玉虫色の決定はマイナスを産む〜意思決定は想像力だ:その2〜

定額給付の是非についてここでは長々とは語らない。ただ、みんなの不安は今の生活より将来にあるのに、一人1万2千円あげるから使ってね、そしたら景気刺激になるから、というのは白ける策だと言っておこう。ここで言うまでもないけどね。

さてこの定額給付は高額所得者ははずすべきとの議論が起こった。当初は一律でいくと行っていた麻生首相も、その論に押されていった。麻生首相が言っていたのは、高額所得者には辞退を促すべきで、所得制限はしたくないということ。

もう、この議論そのものが不毛だ。とくに、”辞退を促す”という曖昧なことを平気で行政の最高責任者が言うなんて無責任すぎる。給付金くれと手続きに来たら”あ、あなた収入高いから辞退してはどうですか?”と言うことになる。いろんな意味で失礼ではないか?

”あなたは人より収入が高い”と言われるのはなんとも不愉快だろう。そして給付金くれと言いに来たのがものすごく図々しい行為になってしまうだろう。お金を国民全員に配るという政策を決めておいて、一定層には辞退を促すなんて、そんなもやもやした話があるだろうか?

さらに、この議論は、辞退を求めるかどうかは市町村にゆだねることで落ち着いたそうだ。なんか目茶苦茶だ。こんなの政策ではない。立派な経歴を持つ政治家たちが意見を出し合い、出た結論は、結論を出さずに自治体に委ねる、というものだったわけだ。無責任の度を超えている。

玉虫色の決着が大好きな人たちがいる。この人たちは、玉虫色の結論は結論でも何でもないことがわかっていない。そして、玉虫色の結論に人びとがいかに戸惑い、迷い、不愉快になるかが想像できないのだ。

始末の悪いことに、この国の多くの組織の意思決定をになう層(団塊世代以上)ときたら、玉虫色の決着が大好きときている。

玉虫色の決着とは、決着を先延ばしにしただけで、マイナスの効果しか生まない。そのうえ、みんなの気持ちを萎えさせる。”そんな結論なら最初から議論しない方がマシだよ、トホホ”という気分にしてしまう。

玉虫色の文化から抜け出さないと、その組織の”次”はないよ・・・

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