイス上に届き、番組終了後に楽しめるそうだ。これもCMと連動した映像の配布を想定しているのだろう。
フジテレビの実証実験ではハイブリッドキャストと並行してデータ放送でも同じ体験ができる。もちろん画面の使い方や描画はかなり違うわけだが。2つの仕組みを同時に配信することでその違いなどがわかるのだろう。
でもその分、スタッフには2倍の労力がのしかかる。それにハイブリッドキャストはほぼゼロからの作業なので大変だ。放送当日までチェックにチェックを重ねる日々らしい。
フジテレビの実証実験は編成の小松勇介氏が命を受け、小松氏がメディア推進センターの小池氏、コンテンツ事業局の副島史郎氏に声をかけた。こういう仕事では新しいことに取り組む意欲がいちばん大事なので、他にも燃えてくれそうなメンバーばかり集めたという。そしたら核となる三人は十年前にBSフジでデータ放送起ち上げに参加したメンバーでもあった。時は繰り返して進んでいくのだ。
小松氏がこだわったのは、セカンドスクリーンに視線が集中しないような仕組みづくり。いくら新しい技術を駆使しても、番組を楽しんでもらわないと意味がない。あくまで番組をさらに面白くするためのセカンドスクリーンにしようとメンバーに呼びかけたそうだ。
お三方からは、苦労話や課題の多さを聞いたのだけど、大変だ大変だと言いつつどこかそれを楽しんでいるようだ。新しいことに取り組む高揚感が言葉の端々からにじみ出る。テレビが次の時代に向かって新しくなることを予感させてくれた。
3月7日深夜の放送で、そのインタラクティブな面白さをみんな体感するといいと思う。ただし、ハイブリッドキャスト対応テレビじゃないと上に書いたことは体験できない。データ放送とスマートデバイスで楽しみながら、ハイブリッドキャストの画面を想像してください。
それから、各局の実証実験を機に一気に日本のテレビ界がハイブリッドキャスト一辺倒に向かうわけではないだろう、という点は書き添えておきたい。あくまで”実験”の段階だ。何しろ手がかかるので、対応機種がかなり普及しないと日々の番組で取り入れられないだろう。
ひょっとして2020年までに普及が進めば、東京オリンピック中継が各局ハイブリッドキャストで面白い放送をするのかもしれない。インタラクティブなオリンピック観戦なんて、楽しそうではあるかな。
コミュニケーションディレクター/メディアコンサルタント
境 治
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