「テレビは生き残れるのか」というタイトルにしてしまった

そいで前回書いた通り、ぼくが書いた本が出るよ。その話の続きをば。

タイトルが決まったんだよね。・・・と言うか、決めていたつもりのタイトルを変えたのだった。

「第一回・リアル境塾」に来てくれた人や、Ustで粘り強く最後まで見てくれた人は、ぼくが本を出すことを発表して、タイトルが『テレビの次はテレビだろうか』だと聞いたと思う。あの時は、と言うか、書き始めた時からこのタイトルのつもりだった。

いよいよ入稿が近づいて、うーんちょっとレトリックに酔ってる?と思い直した。タイトル変えた方がいいかなー。そこで編集の千葉さんに、代案をいくつか送って、検討してもらうようお願いした。

千葉さんから返信があって、元のタイトルも含めて社内でダメ出しでてしまったと・・・・・・しまった・・・・・・こんなことなら代案なんか出さなきゃよかった・・・・・・

という展開で、急きょまったく新たな案を考えねばならなくなった。しかも一晩で。うーんうーん・・・ああでもないこうでもない、と頭の中で何人かのおれが大激論を展開しはじめた。おや?なんかこの感覚、懐かしい。そうだ、コピーライターやってた頃は、毎晩のように何人かのおれが大激論だった。久しぶりだなあ・・・

ということがあり、決まったのがこのタイトル。『テレビは生き残れるのか』・・・うわー、キツー!なんかテレビ局のお友達に嫌われそうだ。

言い訳すると、ここで言うテレビは、必ずしもテレビ局のことではない。戦後からいままでのマスメディアの時代、その代表選手だったのがテレビだ。だからテレビは生き残れるのかとは、マスメディアは生き残れるのか、を言い換えたものだ。

それからテレビとは要するに日本の映像ビジネスの象徴的存在だったりする。多少強引に言えば、映画だってテレビという存在に集約できる。日本ではそう言える。だから、映像ビジネスは生き残れるのか、というタイトルでもある。

もっと言うと、テレビという言葉に、クリエイティブ関連の業態すべてを集約しているつもりだったりもする。だからこのタイトルは、クリエイティブは生き残れるか、という問いかけでもある。

テレビは、マスメディアは、映像ビジネスは、クリエイティブは、生き残れるのか。あるいは、それらが生き残るには何をどう考えてどうすればいいのか。そのすべてに答えているとはさすがに言いがたいけど、そのヒントは書いたつもり。だいたいこう考えていけばいいんじゃないかなと。

タイトルを書き始めた時と変えたのは、書き始めた時より内容がヘビーになっちまったから。ヘビーになっちまったのは、書き始めてしばらくしたら、東日本大震災が起こったからだ。ほんとに、あの大災害のせいで、当初より深刻で悲観的な内容になった。だってこの業界の状況が悲観的にならざるをえないものになっちまったからさ。

うーんそれにしても、ちょっとキツ過ぎかなあ、このタイトル。テレビは生き残れるのか。あそこは生き残れるのか。こっちは生き残れるのか。ぼくは生き残れるのか。・・・あなたは?あなたは生き残れるのか?・・・

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