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【赤ちゃんにやさしい国へ】映画『うまれる ずっと、いっしょ。』を観る前に読んでもいいし、観た後に読むとまたいい豪田監督インタビュー記事

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映画『うまれる』について前にこんな記事を書いた。
みんなに見て欲しいなら、あなたが見せてあげればいい~映画『うまれる』シリーズのソーシャル上映~

彼らのFacebookページで「赤ちゃんにきびしい国で・・・」の記事を話題にしてくれていたのを知って、この映画に接することになった。そして『うまれる』シリーズの新作『うまれる ずっと、いっしょ。』がこの11月22日から公開された。ぼくは試写会で一足先に観ることができたので、その感想を書いておこうと思う。

前作『うまれる』はとてもたくさんの人に愛されているようなので、『うまれる ずっと、いっしょ。』も期待して観に行ったのだが、一方で少し構えてもいた。『うまれる』より前に観ることになったので、どんな映画かはわかっていない。そしてなにしろ、ドキュメンタリー映画だ。

家族を描いた作品とはいえドキュメンタリー映画となると、やっぱり何かテーマを訴えられちゃったりするんじゃないかとか、重たい気持ちになっちゃったりするんじゃないかとか、勝手に覚悟をして観に行ったのだ。ドキュメンタリーなんでしょ、社会派なんでしょ、と。

ところがこの映画は、面白かった。覚悟しすぎたのが拍子抜けしたくらい、面白い作品だったのだ。

面白さのひとつは、ドキュメンタリーなのに物語性があったことだ。3つの家族が描かれるのだが、メインストーリーを担う安田家の物語が進みながら、サブストーリー的に今家と松本家の話が進行する。クライマックスを迎えて安田家の話が落着しつつ、今家と松本家もひとつの区切りがつく。

シナリオのもとに進められているんじゃないかと思うくらい、“ストーリー”になっている。起承転結とまではいわないけど、「この家族、これからどうなるんだろう」とワクワクというか、ハラハラしながら展開を追うのだ。それは劇映画を観るのと似た楽しさ。だから、面白かったのだ。

面白いのはもうひとつ、出てくる人がまた魅力的だ。もちろん、出ているのは役者ではないし、特別な職業の人物たちでもない。普通の人たちといえば普通の人たち。なのに、観ているとそれぞれが面白い。

個人的には、奥さんを失った今さんの情けなさが可愛くてしかたなかった。奥さんのことを、いつまでも、だらだらと、でれでれと惜しんでいる。誰がどう見ても、奥さんのことを溺れるほど愛していた初老の男のだらしなさが素敵だった。

もちろんこの映画の最大の魅力は、家族について描いていることだ。いま、ぼくたちが家族というものに真摯に向き合った時に出てくるいくつかの事象が映像にうまく収められている。父親は父親なりに、子どもの立場は子どもなりに、何かを感じることができるだろう。これは前作に続いて、あるいはそれ以上に多くの人から支持されることになりそうだ。

そんな映画『うまれる ずっと、いっしょ。』を撮ったのはどんな人物か。ぼくは勝手に「この映画を作った男とは絶対仲良くなれる」と思ってしまったので、図々しくお邪魔していろいろと聞いてみた。監督の豪田トモ氏と、プロデューサーで奥さんでもある牛山朋子氏は、図々しいぼくをあたたかく迎えてくれた。
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—『うまれる ずっと、いっしょ。』を観て、素晴らしかったのだけど監督が失礼ながら“茶髪の青年”だったことに驚きました。ドキュメンタリーというと勝手に年配のインテリっぽい人物を想像するので。会社員だったけど映画がどうしてもやりたくてカナダに映画留学した、そんな無鉄砲な青年が“家族を描くドキュメンタリー”を撮ったのが不思議でしょうがないのですが・・
ぼくも劇映画がやりたくて、カナダでも白人が着物でチャンバラやるアクション映画をつくったんですよ。ドキュメンタリーをやるために映画を学んだわけではなかった。
でも日本に戻って仕事を求めても、ぼくのように国内で経験もコネもない人間になかなか映像を作らせてもらえなかった。それでmixiで100人くらいにメールして10人くらいと会って、その中のひとりが仕事を振ってくれた。それがドキュメンタリーを作る仕事だったんです。一所懸命やったら気に入ってもらえた。そんなきっかけでドキュメンタリーの道に踏み込んだのです。

—映画を観た感想は「面白い!」でした。これも、ドキュメンタリー映画のイメージから遠いのですが・・・いい意味でエンタテイメント性も感じましたし。
もともと劇映画をやりたかったので、ジャーナリズム的につくる気はありませんでした。
バンクーバーではハリウッド的映画作りを学びました。すごく簡単に言ってしまうと、最初の20分間で葛藤を設定し、クライマックスでそれが解決して、残りの20分間で解決後を描く。それがハリウッドの作劇術です。その影響がドキュメンタリー作りにも活きているのかもしれません。

—じゃあそういう構成を考えながら撮ったわけですね。
いやー、構成を考えながらは撮れないですよ。葛藤と共感は大事にしてますけど。ストーリーは、葛藤を解決する旅路です。撮りながら旅路が解決に向かっていけば、ストーリーにできるわけです。あとはキャラクター、登場いただける方々ですね。ぶっちゃけて言うと、面白い方との出会いがいれば映画になる。ストーリーとキャラクターを重視しています。

-つまり、膨大な数の人を膨大な時間撮影し、葛藤を見つけてストーリーに構成できる糸口にしていく、ということですね。
残念ながら、途中で撮影をやめてしまうこともあります。一年撮っていろいろな事情によって、撮影をやめざるを得ない対象の方もいました。その場合は、制作費の大きな損失になるし、相手に対しても申し訳ないのできちんと説明します。それでも、やめる決断をしたことは何度かありました。

-『うまれる ずっと、いっしょ。』は三つの家族が出てきますが、主に描かれるのは安田慶祐さんです。彼を軸にしたのはどういう理由ですか?
ぼく自身が父親になったのが大きかった。慶祐さんに共感したんですね。父親になるってどういうことだろう?と考えながら彼を撮りました。父親って、頑張らないとなれないですよね。慶祐さんが血のつながりのない昊矢(そうや)くんの父親になろうとする姿が、自分と重なったんです。
女性は妊娠してスイッチ入る人が多いし、そのあとも身体的な変化があって準備できるけど、父親はスイッチオンじゃなくて、生まれてから少しずつボリュームアップしていく感じですよね。そこは多くのママさんに知っておいてもらえたらと思います。ママとパパは違う乗り物に乗っている。ママはF1ドライバーで親としてびゅんと飛ばして先へ行っちゃうんだけど、パパはそれをママチャリで必死に追いかけてるんです。

—父親として、まったく共感します!もう一人の登場人物、今さんはなぜ選んだのですか?
『うまれる』の次は「亡くなる」をテーマの一つにしたいと思い、お世話になっている在宅医の小澤竹俊先生に相談したんです。そしたら「すごくいいご夫婦なので撮ってあげてください」と今さん夫婦を紹介された。奥さんの順子さんが末期がんだったのですが、すごく素敵な家族だったので撮影を開始させていただいたら、その翌日に順子さんが亡くなってしまった。
「亡くなる」というテーマでは、もうご縁はないかな、と思ったのですが、その1週間後に妻のお父さんが亡くなってグリーフケアの大切さを感じ、心配でしかたなくなって今さんを訪ねるようになったのです。お線香をあげに行ったり、お弁当を持って行ったり。その時に、旅立った順子さんのことをしみじみ語る今さんが魅力的で。そうしているうちに、人は「亡くなる」より「遺される」方が多いんだなと気づいたんです。「遺される」というテーマの重大さを認識して、結果的に今さんと一年弱、おつきあいさせていただきました。

—18トリソミーの虎ちゃんの家族は唯一『うまれる』から通して登場しますね。
どうして虎ちゃんを撮りつづけてるのか自分でもわからなくて・・・二十年後にわかるかもしれませんね(笑)。
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そもそも『うまれる』の方でも虎ちゃんに登場してもらうつもりはなかったんです。妻の大学時代の先輩が松本ご夫婦で、話を聞きに行ってみたら「この瞬間にも亡くなってるかもしれない」と泣きながら直子さんが語る(当時は生後数ヶ月で虎ちゃんはまだ入院していました)。「僕らに出来る事は何かないかな」と考えて、じゃあ記念写真を撮ってあげたらどうかなと撮影したのが、後にポスターになった写真です。なぜかぼくはその時、虎ちゃんに「ぼくを映像に撮って」と言われてる気がして、映画にさせていただくつもりはなかったけれど記録として残しませんかとお願いして撮りつづけたんです。ウェブサイトに虎ちゃんのことを書いたらたくさんの人がかわいいかわいいと書き込んでくれて。そしたら松本さん夫婦が「自分たち以外にもかわいいと言ってくれる人がいる!」と喜んでくれて、こもりがちだったのが、外にも連れだすようになったそうです。
『うまれる』を編集してる時に、配給宣伝の人が虎ちゃんにも登場してもらいたいと言いだして、ぼくの中では一度構成ができ上がってたんですが、じゃあやってみようかと考えてみたら・・・うまくいったんですね!

