禁煙とリーマンショックと業界幻想

この時間は”おいらとあんたの世界戦略・その7”の予定を変更して、禁煙のお話をお届けします。

10月1日の煙草値上げを機に、禁煙をしてみた。正確に言うと、9月30日に買った2箱を金土とちびちび吸い、3日・日曜の夜に最後の一本を吸って以来煙草をやめている。だから今日で一週間もったことになる。

Twitterで「今日も吸わなかった」などとつぶやくと、大勢から応援されたりアドバイスを受けたりと、ソーシャル禁煙で気持ちがラクだったというのはある。@zom_1氏は、「Twitter禁煙法」として出版すべきだと言う。でも1ページの本にしかならないか、と気づいたそうだけど。

それは置いといて、我ながら不思議だ。意外に簡単に煙草を止められている。30年間、毎日欠かさず吸ってきた。ヒマさえあれば吸ってきた。スキあらば箱から取り出し火をつけてきた。朝起きては吸い、めし食っては吸い、打合せ中に吸い、打合せが終われば吸い、企画書を構想しながら吸い、企画書を書きながら吸い、企画書を書き終えたら吸っていた。飲みながら吸い、仲間と語りながら吸い、女性の前でカッコつけて吸い、泥酔して朦朧と帰宅しては吸っていた。これを30年間、毎日毎日繰り返してきたのだ。

煙草は自分にとって、何らか重要な存在だと感じていた。自分のアイデンティティにとって6番目か7番目ぐらいには重要な要素だと信じてきた。

ハンフリー・ボガートのまずそうな吸い方を真似たりした。エリック・クラプトンがギターのネックに吸いかけのタバコを挟むのを真似て焦がしそうになったりした。煙草とは、そういう文化的な嗜好品でもあり、吸い方も自己表現だと思っていた。もちろん、実際そうだった。

それくらい大事なモノだったはずの煙草を、あっさり止めている自分がいる。それでいいのか、おれ!でも不思議と、吸いたくなってイライラしたりはしない。・・・どういうことだ?

リーマンショックの影響だ。

ぼくはそう受けとめている。リーマンショックが、ぼくらにとっての煙草の価値づけを180°変えてしまったのだと思うんだ。

煙草だけではなく、リーマンショックはぼくたちに思い知らせたのだ。ぼくたちはこれ以上、リッチにはならないことを。

いま思えばだけど、ぼくは煙草を、業界文化の象徴のひとつと受けとめていたのだ。普通の人は、健康とか気にしてやめるんでしょう。不経済だとか非合理的だとか、そんな健全な考え方で吸わなくなるんでしょう。でもぼくは、カルチャーに関わる仕事をしてます。文化を生み出しています。それは不健全な仕事なんです。ギョーカイは不健全なんです。だから不健全に夜更かししたり深酒したりするんです。煙草をやめる?そんなことありえるはずがないじゃないですか。

たぶんぼくは、そんな風に捉えていたのだと思う。文化を生み出す仕事には、喫煙はつきものなのだと。まったく論理性はないけれどね。

そんな思い込みを、リーマンショックが吹き飛ばした。いや、思い込みじゃないな。リーマンショックまでは、正しかったこと、認められたことが、それ以降は、正しくなくなったり、認められなくなったりしたんだ。

ぼくはこのブログでも、リーマンショック前から業界の危機を訴えてはいた。先見の明があるつもりだった。未来が見据えられてるつもりだった。でもリーマンショックはそんなぼくの予想をはるかに超えた出来事だったし、ぼくが何もわかってなかったことも思い知らせてくれた。

日本のメディアコンテンツ業界には、もはや成長はなく、収縮があるだけだ。だったらぼくらの収入はもう増えたりなんかしないんだ。

ぼくらにはどこか幻想があった。文化を生み出す仕事をしていると、どんどん成長していくのだと。豊かになっていくのだと。だから会社は大きくなるし、次に乗る車はもっと高い外車だし、そろそろアルマーニのスーツも悪くない、夜更かしして高い店で旨いもん食べて飲むんだよ、ますます!ギョーカイ人とは、そういう特権をもっているんだと、大きな誤解をしていたんだ。

そういう、いまよりもっともっと、ますます、さらに、という感覚はリーマンブラザーズの破綻とともに世界中で焼け落ちた。そうした幻想の焼け跡にたっていることを、ぼくは前に「高度成長の焼け跡に、ぼくらはiPhoneを持って立っている」という文章に書いたもんだった。

つまりぼくがこのところラッキーストライク・ライトと書かれた箱から取り出して吸っていたのは、そんな幻想の燃えさしだったのだ。いつか燃えつきるのはわかっていた。いつまでも燃やし続けられないのは知っていた。ただ少し、名残惜しくて火をつけていたのだ。こないだの日曜日までね。

なに?一箱100円も値上げになるの?そうかそうか、わかってるわかってる。もういいだろ、と言いたいんだろ?こんなもんで文化だなんだって幻想だぞ、ってダメ押ししたいんだよな?わかってるって。ただちょっとね、引き伸ばしてただけなんだよ。引きずって見せてただけなんだよ。もう無意味になってるのは知ってたんだってば。うん、もうやめるからさ、ここで・・・

ぼくの意識の及ばないところで、そんな達観を、ぼくはしていたんだろう。だからこんなにあっさり止められてるんだろう。濁った茶色がかえって美しいと思って生きてきたのだけれど、意図せずしてぼくの心は透明になってきている。みんな透明になっていくんだろうな。

そしてたぶんそれは、決して悪いことじゃないんだろう。いいこととか、悪いこととかは、少しずつ、でもどんどん変わっていくからねえ・・・

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コメント

  1. タバコ吸わないので、勝手な妄想ですがね。禁煙できてる人は、頭ですってる人。禁煙できない人は、体で吸ってる人。これは、歴然としています。口で吸ってる人と、肺で吸ってる人。なのかも知れんが。

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