ネトウヨとナベツネの間に横たわる課題

この週末、11月12日の「新・週刊フジテレビ批評」は「ネトウヨとテレビ」というテーマで批評家の濱野智史氏が登場した。な、なに?!ネトウヨ?!なんとまあ、よくそんなテーマ取り上げるもんだ、ってんで注目していた。

濱野智史氏はどっかで見たなあと思っていたら、この夏に「デジタルコンテンツ白書」発売セミナーでパネラーとして喋っていた方だった。若いのだけど、なかなか深いことを言う。早口で、ネットの若者たちを代弁するようなことを発言するのが面白かった。どこか、宇野常寛氏と近いキャラ。

まあそれにしても、テレビで「ネトウヨとテレビ」をテーマにするなんて、思い切ったもんだ。でも濱野氏の議論はそのテーマのラジカルさとはちがい、扇情的なムードは一切なく落ち着いて進んでいった。

話の流れは・・・
1)若者たちの社会批判精神をこれまでは左翼的な思想が受けとめていたが、冷戦終了後、左翼思想が力を失い、代わりに右翼的な考え方が受皿になっていった。
2)マスメディアが第四の権力的な存在になり、政府などと結託しているのではとの目で見られるようになって、ネット側の言説の批判の対象になってきた。
3)権力の監視機能がマスメディアの使命だが、さらにそれを監視する機能をネットが持ちはじめている。
4)テレビ側はネトウヨ的言説にレッテル貼りをせず、真摯に耳を傾けるべき。またネット側もマスメディアに安易にレッテル貼りをすべきではない。

だいたいそんなことだった。

ぼくとしても大賛成な内容だった。ネトウヨ的な若者と、ネトウヨ的な議論を直接的にするのは不毛なのであまりやりたくはない。ただ、その奥底にあるものとは、つながれるのではないかと思うのだ。何か納得がいかない。世の中おかしいことがある。そんな思いは感覚としては正しいし、ぼくの人生もそんな思いの延長線にあるのだしね。

全然話が変わるのだけど、巨人軍の清武さんというGMが突然、金曜日に会見を開いた。ぼくは会社でニコニコ動画で視聴できた。こういう会見をタイムリーに放送するニコ生はほんとにえらいと思うなあ。

会見の内容は、ナベツネへの愚痴だった。”ナベツネ”という用語を知らない人もいるだろうか。読売新聞社の渡辺恒雄会長のことを、いつの頃からかみんな”ナベツネ”と呼んでいる。

読売グループの中でナベツネに楯突く人がいるなんてと、ぼくは大層ビックリした。あれほどの独裁者、権力者もいないだろうというナベツネを相手にケンカを売るなんて、誰も想像できないことだろう。清武さんのその勇気には感心した。でも批判の内容が、人事をひっくり返してひどいよ、ってことだったので、会見を開くほどのことかなとも思った。それくらいのことは、読売グループでなくても、どこの会社でもあるんじゃないの?

さほど「ナベツネ=悪」というほどでもない事柄なので、”告発”とは言えないんじゃないかなあ。

清武さんの会見はこの際おいといて、ここではナベツネの存在について、話を進めたい。

ぼくたちは、「巨人と読売を牛耳ってるのはナベツネさんだよね、独裁状態だよね」ということは長らく知っていた。さほど疑問にも思ってこなかった。ナベツネが何か吠えたぞ、とか、何やら暗躍してるらしいぞ、とか、聞いても面白がりはしても「それはおかしい!」とは思わなかった。

だって、読売と巨人は、そういう企業なんでしょ?そんな風に受けとめてきた。

でもさっきの、ネトウヨから見るとマスメディアは第四の権力で、だから打倒すべきだと思われがちだ、という話と合わせて考えると、ナベツネはまさしく第四の権力として振る舞ってきた人物ではないだろうか。

ナベツネが諸悪の根源と言いたいわけじゃない。そうではなくて、ぼくたちが「ナベツネさんってああいう人だよね、仕方ないよね」とそのいささか強引なふるまいを認めてきたことは、つまりぼくたちが「マスメディアは第四の権力」という状態を肯定していた証しなのではないだろうか。

ぼくたちは、ナベツネに象徴させながら、マスコミの権力性を肯定していたのだ。

あるいはそういう状態を、なんとも思わなくなっていたのだ。

いま、まったく素に返って考えてみると、読売新聞という巨大なマスメディア企業が、独裁的な状態であるのは、変じゃないだろうか。まちがっていないだろうか。しかもナベツネはことあるごとに傲慢なふるまいや発言を繰り返してきた。それを「また言ってるよ」と苦笑いして見ていていいのだろうか。

ナベツネの権力の源泉が、政治部出身で自民党の政治家、とくに中曽根元首相とのつながりにあることは、誰だって知っている。秘密でさえない。権力の監視機関であるはずの新聞社の中でももっとも発行部数が多い読売新聞の会長とか主筆とか言われてる人物が、その権力とつながっているのだ。フィクサー的な言動は時に、臆面もなく公の場でなされることもある。

そんなことは、世の中きれい事じゃないんだからあったりはするのかもしれない。けどナベツネの場合は、そういうことをみんなが知っているのだ。なのに、大きな問題にされずにここまできた。

ネトウヨがナベツネをとくに批判しているということではないけれど、マスメディアの不可思議さが、ナベツネという人物に象徴されている気がする。

ネトウヨについて、そしてナベツネについて、ぼくたちは考えなければならないのかもしれない。・・・うーん、どうも収拾がついてないけど、今日はここまで!

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