—えー?!じゃあ途中で入れたんですか?!『ずっと、いっしょ。』では?
今回も、最初は登場いただくのが良いのか分からなかったんですけどねー。もともといくつかのご家族をそれぞれを追った別々の作品に仕上げるつもりが、安田さんと今さんと2家族を一つの作品にしたらどうだろうと考え直して、「うまれる命」「旅立つ命」「いのちは家族によってつながっていく」という作品のテーマを考えているうちに、虎ちゃんたちにも出ていただいた方がよりメッセージが深くなるかもしれないなと気づいたんです。

あなたが『うまれる ずっと、いっしょ。』を観たら、最初から構成を緻密に考え抜いたとしか思えないだろう。完成度が高いから。でも豪田監督の話を聞いて、それは結果なのだとわかった。たくさんの家族に向き合って、たくさんの映像を撮って、おそらくいろんな試行錯誤を経て、ああいう形にたどり着いたのだ。ぼくたちの感動は、完成度の高さの裏に隠れている、作り手の悩みの深さと、かいた汗の重さがもたらすのだろう。

映画館で『うまれる ずっと、いっしょ。』を観たあとで、できたらもう一度この記事を読んでみてほしい。ああ、そういうことか、とか、そうかそうだったか、とか、映画をさらに噛みしめることができるはずだ。そういう噛みしめ甲斐のある、深みと広がりをこの映画はもっている。あなたの人生とおなじように。

豪田監督は『うまれる』シリーズを2040年まで撮りつづけるのだと言っていた。生涯をかけてひとつのテーマを追うのは表現者として素晴らしいと思う。ぼくもどうやら、このシリーズとは長くつきあっていく気がする。不思議と、そういう縁を、ぼくは勝手に感じているのだ。「赤ちゃんにやさしい国へ」というテーマとともに出会ったのが『うまれる』という作品であることには、何か特別な意味がある。そう考えてもおかしくはない、でしょ?

 

※「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」が書籍になります。2014年12月中旬発売予定。
このページでただいま予約受付中です。→三輪社WEB SHOP
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【赤ちゃんにやさしい国へ】無謀な書籍化に向けて、赤ちゃんの写真を募集したら素敵なメッセージが集まった

10月6日のこのブログで、「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」の書籍化について書いてから、一カ月が過ぎた。

→「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」を本にしようという無謀な試み〜ソーシャル出版とでも呼んでみる〜

ブログで興味ある出版社はいませんかと呼びかけたら、連絡をくれたのは今年設立したてほやほやの三輪舎の中岡祐介だった。これが最初に出す本になるという。彼に任せていいのだろうかと思いつつ、そう決めてしまった。そんな無謀な試みに、いや無謀だからこそだろうけど、意外にたくさんの方に応援の声をいただいた。

さて、その本に載せる前提で、みなさんの赤ちゃんの写真を募集している。「赤ちゃんにやさしい国へ」のFacebookページに送ってもらえばいいのだけど、その際に「赤ちゃんにやさしい国ってどんな国?」というメッセージも添えてもらうことにしたら、たくさんの方々から写真とメッセージが届いた。ひとつひとつ読んでいくと、グッと来たり、新たな発見をもらったりで大変ありがたかった。ぼくのまだまだ知らない悩みや思い、そして困難な現実や現場を教えてもらった。そして何より、みなさんが赤ちゃんを愛する思い、だからこそ持つ世の中への温かな眼差しにもふれることができた。

ここで、そのうちのいくつかを、紹介してみようと思う。

20141110_sakaiosamu_02私にとって赤ちゃんにやさしい国は「みんなが笑顔で声をかけてくれる国」です。
現在9ヶ月の赤ちゃんを育児休暇をとって育てています。
知らないおじさん、おばさん、子供やお姉さんお兄さんと電車やバスで隣になった時に笑顔で話しかけたりしてくれたりすると赤ちゃんも私もその周りの人もみんな笑顔になって幸せだなぁと思えるからです。

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赤ちゃんにやさしい国、みんなで育ててる、友達や親、近所の人たちに育ててもらってると、実感し感謝できる国、と思います。
3人の子供達は、親だけでなく、保育園や友達、近所の人達に育ててもらってると感謝でいっぱいです。3歳の息子ですら、私の知らない同じマンションの友人のおばさんがいる。3人産んだけれど、また産みたい、と思える。そんな環境が、やさしい国と思います。

「みんな」というのは、大事なキーワードだ。一連の取材の中でも、発見するのは「みんなが声をかけあい、みんなで育てる育児環境」の大切さだった。シンプルで何てことないけど、いまの社会が失ってしまったのがこの「子どもたちはみんなで育てる」風土だと思う。

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赤ちゃんにやさしい国とは?
誰もが笑顔になれる国。泣いたり笑ったり、自由にできる国。

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私にとって赤ちゃんにやさしい国とは、赤ちゃんに限らず他人にやさしい国です。
赤ちゃんにやさしい大人であるためには、赤ちゃんに限らず大人にも子供にも老人にもやさしく接することができなければダメだと思います。他人にやさしくなれるはずなのに、ならない。ならなくても生きていける。
でも生きていけなくなるよ、そのうち。

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「あかちゃんにやさしい社会」
わけあえる、社会だと思います。ベビー服のお下がりも、作りすぎた夕飯のおかずも、エネルギーも。そして、幸せも、悲しみも、温もりも。

「みんなで育てる」の考え方の延長線上には、赤ちゃんだけでなくみんなに対してやさしくなれる、分かち合える社会、という見方がある。こういうメッセージを読んでいると、温かな気持ちになるなあ。

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みんなが自分も赤ちゃんだったってことを忘れないこと、だと思います

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赤ちゃんにとってやさしい国は、
誰もが赤ちゃんだった自分を忘れていない国だと思う。

ある意味、極め付けがこれ。自分だって赤ちゃんだったこと、親にも、周りのみんなにも助けられて成長してきたことを忘れないこと。

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赤ちゃんにやさしい国は、大人にゆとりがある国。
大人にゆとりがないと、失敗が許されない不寛容な空気ができる。子供はいっぱい失敗するのが当たり前。子供の失敗を気持ちよく笑える心のゆとりがほしい。

写真は2014年の朝霧JAMに、8ヶ月の娘を連れていった時のもの。過去に音楽フェスに子供を連れて行くのは虐待だという記事があったけど、会場ではお客もスタッフもとてもよくしてくれ、皆で娘の失敗をあたたかく笑い、時に爆笑し、困った出来事も優しく手伝ってくれた。フェスという限られた場所ではなく、普段の暮らしがこんな感じなら、子供を育てるのはどんなに楽しいだろう、と思った。

このような具体的なエピソードを語ってくれる方もいた。フェスに赤ちゃんを連れて行くって、いいなあ。こういう、これまで赤ちゃんを連れて行かなかったようなところへも連れて行くのはいいと思う。もちろん、わきまえねばならないこともあるだろうけど。

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赤ちゃんにやさしい国について、私が思うことは
母親、父親赤ちゃんに触れあう全ての人たちのストレスが無くなることだと思います。
難しい事ですし、ストレスを無くすなんて不可能かもしれませんが、、
結局、子供といてイライラしているときと言うのは、実際は子供に対してイライラしているのではなく、自分や周りにイライラしている事が多い気がします。
頭では、赤ちゃんに怒っても仕方ないと解っています。でも、怒らなきゃいけない状況が多すぎます。
例えば先日飛行機に乗りましたが、やはり10ヶ月の次女は泣いてしまい、席も立てず困りました。
次第にイライラしてきましたが、それは周りに気を使う余りイライラしてしまったのです。
もし、自分しか乗っていなかったら、きっと30分席を立てず泣きわめいていてもイライラしなかったと思います。
家族で台湾に行ったのですが、台湾の人たちは、若い男性でも赤ちゃんが泣くとあやそうとしてくれました。
日本では、若い独身男性は、赤ちゃんに興味無い人が多い気がします。
私もそうでしたが、女の人でも、身近に子供がいない人は、どう接していいのか分からないのです。
核家族で、小さい子や赤ちゃんを抱っこする事なんて、私も自分の子供が生まれて初めてしました。

このメッセージにはいろんなことが凝縮されている。ストレス。赤ちゃんを連れて外に出た時、泣き出したらどうしよう、迷惑になったらどうしよう、とビクビクせざるをえない。ごめんなさい、すみません、と言いつづけないとダメな親だと冷たくされる。ぼくが最初のブログで言いたかったのもこの点だ。赤ちゃんを育てるのに周りに謝りつづけなくてはならない環境で、赤ちゃんが増えるだろうか?この論点は、少子化の問題を象徴していると思う。

この話になると、「だが母親の態度がなってないんだよ!」と言いだす人がいる。母親がごめんなさいごめんなさいと言いつづけないと納得しないのだろう。それがつまり、子どもを育てることの価値を貶めてしまっているのだ。そんな国はどうやら他にはないらしい。

赤ちゃんにやさしい国はどんな国か?究極の答えは、次のメッセージだった。

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「赤ちゃんに優しい国って、どんな国?」という議論が不要な国。

いやホント、こんなこと議論してる国は、ヘンだよね。

さて、書籍化に向けての赤ちゃんの写真とメッセージの募集は、まだまだ続けています。書籍に載せるのがひとつの目的ですが、間に合わなくてもWEBなどで紹介していくのでぜひお送りください。

以下のサイトでこれまでの写真とメッセージをまとめてご覧になれます。

「みんなで考える 赤ちゃんにやさしい国」
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※「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」を、無謀にも書籍にします。2014年12月発売予定。
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ニコ動化の向こうにテレビの未来は見えたか?〜朝日放送「ゲーム王」見学記〜

10月の初め、こんなニュースがネットを飛び交った。

ついにテレビが“ニコ動”化 ABC朝日放送で初の試み

各ニュースサイトを賑わせ、Yahoo!トピックスにも何度か載ったこんな記事。「テレビがニコ動化」とはどういうことか?

そう、テレビの全画面にニコニコ動画のように視聴者のコメントが流れる、というのだ。そんなことできるのか?

