日本のおじさんの誇りは失われたままなのだろうか〜都議会の醜悪な野次で思うこと〜

ことの経緯はもう説明する必要はないだろう。都議会で女性議員に対してひどい野次が浴びせられた一件。

最初にどなたかのブログで知った時は、言っちゃった人がすぐ名乗り出て謝らざるをえないだろうと思っていた。そうしないと疑いをかけられた自民党会派のダメージがあまりにも大きいからだ。そういう時代になっているのはもうわかっているだろうからと。

ところが不思議なことに誰も名乗り出ない。近くにいる人はわかっているはずだから”自首”を勧めればいいのにそれもなさそうだ。あ〜あ、知らないよ。名乗り出るのを先延ばしにするほど、本人も自民会派も、計り知れない大きなダメージを負って取り返しがつかなくなるのに。それにしても日本のおじさんってなんてカッコ悪いんだろう、と思った時にハッと気づいた。ぼくもとっくに五十を過ぎたおじさんだし、この醜悪な野次を発したのはぼくと同世代かもしれない。そういう年になっていた。

80年代後半に中堅の広告代理店に入った。年配社員が何のてらいもなく自分のデスクで電気かみそりでヒゲを”じ〜っ”と剃っているのを見て驚愕した。そうなのか、会社社会とはおじさん社会なのかと直感的に気づいた。そしてそのあと経験したことは、その直感を確信に変える出来事ばかりだった。

男尊女卑とよく言うが、少しちがうのだ。おじさん社会なのだ。だって男尊女卑に年功序列と終身雇用が加わるのだから。女性全般と若い男性が自由にものを言えない世界。

つまり、さほどレールを外れなければ男性社員はみんなそれなりの権力と収入を持つおじさんになれるのだ。若い時はそこへ向かって我慢する時代。けっこうつらいかもしれないが、我慢して居続ければ”それなりの”権力が手に入る。

当時セクハラという言葉はなかったが、セクハラにあたる言動はしょっちゅうだった。おじさんほどセクハラ発言をする。中には女性社員のカラダに日課のように触れるおじさんもいた。

おじさんがセクハラをしがちなのは、権力を持っているからだ。それを誇示するために、それを維持するために、やってしまう。それに、嫌がられていることがわからない。ウケるとさえ思っている。おじさん同士にウケるし、若い男性社員にもウケるし、女性に対してもウケると勘違いしている。なにしろ権力があるのでセクハラされる女性社員は言えないし、若い男性社員も言えない。

誰も「やめてください」とか「嫌がってますよ」と言わないので、おじさんにはわからないのだ。

セクハラに限らない。やたら暴言を吐き、威圧的に怒鳴り散らす。面白くないダジャレを言う。おじさんは”それなりの”権力を手にしてしまうし、ふだんの仕事生活の中では自分の権力が及ぶ範囲内でしか行動しない。だから権力を手にするほど、周りが見えなくなる。何をしても注意されない。むしろ、さすが!とか言われる。そして終身雇用なので、そんな人間関係のまま年をとっていく。だからおじさんは社会人としてとんでもないような言動をすることも多い。それがまかり通るのが日本の会社社会なのだ。

都議会での例の野次も、本人はさほど特別なことをした自覚もないだろう。娘みたいな新人議員に対し、ちょっと威嚇して自分たちベテラン議員の強さを誇示しよう、そして仲間うちでウケよう、そんな感覚なのだ。それが録画されネットで誰でも見れるしブログにまで書かれちゃうことがどういうことかわかっていない。え?そんなにまずかった?そんな心持ちなのだろう。

さて今回の野次の一件で驚いたのは、まだこんなこと言うおじさんがいるんだ!という点だ。

会社に入った頃はもう20年以上前だ。当時、このおじさん社会は自然消滅するだろうと思っていた。なぜならば、時間が経てば引退するからだ。ぼくがおじさんになる頃には、おじさんはいなくなるのだから時がすべてを解決するはずだ。そう思っていた。

ところが、ぼくがおじさんになった今も、おじさん社会は継続され継承もされていまも残ってしまっている。つまり、当時のおじさんより少し下のおじさんたち、そしてぼくと同世代のおじさんたちも、一部がおじさん化してしまったのだ。

