東京はまず、暮らしにくさで世界一だ。

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※上の画像にはStippleという仕組みを使っていくつかリンクを埋め込んであります。試しにクリックしてみてください

舛添要一氏が東京都知事に当選して二週間経った。彼のスローガンは「東京世界一」というワードで、これを見た時ぼくは正直、げんなりした。とくに2020年の東京オリンピック開催を絡めたメッセージであることが、「あの素晴らしい高度成長よもう一度」と言ってるようで前時代的に思えた。

ぼくのFacebookのウォールでは彼の当選を知って「信じられない」とショックを受ける人が多かった。彼に関しては昔の発言をあげつらう記事が飛び交い、こんな人に投票するなんてありえない、というムードだった。でもそんな記事が届かなかった人の方が現実には圧倒的に多かったのだろう。SNSのコミュニケーションがいかに局所的なものかを思い知らされた。

ぼくは他に当選して欲しい候補もいなかったので、自民公明が推すならいたしかたないかなと舛添氏の当選を受け止めた。ただ、「東京世界一」にまとわりつくアナクロな空気がイヤだった。

当選後の舛添氏の言動は、当初感じていたアナクロさが少し後退した気がする。「世界一」の意味合いがかなり変わったのではないか。もともと介護の経験もあって、福祉についても意思を示していたが、当選後ははっきり「世界一の先進福祉都市・東京」と打ち出している。成長性で世界一をめざすよりずっといいとぼくは思う。

一カ月前に「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」と題した記事を書いた時、いいね!もたくさんついたが反論も数多くあった。中でも「満員電車にベビーカーのお母さんが乗ってきたら5人降りてスペースをあければいい。それで会社に遅刻したっていいじゃないか」と書いた部分に関しては「何言ってんだおめえ」的な反応が多かった。

勢いで書いてしまったが、我ながらこの部分は現実離れしていたかなといまは思う。と言うかそもそも、ほんとうのラッシュアワーでは、ベビーカーを押しているとホームにたどり着くことさえ無理だろう。

「赤ちゃんにきびしい国」への反応を読んでいくと、東京の特異性も大きいようだと感じた。例えば福岡に住む知人は「こちらでは幸せなことに電車でも皆さん手を貸してくれます」と言っていた。「赤ちゃんにきびしい国」と書いたが、「赤ちゃんにきびしい首都」と書くべきだったかもしれない。

そしてそれは、東京の人が赤ちゃんにきびしいのではなく、赤ちゃんにきびしくしてしまうほど東京が暮らしにくい、ということではないだろうか。

また別の人が言っていたのだが、東京では赤ちゃんに対してだけでなく、そもそも他人に話しかけることがない。例えばNYでは街を歩くだけで、見ず知らずの人からよく声をかけられるのだそうだ。

東京は暮らしにくい。タイトルで世界一暮らしにくいと強引に書いてしまったが、少なくとも暮らす人のゆとりのなさでは世界一ではないだろうか。ゆとりがないから、赤ちゃんだけでなく他人と関わる気になれない。

まず人が多い。多すぎる。ラッシュアワーの電車の混み方は異常だ。毎朝死人が出ないのが不思議でさえある。昔の映画を観ると、この混み方は60年代あたりからずっとそうなのだ。改善するどころか悪化している。

50年間悪化してきた問題を、東京は解決しようともしてこなかった。舛添知事が頑張ろうとしている待機児童の問題も、二十年以上前から言われてきた問題だ。

問題が悪化しているのに解決できていない。それは、できなかったのではなく、要するに解決しようとしてこなかったのだと思う。

東京は進化はしている。町の様相はこの十年だけでもずいぶん変わった。鉄道も増えた。食事はうまくなった。新しくきらびやかなビルはどんどん建つし、その中には素敵なお店ができている。

先へ先へ行こうとはするのだけど、足下の暮らしを見直そうとはしない。そこが東京の不思議さだ。鉄道網は複雑にどんどん絡み合っていき、とんでもなく遠い町同士がつながったりするのに、乗り換えが異様に大変になったりもする。混雑を解消させることは計画に入っていないかのようだ。緻密なダイヤは計算しても、乗客の気分は計算しないのだろう。

東京は明らかに、人びとの中のある部分を犠牲にして「進歩」にむかってまっしぐらに突き進んできた。もうそろそろ、その発想を考え直した方がいいのだと思う。無理やり日本の成長性を東京が背負い、その分足下の暮らしをおろそかにして、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車に押し込めあって会社に行って”ワークライフバランス”のライフは諦めてワーク一点張りになって、いったい何が得られたのか。

東京は、最先端のコスモポリタンという幻想に浸れる町だったが、そんな幻想にはさしたる価値がないことにみんな気づきはじめている。「東京世界一」の世界一の中身は、もうきらびやかさや最新設備でなくていい、それより世界一落ち着いてゆったり暮らせる町になって欲しい。

舛添知事が待機児童を減らすことを宣言しているのは大変素晴らしいと思う。それに付け加えるならば、制度を整える際に「子育てをしやすい空気をつくる」ことを強く意識することだと思う。

世の中はなかなか変わらないようではっきり方向づけをすれば意外に数年で変わるとぼくは思う。例えば喫煙。5年ほど前までは、タバコはもっとあちこちで吸えた。それがいまは吸う場所が少ないし、公衆の場所では相当気を遣って喫煙しないといけなくなった。そしてそういう風潮に嫌気がさして、喫煙をやめる人もいる。ぼくもそのひとりだ。誰がたくらんだか知らないが、明らかに世の中は「喫煙を減らす」方向に導かれたのだ。

だったら育児しやすい空気もつくれるかもしれないし、ワークライフバランスの問題も解決できる可能性はある。退社時間を過ぎても会社にいることに、罪悪感を持ってしまう。そんな状況だって促し方次第でつくれるかもしれない。その分、ぼくたちは「高い成長」とか「たえなき進歩」とかを諦めることになる。でもそれでもいいのかもしれない。進歩しかめざさなかった東京が陰鬱にしか見えないとしたら、進歩なんかいらない。

指定場所以外での喫煙を禁じる条例ができたように、月水金は残業を禁じる条例を作ったっていいと思う。破ったら大きな罰金を科す。在宅勤務は積極的に推進する。そのための奨励金を出す。育児休暇を男女ともにとらせない会社は社名を公開されて厳重注意を受ける。その代わり、育児休暇中の穴を埋める人材の雇用には補助金を出す。ちょっと強引すぎるような制度をつくる。それくらいしないと変わらない。それくらいすれば変わる。残業してるの?だっさいなあ!そんな空気をつくる。

舛添知事は”福祉”を掲げるが、この言葉にはどこか高齢者が中心にあるように思える。もちろん高齢者の福祉は重要だが、それだけでなくごくごく普通に生きる市民の誰もが暮らしやすい東京、「暮らしやすさ世界一」をぜひ考えて欲しいなあと思う。過去の発言はこの際置いといて、これからに期待したい。

アートディレクター上田豪氏と続けているビジュアルとコピーから入るシリーズ。今回は画像にStippleという新しい仕組みを使っている。普通のJPEGなどのデータではなく、Stippleのサーバーにある画像を読み込む仕組み。その中にリンクなどのデータを埋め込むことができる。画像が画像以上の情報を持つことになるのだ。何ができるか、これから実験してくつもり。

コミュニケーションディレクター/メディアコンサルタント
境 治
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