「できるのか?」という疑問符には二通りの意味がある。ひとつには技術的にできるのか?いやもちろん、すでにテレビ画面にtwitterのつぶやきが流れるのはめずらしいことではない。だがニコニコ動画のように画面の上に覆いかぶさるように文字がのっかるいわゆる「オーバーレイ」は技術的に可能なのだろうか。

そしてもうひとつ、技術的にできるかどうかとは別に、テレビ局は「オーバーレイ」なんてやりたくないんじゃないのか?せっかくつくったクオリティの高い映像を”汚す”ような真似はテレビマンのプロ魂に反する、と言われてしまうのではないか?

技術的にはHybridcastを使えば可能だ。Hybridcast(ハイブリッドキャスト)とはなにか?これについては、今年の3月のこのブログでの記事を読んで欲しい。ざっとでいいから。

ハイブリッドキャストはテレビを面白くするのか?〜3月7日放送・フジテレビ『人狼』事前取材〜

フジテレビが「人狼」を題材にHybridcastの実験をした際の取材記事だ。Hybridcastの仕組みも図式化していて我ながらわかりやすい。この技術を使えば、ニコニコ動画化は可能だ。

今回のニコ動化の試みも、やはり朝日放送が行うHybridcastの実験なのだ。「ゲーム王」という、90年代にレギュラー放送されていたゲーム紹介番組が、ここ数年不定期放送の形で復活していた。この番組をHybridcastを使って「ニコ動化」しようというのだ。ゲーム紹介番組だから、ゲーム実況をニコ動的にやろうという企画。

朝日放送が思いきって試みる実験なので、ご法度のオーバーレイもやってみようということだ。

とは言え、関西キー局である朝日放送による、関西ローカル放送での試みなので東京在住のぼくには視聴できないわけだが、ドタバタと大阪に乗り込んでなんとか現場で見学させてもらうことができた。

夜22時に大阪に着いたのだけど何しろ放送は深夜1時半からだ。まだ早いということで、とりあえずお好み焼きを食べてしまった。
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食べ終わってからいろいろありつつすっ飛ばして、いきなり番組がはじまったところから。今回の記事はこの画面写真を見てもらうのが目的だからね。もちろんいろいろアレだけど、関係者の皆さん、そこはそれってことでひとつ、よろしく!
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番組がはじまると、いきなりニコ動だった。こんな感じで画面にコメントが流れていく流れていく。コメントの最後にtwitterアカウントがくっついている。誰がつぶやいたコメントか、すぐにわかるわけだ。

「はじまったね」というコメントには、それなりに楽しみにしていたらしい視聴者の気持ちが率直に表れている。

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ゲームがはじまると、こんな風にゲーム画面にコメントが流れる。まさにゲーム実況ニコ動をテレビ画面で楽しんでいる感覚だ。いやー、こんなことよくやったもんだ。

ただもちろん、コメントはフィルターがかかっている。というより、朝日放送の社員がみんなのコメントをひとつひとつ確認してから流している。だが問題のあるコメントはほとんどなかったそうだ。真夜中にこの番組に参加してくれるのは、ほんとうに楽しみたい視聴者ばかりだということだろう。

コメントの出方は、Hybridcastテレビの機種により少しずつ違う。仕様をもとに各メーカーが対応テレビを開発し、いまその第一陣の機器がようやくお店に並んだ段階。まだメーカーによっての違いがある。コメントも、定期的にサーバー上に取りに行く仕組みなので、数秒ごとにまとまって流れてくる。

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ところでコメントの中に「MSSP」というアルファベットが何度も登場する。これは、ニコニコ動画でゲーム実況が大人気の4人のグループの名前だ。YouTubeにもチャンネルを持っていて、いまネット界でゲーム実況と言えば彼ら、なのだそうだ。

そのMSSPがおそらく初めてテレビに出演している。そこも、ネット界の話題のひとつとなった。実際、彼らにまつわるコメントはみていても明らかに多かった。

放送中のコメントは、Hybridcast対応の機種であれば、録画再生時にもちゃんと表示される。さらに、録画で見ている時もコメントすれば表示される。録画再生時のコメントが加わるのだ。これもHybridcastならではの仕組みだ。

また、録画再生時には「この番組は○がつ○日に放送されたものです」というテロップが加わるそうだ。放送と通信を融合するHybridcastがこのように、録画再生でも対応していることは、あまり知られてないと思う。

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さて、この番組ではその中身とは別の実験もポイントとなった。

上の画面はCM中のもので、流れているのはNECの企業広告。CMの画面にもHybridcastによる仕掛けがしてある。

まず右上に「このCMへの感想を募集中」とある。これは、このCMのもともとの映像にはない要素で、Hybridcastにより放送で加えたものだ。その下に「おお!」という文字も載っている。これは、この番組のスマホサイトから視聴者がボタンを押したら加わる。

CM映像にテレビ局や視聴者が文字を加える。そんなこと、これまでの常識だとあってはならないことだ。もちろん、この番組には、Hybridcastの実験も含めてNECがスポンサードしており、CMでの実験に参加しているのだ。NECは放送業界向けの機器やシステムも事業領域としており、こうした先進的な実験に参加する意義があるということだ。
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それからこの画面には実験がもうひとつ別の実験が隠されている。下の方に文字が載っている。11月20日21日に行われるNECのイベントの告知だ。

この番組を録画して再生すると、この日付が変わる。「あとxx日」という表示に変わるそうだ。

言っている意味がわかるだろうか。生で視聴した時と、録画で再生視聴した時とで、表示が変わるということだ。再生視聴する際の日にちに合わせて変化する。

この文字の部分は、Hybridcastでサーバーから読み込んで表示しているのだ。放送時だけでなく、録画再生時もその都度読み込む。だから、放送時と内容を変えることもできるし、あらかじめプログラムしておけば、日にちに合わせた変化も可能なのだ。

朝日放送の実験は、広告の仕組みにも及んでいた。番組を録画で見る際、CMは飛ばされるんじゃないかという危惧があるが、それとは別に、あとで見ると伝えるべき内容が旧くなってしまうという問題もある。これを解決するひとつの答えが、この可変性かもしれない。

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CMの最後にはこのボタンが出てくる。スマホでCMの評価を送ることができるのだ。これも、Hybridcastが広告に与える進化のひとつだ。CMに対する視聴者の反応や意志を集めることができる。スマホとの併用で、クーポンを届ける、なんてことも可能になるだろう。

Hybridcastはこれまで、放送をリッチにすることが謳われてきたが、実はテレビ広告の仕組みを進化させるこういった可能性の方にこそ、その進化があるのかもしれない。

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番組の終了時には、上の画面のように視聴者がニコ動流の拍手を送ってくれていた。朝日放送のスタッフが感激していた。こんな風に、視聴者と番組の作り手が意志を交わしあえたらテレビは楽しくなるだろう。

Hybridcast対応テレビはようやく販売されるようになったばかりなので、まだまだ普及率は低い。関西限定の深夜番組であることも併せて考えると、参加者は数十名程度だろうと推測されていたが、漏れ聞いたところでは、今回の参加者数は4桁になったようだ。90年代に人気を博した「ゲーム王」の番組性と今回のHybridcastの実験の相性の良さが功を奏したのだと言える。

とは言え、こうした試みを日常的に行うのは対応機種がもっと増えないと無理だろう。そして不思議に思うのは、家電販売店に行くと4KはアピールしているがHybridcast機種についてはそもそも店員がよくわかってなかったりする。未来のテレビの日常的な実現には課題が多い。

ただ今回の試みは、テレビの未来の姿を垣間見せてくれた。ハマる番組でハマる視聴者にとっては、この上ない楽しさを提供していけるのではなかろうか。テレビの多様な将来像に、期待したい。

※Facebookページ「ソーシャルTVカンファレンス」ではテレビとネットの融合について情報共有しています。
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【赤ちゃんにやさしい国へ】保育園一揆のジャンヌ・ダルクが砦を持った〜曽山恵理子さんのコワーキングスペースbabyCo〜

「保育園一揆」という、いかついネーミングの一件をご存知だろうか。これ、言葉だけから想像すると、保育園児達が鍬や斧を手にわーっと何かに向かって反乱を起こす絵になってしまう。保育園児がいったい何に反乱を起こすと言うのか。もちろんそんなわけはない。保育園児ではなく子どもを預かってくれる保育園が見つからない母親たちが、鍬や斧は持たないまでも役所に申し立てをしたのだ。

去年、2013年の春あたりに都内でもいくつかの区で起こった。その震源地で旗振り役となったのは、曽山恵理子さんという女性だった。

曽山さんについては、すでにいくつかインタビュー記事が出ている。まず、この手の問題でよく記事を書いているジャーナリスト・治部れんげさんが日経DUALに書いた前後編の大型記事。

前編:杉並発・保活革命を率いた“ジャンヌ・ダルク”
後編:「保育園一揆の仕掛け人」の素顔はフツーのママ
※上記を読むには日経IDの登録が必要です

それから、ハフィントンポストでは今年の都知事選の時に、いがや記者が一年後に振り返る形のインタビュー記事を載せている。
【都知事選】「保育園一揆」から1年、待機児童問題の現状 「保育園ふやし隊@杉並」を立ち上げた曽山恵理子さんに聞く「首都の争点」

この曽山さんは最近、ワーキングマザー向けのコワーキングスペースを運営しているという。そのことは上に挙げたそれぞれの記事に出ている。母親向けのコワーキングとは、どこか共同保育に似通ったところがあるのではないか?