ぼくと同世代の男性たちも若い頃はおじさんじゃなかったし、セクハラを軽蔑していただろう。おそらく、今もおじさん化してない、つまりセクハラをしない同世代の方が多いはずだ。だが一方で、おじさん化してしまった人もけっこういるのだろう。たぶんその方がラクなのだ。周りが、とくに上司がおじさんだと、非おじさんを貫くのはけっこうしんどいと思う。ダジャレを無視するわけにはいかないし、下ネタをやめろとも言えない。そんな毎日は、地獄じゃないか。だったら自分もあっち側に行った方がラクになる。そんな背景でおじさん化してしまい、年齢的にもおじさんになったおじさんはきっと多いと思う。

都議会の自民党会派なんてきっとそうだ。おじさん化しないと先輩議員とも後援会ともつきあえそうにない。想像するだけで死にたくなる。

それでここから、今回いちばん言いたいことを書くのだけど、どうしておじさん社会は温存されるか。はっきり言わないからだと思う。ダジャレやセクハラがいやだと、そう気づいている周りの男性は言わないといけない。女性も言わないといけない。もちろんおじさんはそう簡単にネをあげない。だから、毎日毎日、毎回毎回、言ってやらないといけない。

それを避けてきたんじゃないか。おじさんにビシッと言うことを、しないできてしまったのではないか。この二十年、そうだったんじゃないか。

ドラマ「花咲舞が黙ってない」の主人公のように「お言葉を返すようですが」と言ってしまうのは現実的でないだろう。でもうまく、やんわりと、はっきりと、言う。言い方はある、きっと。

おじさん社会は日本古来の伝統ではない。前に「日本人の普通は、実は昭和の普通に過ぎない。」と題した記事に書いた昭和の残滓がおじさん社会だと思う。会社という閉鎖社会が男性にとって生きることのすべてになっていた環境で培われたイビツな文化なのだ。人前でセクハラ発言するのも、受け止めようのないダジャレを連発するのも、21世紀にひきずるべきではない。

日本の男性は下品なふるまいを是とするものではなく、誇り高く生きる者たちだったはずだと信じている。気高さと凛々しさを日本のおじさんたちは取りもどさないといけない。そのために、恥ずかしい言動には毅然とものを言っていくべきだと思う。

あと、おじさんはおじさん化していないか、自らをチェックした方がいいかもしれないね。セクハラはしてなくても、暴言吐いてないか、部下や女性に横柄になってないか、とか。気をつけないと、例の野次を責められなくなってしまう。

追記:6月23日(月)13時30分過ぎ、この野次の主が自民党会派の鈴木章浩議員だと、本人が名乗り出て判明したと報じられた。ほんとうに同い年の議員だったのでなんだか落ち込んでしまっている。しかもぼくが住む大田区選出だ。自民党会派を離脱したそうだ。なぜか、悲しい。

追記2:15時から鈴木都議の会見が行われ、ライブで放送された。「早く結婚した方がいいぞ」とは、誹謗中傷の意図ではなく、少子化なので早く結婚していただきたいとの思いの表明だったと釈明。誹謗中傷の意図なくこういうこと言えちゃうのがおじさんだなあ。それに誹謗中傷じゃないなら質問の最中にこんな野次言う必要ないよね。
もうひとつショックだったのが、この件はまだ家族と話をしていないと答えたこと。じゃあ家族はこの会見のニュースで初めて知るわけだ。そんなひどい夫、もしくは父親、いるのか。家族はメディアを通じてこれを知ってどれだけ悲しいか。そういう風に家族ともやって来たし疑問も持たなかったのだろう。そういう人が、自覚なくセクハラしちゃう。それが、おじさん。ダメだなあ。さらに悲しくなった。


コピーライター/メディアコンサルタント
境 治
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コメント

  1. 一児の母をしています。妊娠し子どもをもってから、子育てのことを考えるようになりました。今回の問題で、私も、ある一部の世の中の風潮が、そんな“おじさん”を後押ししてきたんじゃないかと思っています。妊娠・出産・育児を取り巻く社会が(あ、その他の社会環境も(^^;)、良い方向に進んでいったら良いなと思います。

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