そんなことをもやもや思っていた時、たまたま女子会で某テレビ局のママ記者から曽山さんに興味あるなら紹介しましょうかと言われたので、お会いしてみようと思った。ちなみにこの女子会とは、育児関連をテーマに据えたママ記者たちと時折開催しているものだ。女子会にこんなおっさんが参加するなよ。

曽山恵理子さんを訪ねて荻窪のマンションの一室に行ってみたら、一揆の首謀者とかジャンヌ・ダルクとかの怖そうなイメージから程遠い、きゃらきゃらよく笑う明るい女性がそこにいた。
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「保育園一揆の後に知り合ったママ友が、ジャンヌ・ダルクみたいだと言いだして、えー!でも処刑されちゃうじゃん!とネタとして面白がっていたら、取材に見えた治部さんも面白いと思ってくださったみたいで」

勇ましい呼称に照れながら曽山さんは言う。治部さんの記事はシリーズタイトルが「怒れ!30代。」という雄叫び調なので、ジャンヌ・ダルクの勇ましさが十倍くらいに増幅されて伝わっていたと思う。

しかし杉並のジャンヌ・ダルクは、インタビューをはじめるとその名にふさわしく怒濤の勢いでしゃべりだした。

「コワーキングは同じ場所で仕事をするスペースなわけですが、場所を貸すだけでなくスキルを持つ人材が集まって、私が営業してとってきた仕事をみんなでこなすようにできればいいなと考えています。」

babyCoはフリーランスのワーキングマザー向けに設立された。だから、子どもを連れていって面倒を見てもらいながら、同じ場所で仕事ができる。

「フリーランスだと保育園に子どもを入れにくいんです。自宅で子どもを自分で見ながら仕事をしていると「同伴出勤」とみなされポイント(自治体では保育園の必要度を条件によりポイントをつけて審査する)が下がっちゃうケースが多いんです。だから睡眠時間を削って、無理やり働きながら子どもの面倒も見ることになっちゃいます。そうとうしんどいです。結局、あきらめて専業主婦になる人も出てくる。」

そこで、babyCoを開設した。

「ここで子どもを見ることができるから仕事しなよ。と呼びかけたいんです。ちゃんと保育士はいます。でも保育園のように預かるための施設としては整ってないので、ベビーシッターがいると思ってもらえれば。自分から見えるところで子どもの面倒を見てもらって、安心して仕事に集中できる場所なんです。」

なるほど。ところで、すでに充実したインタビュー記事があるとは言え、ぼくなりに「保育園一揆」についても聞きたくなった。

「最初の頃はmixiのコミュニティで保活(保育園を探す活動)について話していたんです。キャリアカウンセラーの経験もあるのでついつい相談に乗っちゃって。生まれる前から保育園を探しておかないと安心できないなんておかしいなと思います。」

そんな中、自分も二人目の子どもができた時に保活をして、なかなか見つからなかったという。去年の年明けに出た杉並区の最新状況で、4月からの入園希望者2800人に対し、1100人しか入園できないとわかった。

「前々からみんなの相談に乗ってきて、ちっとも状況はよくならないどころか悪くなってる。これは、何か大胆なことをやって、こんなに困っている人間がいると気づいてもらおう、とみんなと相談しました。区役所に行ってみんなで訴えてみよう!ということになったんです。」

そこでジャンヌ・ダルク誕生となるのだが、実際は成り行き上と戸惑いながらの活動だったようだ。

「二日間やったんですが、一日目は晴れていた。その中で訴えようとするんですが、えっと?どうすればいいんだっけ?やり方もわかってなかったんです。マスコミの方が「シュプレヒコールやらないの?」と言うので、そうなんだと「保育園を増やせー!」と三回くらい叫びました」

彼女がジャンヌ・ダルクとなるにはいささかマスコミの演出も作用したようだ。

「一日目の様子を東京新聞さんが一面で取り上げてくれたんですね。そしたら二日目はマスコミの方が4倍くらいに増えて。その上、雪が降ったのでなんかドラマチックになっちゃって。」

狙い通り、いや狙い以上に世間にアピールでき、知人が取り計らってくれたこともあって区長とも直接会うことができた。

「小規模保育では無理があると気づいてもらえたようです。規模の大きい認可保育所を増やしても少子化だからすぐにムダになるのではとの意見もあったんです。でも調べてみると、東京の就学前人口は増えているんですね。急激に増やして質が下がるのはよくないですが、認可保育所を増やす妥当性はあるんです。」

一定の成果も出た「保育園一揆」のあと、babyCoを起ち上げようと考えたのは、どういう経緯だったのだろう。

「私の中ではストーリーがつながっているんです。待機児童の問題は、保育園が見つかれば忘れられてしまう。でも子育てはその後も十数年続く。いろんな問題をクリアしていくには、ロールモデルとなるような先輩ママたちの意見が必要。でも世代を超えた交流がなかったんですね。」

杉並区内でのママたちの交流を図る「杉並こどもプロジェクト」を立ち上げ、運営する一方で、フリーで働く母親たちのコワーキングとしてbabyCoを起ち上げた。

「場所を持っていることはすごく大事だと考えています。babyCoは月曜日と木曜日は解放していて、誰でも気軽に来てもらえます。ゆくゆくは杉並こどもプロジェクトと統合してNPO法人化できればと。」

それにしても、曽山さんはある意味、みんなのために、世の中のために活動している。大変だなあと思うのだが、そのモチベーションはどこから湧いてくるのか。

「私は福島の南会津の出身なんです。震災の時、幸い実家は大した被害はありませんでしたが、福島県民として心が痛みました。すのすぐあとに二人目の子の妊娠がわかり、私も世の中のために何かできないだろうかと考えたんです。震災といまの活動は直接は関係ないですが、自分の中ではつながっています。」

babyCoをベースに活動していくにも、資金面がなかなか大変だ。

「どなたか、スポンサーになってくださる企業の方がいらっしゃったらぜひお願いしたいです!(笑)」

とのことなので、杉並の子育て世代に関わるような企業の方いれば、スポンサードをぜひ!
(babyCoのサイトはこちら→http://babyco.suginami-kodomo.net/)

待機児童問題のジャンヌ・ダルクは、歩みを一歩進めて、砦をつくって仲間を集めようとしている。彼女がやろうとしていることはつまり、コミュニティの形成と言えるだろう。それは結局、ぼくがこれまで取材してきた自主保育や共同保育、赤ちゃん先生やアズママ、asobi基地などと理念的には近いと感じた。

最近ネットで読んだ記事に、ラジオ番組を書き起こしたこういうものがあった。

人間の祖先が繁栄するために「共同保育」を選んだ、2つの生物学的な理由:山極寿一 『「サル化」する人間社会』vol.2

人類は他の類人猿と違って森を離れて脳みそを肥大させていった中で、「共に育てる」必要が出てきた。これと曽山さんの活動を乱暴につなげて考えると、彼女はまさにbabyCoという「共に育てる」場を作ろうとしているのだ。砦を持ったジャンヌ・ダルクが、次なる戦いに向かっていくのを、今後も応援していきたい。

今回の取材も、うぐいすプロ・山本遊子が映像を撮ってつないでくれた。曽山さんの明るく強い姿を感じてもらえるだろう。3分ほどなのでぜひご覧あれ。

※「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」を、無謀にも書籍にします。2014年12月発売予定。
興味がある方は、こちらの↓Facebookページをのぞいてみてください。
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トマソンを通じて教わったのはつまり、自由とは何かについてだった〜赤瀬川原平さんを悼んで〜

赤瀬川原平さんが亡くなった。77歳だったそうだ。そうなのか、もう77歳になられていたのか。訃報を聞いて最初に思ったのは、そんなことだった。

少し前に、サブカルチャー史と宮沢章夫氏、いや宮沢師のラジカル・ガジベリ・ビンバシステムという演劇活動について書いた。抱腹絶倒の面白さに吸い込まれるようにハマって影響を受けた。

赤瀬川原平さんは考えてみると、存在そのものがサブカルチャーだったと言えるような人だった。カウンターカルチャー性もしっかり帯びていた。というより、おそらくご本人はサブでもカウンターでもないつもりなのに、おのずからサブになりカウンターになってしまう。そういう活動をしていたと思う。

宮沢師のラジカルにハマった少し前の頃、赤瀬川原平さんにもハマった。『超芸術トマソン』これには影響を受けた。衝撃を受けたと言った方が正確かもしれない。

その死を悼んでいると、某出版社の友人がソーシャルメディア上でこんなことを書いていた。

赤瀬川さんは最高の「先生」だ。
過去形じゃないぞ。現在形だ。これからも。
誰もが赤瀬川さんの「生徒」になれる。
そんな「生徒」たちから過去もいまもこれからも
すごいひと、すごいコンテンツ、たのしい見立てがどんどん生まれる。
実際、すでに生まれた、とっても素敵に楽しいことが、
日本のいろんなところにいっぱいある。
赤瀬川さんを知らないひとも、赤瀬川さんの生徒なんだ。

いやまったくその通りだ。赤瀬川さんの本質を言い当てている。不思議と、先生なのだ。80年代の一時期、ぼくはまちがいなく赤瀬川さんの生徒だった。会ったことは結局なかったけど、日々教わっていた。たぶん、それぞれの時代に、それぞれの活動を通して、それぞれの生徒たちに赤瀬川さんは何かを教えていたのだと思う。

ぼくが教わった授業は(つまり本などを通して学んだという意味だが)『超芸術トマソン』だ。その説明は難しい。Wikipediaのトマソンの説明ページはよくできている。パパッと知りたい方は読んでみるといいと思う。→Wikipedia「トマソン」解説ページ

頑張ってぼくなりに説明すると、街のなかに誰か意図したわけでもないのに目的不明の不可思議な状態で残されている建築物や造形など。・・・うん、まったくわからないよね、これでは。

トマソンの原点は四谷階段だ。建物の壁に数段の階段がついている。左右どちらからでも昇り降りができるようについている。ところが、昇りきったところにドアがない。何もない。ただ壁がある。ということは、階段をたんたんたんと数段昇っても、何の意味もないのだ。ドアはなく、建物に入れないから反対側へ降りるしかない。・・・いったいこの階段は何のためにあるんだ!・・・こういうのをトマソンという。赤瀬川さんが名づけたのだ。

なぜトマソンか。赤瀬川さんは巨人ファンだ。その当時、巨人に在籍した外国人選手でゲーリー・トマソンという選手がいたそうだ。鳴り物入りで来日した元大リーガー。なのに、三振の山を築いた。存在意義がない。無用の長物。でも元大リーガーなので存在感は発揮している。

先の無意味な階段は、トマソン選手を想起させる。赤瀬川さんにとってはそうだった。そこで、トマソン。無用の長物とおぼしき意味のない建築造形をそう呼ぶことになったのだ。トマソンなどとふざけた名前を付けておいて、赤瀬川さんは本気で、本格的に研究をしてしまう。冗談なのか真面目なのか、わからなくなる。

赤瀬川先生と、読者達の間でトマソン探しがはじまった。その集大成が『超芸術トマソン』と題した書籍にまとめられた。ぼくが出会ったのはその書籍としてまとまった時だった。衝撃を受けた。一連のトマソンは表現物ではないのだ。誰かが意図して制作したわけではない。当然、四谷階段だって元はドアがついていたのだろう。何らかの理由でドアがなくなり、なぜか階段は撤去されなかったのでそれだけが不思議な形で残った。

その経緯はわからないので、突然、意味のない階段だけを提示される。その衝撃。いや、そんな不思議が日常の中に何の変哲もないたたずまいで潜んでおり、それを発見する視点が衝撃だったのだ。そんな物の見方があるとは。世界が違って見える。トマソンを提示されると、世界をトマソン探しの視点で見てしまう。すると、意外に自分の身近にもあったりする。言われるまで気づかなかったのに、トマソンの名称とその定義を与えられると世界が違って見えるのだ。なんてことだろう。自分はこれまで、世界をなんと凡庸に見てしまっていたのか。

明らかにぼくは、赤瀬川先生に「自由な視点」を教わったのだ。自由な物の見方とは何なのか、例えばどういうことなのかを知ることができた。

赤瀬川さんの授業はもう一つ受けた。『外骨という人がいた』宮武外骨という明治大正期のジャーナリスト、雑誌発行人だ。この人がまたスーパーすごい人なのだが、どんな人かは知りたければ調べてもらえばいいと思う。

さらに赤瀬川さんからは重要な影響を受けた。文章の書き方だ。赤瀬川さんは尾辻克彦のペンネームで小説も書いていて芥川賞をとっている。でもぼくが影響を受けたのは赤瀬川原平の文体だ。

話すように書く。あるいは文字を使って話している。

あたかも目の前に聞き手がいて、その人に話しかけるように。聞き手が何か反応して、その反応に対してさらに文章を続けるように。はっきりと誰かに対して書いているのだ。だから読みやすい。読みやすいし面白いのでどんどん読み進む。

その書き方からも自由について教わった。のびのび、思ったように書く、しゃべるように書く、文字で書く文章としての体裁を整えようとはせず、思ったことをそのまま、どんどん書く。間違ったことを書いても、文章の中で、あ、いま書いたこと間違ってましたすみません。と文章の中で謝ってしまいまた書き進める。

ああ、文章を書くってなんて自由で楽しいんだ。そう書いてはいなかったけど、そういうメッセージが読み取れる気がした。

面白いので真似をした。真似をしていたらおそらく、ぼくの文章の血となり肉となったのだと思う。だからぼくの文章の中には少しだけ、赤瀬川原平が存在しているのだ。ぼくはその後、言葉を書き連ねる仕事につき、いまもこうして他人様に読んでもらう文章を書いている。そこに、赤瀬川さんのDNAがあるはずだ。電子顕微鏡か何かでぼくの文章を見るとどこかに、赤瀬川さんの遺伝子が埋め込まれているにちがいない。

会ったこともないのに、授業を受けてたくさんのことを教わった赤瀬川さん。血はつながってもいないのに、何か大事な物を受け継がせてもらった赤瀬川さん。ありがとうございました。お疲れさまでした。

ご冥福を、お祈りします。

※Facebookページ「ソーシャルTVカンファレンス」ではテレビとネットの融合について情報共有しています。
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【赤ちゃんにやさしい国へ】みんなに見て欲しいなら、あなたが見せてあげればいい~映画『うまれる』シリーズのソーシャル上映~

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『うまれる』という映画を知ったのは、つい最近、数カ月前だ。

「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。」の記事が多くの人に読んでもらえてしばらくしてから、どなただったかに「うまれるっていう映画のFacebookページで読まれてるよ」と教えてもらったのだ。

→映画『うまれる』シリーズのFacebookページ

さっそく見に行ったら、少し前の投稿でぼくの記事が紹介されて、それに対し驚くほどたくさんの方がコメントを寄せてくれていた。ほんとに驚くほど。

すごいなあと思ってよく見たら、そもそも『うまれる』のFacebookページには3万人以上の人びとが「いいね!」していたのだった。さ、さんまんにん?!

『うまれる』はいわゆるインディペンデントな作品のようで、大手配給会社がついているわけではなさそう。なのにFacebookページで3万人!大手配給作品でもなかなかそんな数にならないのに。この映画はいったい何だろう?

WEBサイトには情報がたっぷり掲載されていて、あちこち見ていくと、いろいろわかってきた。
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監督は豪田トモという茶髪の青年であること。人間は幼い頃はお母さんのお腹の中にいた記憶を持つという、胎内記憶の話をきっかけにこの映画をつくったこと。いくつかの家族をリアルに追ったドキュメンタリー映画であること。そして、この映画は2010年11月に公開されたあと、自主上映形式で全国各地で上映が続いていること!

赤ちゃんと社会の関係を追いはじめたぼくとしては映画の内容も大いに気になったのだが、自主上映とは何だろう?この点も興味津々だった。

なにしろ、4年も前の映画なのにいま現在も自主上映が続いているのだ。しかも、毎週のように全国どこかで上映されている。見た人が感動の輪を広げている感じ。「感動の輪が広がっている」と謳う映画はよくあるけれど、ほんとうにそういう状態になっている。いったいこれは、どういうことだ?

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上の図を見れば一目瞭然だが、自分が見ていい映画だと思ったら、自分の友人知人にも見てもらいたいなと思ったら、自分で上映会を開けばいい、ということだ。そういうことか!いや、そういうことなら、見た人が他の人に見せたくなる映画だということだな!そう感じるって、どういう映画なんだろう。もちろん、通常の劇映画でも、感動したら人に勧めることはよくある。でも、わざわざ上映会を開くって、どういう気持ちでそんなことするんだろう?知れば知るほど、逆に興味が倍増した。

『うまれる』の上映会はあちこちで開催されているのだけど、東京近辺での上映と自分のスケジュールがなかなか合わなかった。うーむ、と思っていたら、今度はシリーズの新作『うまれる ずっと、いっしょ』が11月に公開されることが告知された。試写会も行われるというので勇んで申し込んだ。メールにブログのことも書き添えたら、プロデューサーの牛山さんから「読んでますよ、ぜひ見てください」と返信があった。

『うまれる』を観る前に『うまれる ずっと、いっしょ』を観てしまうことになるなあと躊躇もあったが、とにかく観に行った。その感想はまた別の稿で書こうと思うが、簡単に言うと「面白かった」。ドキュメンタリー映画ということで、けっこう重苦しさを覚悟していた。とくに前もっての情報として妻を失った男性も描かれるというので、さぞかし悲しい気持ち、暗い気持ちになるのだろうと想像していたのだが、面白い、のだ。それにドキュメンタリーはあまり抑揚がないものだろうとも思っていたが、不思議なことに物語性があった。

しかし今日書きたいのは映画の感想ではない。上映会の様子だ。

『うまれる ずっと、いっしょ』が素晴らしかったので、いよいよ『うまれる』の方も見たくなった。ある土曜日に思い立って、上映会がないかと探したら、小田原であるのがわかった・・・小田原・・・?

熱海や伊豆に行く時に東名高速から小田原厚木道路に入ってその終点の町、という程度の印象。そこに降り立ったことはない。まあとにかく行こうと、クルマを飛ばした。高速道路に入れば、あっという間に到着した。

2時からの上映だったが、お昼前に着いたので、ホールに行って当日券について確認。まだチケットはあるとのことで安心してシラス丼を食べたり、小田原城を歩いてみたりした。ちょうど大河ドラマで軍師官兵衛が秀吉の配下で北条氏を攻めていた、その舞台となっていた城だ。

時間が近づいたのでホールに戻った。駅から3分ほどの場所にあるナックビルという建物の5階、お堀端コンベンションホールという会場だ。
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入口には看板が置かれて上映会の雰囲気ができ上がっている。この家族は『ずっと、いっしょ』の方にも出てくるのでぼくも憶えていた。
umarerukanban

会場に入ると、すでに5割ほど席が埋まっていた。へー、自主上映でこんなに集まるなんてなあ、と思っているうちに見る見る増えてくる。300人は入る会場が、次々に埋まっていくのだ。
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最終的には8割程度埋まったと思う。お母さんが多いが、お父さんも含めた家族もけっこういるし、年配のご夫婦も何組かいた。小さな街の小さなホールが、自主上映会で250名程度埋まったのだ。すごいことだ。

主催した女性が最初に挨拶をした。その説明の中で「本日はママさんタイムでの上映になります」と言っていた。つまり、赤ちゃんや小さなお子さんと一緒に観賞していいですよ、ということ。そのため、多少の赤ちゃんの泣き声、小さなお子さんがドタバタすることを許してあげてということだ。もちろんあまりに赤ちゃんが泣きやまない場合は別に用意した授乳室に移動を促すとのこと。

赤ちゃんを連れて観てもいい映画。そんな上映会があったとは!

やがて『うまれる』の上映が始まった。確かに赤ちゃんの鳴き声はうるさい。小さな子どもたちは我慢できず走り出しちゃう子もいる。でもそういう前提で観ているので気にならない。音声も大きめにしてあるようで、映画に十分集中できた。

お母さんが子どもと一緒に観賞できる。それもこの映画の魅力の一部になっているのだ。

映画が終わってから、さっき挨拶もしていた主催の方に少しだけお話を聞いた。中心になって企画した杉本美帆さんはなんと、埼玉在住なのだそうだ!
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杉本さんはもともとは小田原の出身で、いまはご結婚されて埼玉に住んでいる。埼玉で開かれた上映会で『うまれる』を観て感激し、これは地元小田原の仲間にぜひ観せたい、観て欲しい!との思いで同窓生を中心に呼びかけて、仲間と一緒にこの上映会を主催したのだという。この日は彼女も、小さなお子さんを連れての観賞だった。

よくこんなに大勢の人を集めましたねえ!と聞くと「ほんとにそうですねえ!びっくりしてます!」ご本人も驚いていることにこちらもまた驚いた。そこには、自分が大好きになった映画を、たくさんの大好きな人たちに観てもらえた達成感が満ちあふれている。

『うまれる』は、みんなが応援してくれる上映形式をうまくつくった。もちろんそれは、みんなが素直に応援したくなる作品になっているからだ。観客が一方的に作品を受け取るのではなく、主体者にもなって反響を広げていく。その姿はソーシャルの時代そのものだ。ソーシャル上映、と呼ぶべき新しい映画の有り様がそこにはあった。

この映画のこうした姿は実は、ぼくが『赤ちゃんにきびしい国で・・・』の書籍化を、中岡祐介が起ち上げたばかりの三輪舎でやってみようと考えた、大きな背景になった。ブログ上でのぼくの呼びかけに彼が応えてくれたことも含めて、ぼくたちもソーシャル出版、と言えるやりかたで進めてみていいのではないか。小田原での上映会に実際に行ってみて、ぼくはますます励まされた。

さて、このあとぼくは豪田監督にインタビューすることができた。その様子と、映画2本のもうちょっと突っ込んだ感想は、あらためてまとめようと思うので、楽しみにしてくださいね。ちょうど少し前に、ハフィントンポストで豪田監督にインタビューした記事が載っていたので、そちらもぜひ読んでもらうといいと思う。

ハフィントンポスト中田記者の記事→「子供を育てるのは、子供と向き合うこと」 映画「うまれる ずっと、いっしょ。」の豪田トモ監督に聞く

↓『うまれる ずっと、いっしょ』の予告編も見てみてください!

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サブカルチャーという得体のしれない何かについて〜Eテレ『ニッポン戦後サブカルチャー史』を振り返って興奮する〜

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※書籍化もされ絶賛発売中だが、何よりも再放送を期待したい!

『ニッポン戦後サブカルチャー史』はNHK Eテレで2014年8月1日から毎週金曜日放送された、全10回の番組だった。

この番組は”講義形式”だったのだが、まず講師役を務めた宮沢章夫氏について語らねばならない。

語らねばならないというより、語りたい。ぼくはまず、この番組について書くにあたりどうしても、宮沢章夫氏に関して語りたくて仕方ないのだ。

宮沢氏は80年代に「ラジカル・ガジベリ・ビンバシステム」というキテレツな名前の演劇ユニットで喜劇の最高峰を極めた劇作家だ。ここで「喜劇の最高峰を極めた」と書いたのはまったくぼくの主観だ。それに実は、ぼくはさほど芝居をたくさん観てきたわけではない。だから比較対象が少ないのだが、他と比較する必要はないのだ。間違いなく、ラジカル・ガジベリ・ビンバシステムが80年代後半に原宿ラフォーレを中心とした舞台で繰り広げた一連の芝居は、最高峰の笑いを繰り広げた。少なくとも、あれほど笑ったことはない。

「抱腹絶倒」という言葉があるが、あとにも先にも、「抱腹絶倒」にふさわしい経験はラジカル・ガジベリ・ビンバシステム以外にはなかった。いや、ラジカル・ガジベリ・ビンバシステムを観て初めてぼくは「抱腹絶倒」の真の意味を知ったのだ。あれ以外に「抱腹絶倒」という形容をしてはならないとさえ思う。

そして、笑いを極めると、宗教に近づく。

85年から89年の最終公演まで、ほぼ半年に一回ほどの公演は、ぼくにとって教祖の講話を聞きに行くようなものだった。毎回、啓示を受け、解脱の境地に近づく。そんな思いだった。

そこでは、すべての価値観が相対化され、フラットになる。あるいは、既存の物語の語られ方、起承転結の類いを超越し、ただ短い瞬間だけが存在し弛緩してつながっている。”刹那”というのが何か、笑っている間はわかるのだ。

だから宮沢章夫氏は、神の使徒のような存在だ。啓示を伝え運んでくれる存在。民にもわかりやすくかみ砕いてくれる者。だから宮沢氏と呼ぶより、宮沢師と呼びたい。そんな宮沢師が講師を務める講座は、毎週観ないわけにはいかなかった。

イントロダクションが長すぎた。『ニッポン戦後サブカルチャー史』の話をしよう。

8月から、毎週この番組が放送された2カ月強の間はめくるめく至福の時間だった。しかも、これはなんという偶然か、いや何かの神様が仕組んでくれたとしか思えないのだが、同じ金曜日に7月から9月までテレビ東京で『アオイホノオ』というドラマが放送された。これがまた、80年代初頭の若者を描いたサブカルチャー史の一編のようなドラマだった。まるで、『ニッポン戦後サブカルチャー史』のサブテキストだった。かくして、23時からEテレを観たあと、12分間の休憩時間ののち、24時12分から『アオイホノオ』でさっきの講義の復習をするという、奇跡のように濃厚で幸福な時間を堪能できた。

『ニッポン戦後サブカルチャー史』の講義一覧を見てみよう。

第1回「サブカルチャーはいつ始まったか? 戦後〜50年代」
第2回「60年代新宿カルチャー/大島渚は何を撮ったのか? 60年代(1)」
第3回「劇画とナンセンスの時代〜「カムイ伝」と「天才バカボン」〜 60年代(2)」
第4回「深夜ラジオと音楽革命 70年代(1)」
第5回「雑誌ワンダーランド 70年代(2)」
第6回「What’s YMO〜テクノとファッションの時代〜 80年代(1)」
第7回「「おいしい生活」って何?〜広告文化と原宿・渋谷物語〜 80年代(2)」
第8回「セカイの変容~岡崎京子・エヴァンゲリオン・ゲーム~90年代(1)」
第9回「おたく→オタク→OTAKU 〜オタクカルチャーと秋葉原〜 90年代(2)」
第10回「サブカルチャーはどこから来て どこへ行くのか〜ゼロ年代〜現在」

ひと目で分かるように、10年ごとに年代を分けてサブカルチャー史を検証していっている。この番組の何に打ち震えるのかというと、60年代のガロや少年マガジンが学生紛争のバイブルになったことや、70年代の深夜ラジオが若者たちの解放区になったことなど、ここで取り上げられた主題はこれまでもあちこちで断片的に語られていた。それをこの番組では、一気に俯瞰して”通して”とらえようとしている。

サブカルチャーを50年代からゼロ年代まで一気通貫する、という発想。とらえ方。サブカルチャーにそんな見方があることを提示してくれた時点で、この番組は大きな仕事をしてくれたと思う。それだけでまず、大いなる価値があった。

そして、そこに大きな文化的価値が出てきそうなのは、例えば60年代生まれのぼくがサブカルチャーを分断して見ていたように、多くの人びとがその人なりの分断でサブカルチャーというものを見ていたはずだからだ。

番組の最後の方で宮沢師はサブカルチャーとカウンターカルチャーの相違点を言ってのけた。師とまで呼んだのに楯突くようなことを言うのだが、そこはちょっと違うと思う。昔のサブカルチャーは限りなくカウンターカルチャーに近かったとぼくは思うのだ。

ビートニク、太陽族、大島渚、新宿、カムイ伝、天才バカボン、ヒッピー、深夜ラジオ、日本語ロック、ホールアースカタログ・・・これらはすなわち、既存の価値観に反抗しアンチテーゼを突きつけるものだった。

それがピークを迎えるのが80年代だったのではないだろうか。それまでアンダーグラウンドとして扱われたサブカルチャーが突如水面の上まで浮上し、脚光を浴びた。暗がりで日の目を見ない存在だったのが、一躍表舞台に踊りだし、ついでに企業のお金も回ってくるようになった。それが広告文化だ。

広告そのものも黒子だったはずなのに脚光を浴びるようになり、アンダーグラウンドな者共は広告の舞台の上に引っ張り込まれてメジャーな文化の一端を担うようになった。

広告なら許される。広告になれば経済活動に参加できる。

え!?そんなのも有りになったの?それが80年代だった。

つまり、ニッポン戦後サブカルチャー史は、50年代に始まって80年代に大団円を迎えたのだ。ある意味、一回ゴールにたどり着いた。よくがんばったね!と褒められた。そして、さあ、次どこへ行こうかと相談していたらバブルがはじけた。がらがらがらっ。ゴールしたら、それでおしまいだった。それが、サブカルチャー史だった。

それでも、この国が続き、文化的な営みが続くのであれば、サブカルチャー史は継続していく。ただし、そこはつながっていないのだ。バブル以降にもサブカルチャーは連綿と生み出されるのだけど、その前のサブカルチャーとは脈絡ができていない。カウンターカルチャーではもうなくなっていた。アンチテーゼを突きつけるのではなく、もっと”逃げる”ような文化活動がサブカルチャーとなって表出した。(逃げるとの言い方は決して非難しているのではないのだけど)

だから『ニッポン戦後サブカルチャー史』は50年代から80年代までの”カウンターカルチャー編”と90年代以降の”メジャーな光から逃げる編”の2つに分かれているのだ、実は。

さっき書いた、この番組から『アオイホノオ』に連なる幸福も、そう考えると実に奥深い現象だったと言える。『アオイホノオ』は1980年代前半の大阪芸大が舞台だ。主人公・焔モユルは原作者・島本和彦の分身として漫画家をめざす熱い青年であり、彼が勝手にライバル視しているのはのちにガイナックスを結成して『新世紀エヴァンゲリオン』を制作する庵野ヒデアキらだ。実在の人物たちが実名で登場する。

彼らには”カウンターカルチャー”を担っていこうという意識はみじんもない。焔モユルは自分が大して絵が上手くないこともわかった上で、表現者としてのスターダムを駆け登りたい野心で頭がいっぱい。庵野ヒデアキに至っては素晴らしいアニメーションを完成させることしか頭になく、自分の動作にウルトラマンの効果音をつけたりする。世の中へのアンチテーゼどころか、自分たちの好きな世界への限りないリスペクトとピュアな探求心しか持っていない。

ぼくは彼らとほぼ同世代だが、彼らよりもずっとカウンターカルチャーに引きずられていて、東京に出てきた時も70年代のそうした動きの残骸を探して歩いたものだった。新宿に行けばアングラ劇団の足跡を探してみたし、植草甚一のエッセイを読んで銀座を歩いてみたりした。

だがいずれにせよ、庵野秀明たちがそうだったように、90年代以降のサブカルチャーの担い手は80年代までのカウンターカルチャーもおぼろげに知った世代だが、それとは分断された形で新しいものを形成してきた。

いまその分断を一気通貫で俯瞰することにはどういう意義があるのだろう。あっちのサブカルチャーとこっちのサブカルチャーは同じサブカルチャーだったのか!少なくともぼくはこの当たり前のことにあらためて気づかされた。

そこに気づくと、90年代以降のサブカルチャーをその前と分けて見ていたのが違う見方で見えてくる。あるいは、カウンターカルチャーのDNAめいたものが実はいまも生きているようにも思える。例えばスティーブ・ジョブズがMacに込めた哲学を一般化させたiPhoneは、つまりは70年代ヒッピー文化の21世紀的な具現化なのかもしれない。ヒッピー文化が思い描いた”自由”がこの小さなデバイスに結実したのかもしれないのだ。

そうかもしれないと気づいた時、また別のことに思い当たった。『ニッポン戦後サブカルチャー史』のプロデューサー・丸山俊一氏とは、少し交流があるのだが、彼は討論番組『新世代が解く!ニッポンのジレンマ』も制作している。奇しくも彼とは同年代(というか同い年)で、そんな彼があえて70年代以降生まれの討論番組をやっているのも面白いのだけど、そのこととサブカルチャーの分断を一気通貫することはどこか近い作業ではないだろうか。そして『ニッポンのジレンマ』は若い世代からアンチテーゼを突きつける番組だ。カウンターカルチャーと言えるかもしれない。同じプロデューサーがこの2つの番組に関わっていることは、ご本人さえ気づいていない重要な思いが潜在するのだろう。

テレビとは、戦後のメインカルチャーのど真ん中を歩んできた存在なのだが、周縁にサブカルチャーを合わせ持つことで新鮮さを保持してきたメディアでもある。それは例えば深夜番組という形で。80年代後半から90年代初頭のフジテレビの深夜番組はサブカルチャーのもっとも華やかな到達点と言えるだろう。いまやゴールデンタイムへの企画のお試しの場になった深夜帯だが、それでもなおテレビ東京を見ているとサブカルチャーの場の名残を感じる。そしてEテレも、発見している人にはサブカルチャーの重要な場のひとつになっている。

サブカルチャーはバブルとともに一度はじけたというのはぼくの世代だけが持つ勘違いと古い時代への郷愁にすぎず、それはちゃんと連綿と続いてきた。そしておそらく、カウンターカルチャーとしての矜持も表にはくっきり見えないけれど隠し持ちつづけてきたのだ。いつも爪を磨きながら隙あらばアンチテーゼを突きつけてやろうと機会をうかがっていた。

宮沢師によれば、サブカルチャーが生まれたのは師が生まれたのと同じ1956年だ。自分が生まれた年と同じというのは図々しいわけだが宮沢師が言うのだからそうなのだ。ということはまだ人間の一生分の歴史にも至っていない。還暦にもなっていない。

『ニッポン戦後サブカルチャー史』という希有な番組によってサブカルチャーを通史で検証したことは、このあとサブカルチャーは何をしでかそうというのかを見据えるための準備になった。あるいはぼくたちがもう一度サブカルチャーと自分の関わりをとらえ直す機会になった。そしてさっきからくどくど回りくどく”サブカルチャーにはカウンターカルチャーの意志が脈々と流れている”と言っているように、サブカルチャーには重要なミッションがあることを期待している。それはアンチテーゼの集大成であり、言ってみれば次の時代のメインとなる理念を生み出すことだ。そこまでやってサブカルチャーの通史が完了し、その一生は完成する。

もしそこにほんとうのゴールがあるのなら、ネット上のあちこちで、つまり周縁の場のさらにはじっこでもじゃもじゃ何やら発信しているみんなの力も、そこに向かっていけばいいのではないか。こうしてサブカルチャーについてブログでもごもご書いていることも、そこにみんなが向かう助けになればいいと思う。

とかなんとか体裁のいいことも言ってみているが結局この文章は『ニッポン戦後サブカルチャー史』に興奮して何か意義ありそうなことを書いておきたかったに過ぎない。あの番組へのリスペクトを持ちつつ、少しでも関わった感覚を自分で持ちたかったのだ。そんな駄文に最後までつきあってくれたそこのあなたに、サンキューと言っておきたい。

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【赤ちゃんにやさしい国へ】スマートフォンはママたちを解放する武器だ〜ママメディという新しい活動〜

【赤ちゃんにやさしい国へ】のシリーズタイトルで取材を始めた最初の頃、育児関係の活動を取材する中で、二人のお母さんに話を聞いて記事にしたことがある。

2014年3月18日の記事「子育てはやっぱりみんなでするものだ〜二人のママさん訪問録〜」

ブログを読んだ方からメールをもらった中で、お会いして話を聞いてみたい二人のお母さんに取材した記事だ。特別な活動についての話ではなかったにも関わらず、大きな反響をもらった。ハフィントンポストでは6000を超える「いいね!」を得た。

それはどうやら、以下の部分が共感を得たからのようだ。

言い方は少しずつ違うのだが、子供ができるよりずっと前に、部下もしくは後輩が仕事上の大事な局面で「子供が熱を出しているので帰らせてください」と言ってきた。その時、帰宅を承諾しながら「この人はこれまでの人だったのね」と”その時は”思った。つまり大事な仕事よりも子育てを優先させたことを、当時はさげすんでしまっていた。

二人ともそれぞれ、その時のことを恥ずかしいことだった、間違っていた、と語っていた。母親になり、子供に愛情を注ぎながら育てることの大変さ素晴らしさを理解しているいまは、強く後悔しているのだと言う。

能力ある女性ほど仕事を通じた自己実現に精力を注ぐ。仕事で認められ後輩を指導する立場になると、いつしか育児を低く見てしまうのだ。それは、日本のビジネス社会が女性に男の価値観を無意識的に強いているからだろう。キャリアを積んだあとで結婚し、子供ができると初めて、育児の大変さと素晴らしさに同時に気づくのだ。

いまの女性のそういう状況に気づかせてくれた二人のうちの一人、川本聖子さんが連絡をくれた。実は前に取材した時、本業とは別にお母さんたちのためのサービスを起ち上げようとしていると言っていた。それが形になったらぜひまた取材したいとお願いしていたのだ。

川本さんが、一緒にそのサービスに取組んでいる福場梨紗さんとともに遊びに来てくれた。

kawamoto&fukuba

川本さんと福場さんは中学高校の同級生で、大学と最初の就職先では離れたが、お互い転職した会社でまた合流したという。無二の親友であり、ともに歩んできた仲間だ。

前々から二人で事業に取組んでみたいと話していて、何をテーマにするかいろいろ相談していた。二人の関係は役割分担ができているようで、川本さんが興味を持ったテーマを見つけて「こんなことができないか」と持ちかけると、福場さんが受け止めて「こうすればこうなるかも」と具体策を見いだす、ということらしい。ボケとツッコミというか、デコとボコというか、二人でひとつ、といういい関係のようだ。よく言われるが、うまくいく事業は実はコンビで起ち上げた例が多い。補完関係ができているお二人は、話を聞いていても楽しかった。

さて二人がはじめたのはmamamedi(ママメディ)という名称で、名前からわかる通り赤ちゃんを持つ母親向けのサービス事業だ。いろいろテーマを探した末、川本さんの妊娠出産が契機となってこのテーマにたどり着いた。自分の経験から、現代の出産がいかに大変か、核家族で赤ちゃんを育てることがどれだけ苦労を伴うか思い知り、それを軽減するサービスができないかと考えたわけだ。

mamamedi1
mamamediは多様なサービスを構想として持っている。スマートフォン用のアプリ、マッチングサービスのサイト、といったITサービスだけでなくリアルな学びの場を母親たちに提供することもプランに入っている。

川本さんが自分の体験として感じた、核家族の母親が孤立しがちな状況を、ITも活用しながらコミュニティを形成することで解決する。それがmamamediの事業理念だ。育児はひとりで背負うにはあまりにも心と身体に負担がかかる。だから、その手助けとなるような、そして互いに助け合えるようなコミュニティを提供していきたいという。
mamamedi2
大きな構想の最初の一歩として、アプリを制作してリリースした。「妊婦メモ&カレンダー」の名称でAppStoreでダウンロードできる。妊娠した当初から使えるツールで、出産までのプロセスの中でその時々で必要なことがわかったり、記録していったりができるアプリだ。
memo&cal
このアプリを皮切りに、いくつか準備中だという。その後には、マッチングサイトの起ち上げや母親向けの学習事業にも少しずつ広げていきたいとのこと。とは言え、それぞれ本業を持ちながらの、半ば社会貢献的活動なのでなかなか大変だろう。でも少しずつでも前へ進んでいって欲しいと思う。

さて彼女たちの話の面白さの余韻に浸る中、ふと気づいたことがある。mamamediはリアルまで含めた妊産婦向けサービスをめざしているわけだが、やはり中心になるのはモバイルサービスであり、最初に出したのもスマートフォン向けアプリだった。核はITであり、スマートフォンなのだ。スマートフォンを武器に、母親たちを窮屈な子育てから解放しようとしている、と言える。

彼女たちの事業に限らず、いまスマートフォンが母親たちを自由にしはじめているのではないだろうか。そしてそこには、子育てにまつわる問題を大きく解決に導く力が働こうとしているのではないか。そんなことを思った。

スマートフォンは、PCが持っていた高機能性を、携帯電話が持っていた簡便性の中に持ってきたようなところがある。PCはワークステーションとも呼ばれたように本来は仕事用であり、どこか小難しさを漂わせていた。スマートフォンは、あるいはタブレットは、PCの代替品というより次元の違うデバイスなのだと思う。PCがワークステーションなら、スマートデバイスはライフステーションなのだ。

スマートデバイスはぼくたちの仕事ではなく生活を変えるツールなのだ。

そんなスマートフォンを、いまお母さんたちが持ちはじめた。”お母さん”はITとかけ離れた人種だったはずだ。でも気がつけば、デジタルを使いこなす世代がもうお母さんになっている。そしてガラケーばかり使っていたお母さんがスマートフォンに持ち替えはじめた。あるいはスマートフォンを仕事に使っていた女性たちが出産してお母さんになっていっている。

スマートフォンで生活を便利にする方法を、彼女たちは知っている。そしてソーシャルメディアで彼女たちはつながっている。

「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」のブログ記事にとんでもない数の「いいね!」がついたのは、そういう時代の流れみたいなものにあの記事がうまいこと乗っかったのだ。スマートフォンを手にソーシャルメディアでつながっているママたちのネットワークに記事が乗せられ、またたくまに伝わっていったのだった。

その伝搬力は、ある時はベビーカーについての男性ライターの記事への怒りを増幅したり、都議会での下世話な野次の主をきびしく糾弾したりもする。逆に育児に便利なツールをあっという間に広めたり、子連れでも楽しめる施設やスペースがどんどん知られたりもしているのだろう。

ふと気づくと、このところ育児にまつわる話題や記事が増えている。ワーキングマザーの悩みも共有されるようになってきた。そして何が問題かがはっきりしてきたり、よりよい方向づけが行われたりしはじめている。自分がこういう問題に敏感になったからかとも思ったが、どうやら客観的に見てそうらしい。だとしたら、スマートフォンが情報伝搬をスピードアップし、解決策がソーシャル上の集合知によって見いだされようとしているのだ。

スマートフォンは母親たちを解放し、育児にまつわる問題を解決へ促している。あるいは、2010年代の母親たちは、スマートフォンを片手により良い方向へ向かってしなやかに歩きはじめている。

ネット上での不快な炎上があったり、マスメディアで見たくもないセクハラ事件を見てしまったりしながら、そうした問題のひとつひとつが積み重なって、今までにない形で問題提議がなされているのだ。スマートフォンとソーシャルメディアはそんな中でぼくたちを、解決へと誘っているのだと思う。

あとで思い返すと、あの2010年代半ばがよいターニングポイントだったんだね。そうなるんじゃないか。そうなるといいなと思う。

※「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」を、無謀にも書籍にします。2014年12月発売予定。
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メディアはコミュニティを形成する。この当たり前のことをメディアはどれだけ自覚しているか

メディアがいま、面白い。のだそうだ。旧来のメディアのとらえ方、考え方が変更を迫られており、そこには新たな荒野が広がっている。日本の良識を自負していた大新聞が肝心の良識を問われる一方、スマートフォンを介して新しい情報流通がはじまろうとしている。メディアはいま、才覚や野心が生かせる大いなる可能性の分野だということだ。

そんな中、週刊東洋経済が先週号(10月6日発売)で「新聞テレビ動乱」という大胆な特集を組んだ。この雑誌は年に一回程度、マスメディアの危機を訴える特集を組んだものだが、久々だと思う。中身は大新聞の話から、テレビの視聴率競争の話、そしてネット上での新しいメディアの話題まで盛りだくさん。読み甲斐がある内容だった。置いてある書店にはまだ置いてあるので、読みたかったら急ぐべし!

shinbuntvdouran

この特集に合わせて、セミナーイベントも開催されたので行ってみた。
「大変革期に未来を語る!いま、メディアが面白い」というタイトルで、ホットな面々が勢ぞろいした。詳細は下のページをご覧いただこう。
→Peatixのイベントページ
ざっと並べると、スマートニュースの藤村厚夫氏、Gunosyの福島良典氏、ハフィントンポストジャパンの新編集長・高橋 浩祐氏、などなどなど。確かに、いまメディアの変化を語ってもらうならこの人、という名前が並んでいる。

ワクワクしながら聞いていたのだが、正直言ってディスカッションとしては大いに物足りないものだった。東洋経済には知った方もいるのであんまり言いたくないが、打合せ不足だったのではないだろうか。話題があちこち飛びすぎて何についての議論なのかわからなくなってしまった。2つ目のディスカッションに至っては、動画革命がテーマとあったのに、動画についてはほとんど話題に出なかった。

ぼくも自分がセミナーイベントを主催したり、ディスカッションの企画やモデレーターを依頼されることもあるので、こういう催しの主催側としては設計図の詰めが甘かったことを指摘しておきたい。

あ、でもこの文章はそこを批判するのが本意ではないのですね。

そんな不完全燃焼な気持ちの中、締めのスピーチとして角川歴彦氏がひとりでしゃべった。そこがこのイベントでいちばん面白かったのだ。ここではその話を書きたい。

皆さんご存知の通り、角川歴彦氏が率いるメディア企業KADOKAWAはニコニコ動画を擁するドワンゴと経営統合を発表している。どうやら、その経営統合に対する世間の評価がさほどでもないので、メディア界の人びとが集まる場でプレゼンテーションしたかったようだ。2社の経営統合の考え方の背景を熱く語っていた。

写真撮影は避けてくれというのでお行儀よく撮らなかったのだが、経営統合の解説として映し出されたスライドが興味深かった。その場で書き取ったものをお見せしよう。
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スライドにあったのは右側のチャートで、実際には円の形の図がスライドには2つ並んでいた。つまり、KADOKAWAもドワンゴも舞台は違うがプラットフォームという意味では同じなのだと言いたいのだ。

曰く、KADOKAWAもドワンゴも、ただメディアだけで存在しているのではない。メディアという場があり、そこにコンテンツを載せる。それを通じてコミュニケーションが生まれ、そこはコミュニティになる。そんな説明。KADOKAWAは出版という分野で、ドワンゴはネットという分野で同様にメディア・コンテンツ・コミュニケーション・コミュニティを展開している。だから統合で相乗効果が得られる。そう言いたいようだ。

なるほどなあ、とぼくは思った。対比として左側の図、メディアの上にコンテンツがあるだけのものをぼくの方で書き足したのだが、普通はこうとらえるのではないか。そして左側のとらえ方は右側のものに比べると、視野が狭い、ということになる。ユーザー側の視点が欠けているからだ。

メディアを運営する人の中で、もっと言うとメディア企業の経営者の中で、右側のような視野を持てている人は、どれくらいいるだろう。とくにオールドメディアの紙と電波の人びとにはほとんどいないのではないだろうか。

それはもちろん、紙や電波ではコミュニケーションがとれなかったというのはある。あるいは、日本人全員を相手にしてたのだからコミュニティもへったくれもないだろう、とも言える。

だが本来、メディアとはコミュニティのために存在するはずなのだ。テレビで言えば、”日本”というコミュニティを形成し、全国津々浦々に共通の話題を提供した。あるいは、よくよく見ると番組ごとにそれぞれのコミュニティを形成していた。「半沢直樹」が大ヒットしたとは言え、4割の世帯が見ただけで他の人はそれぞれの好きな番組を見ていた。視聴率10%でホッとするいまの時代に、日本中に共通の話題を提供できているはずがない。日本中に共通の話題を提供できてないとシュンとするし事業としても危ういのなら、その構造が奇妙なのだ。

よく言われる通り、大新聞として何百万部も発行されるなんて状況は日本だけだ。それに地方に行くとローカル紙が強い地域はたくさんあり、朝日や讀売の部数減がそのまま新聞全体の危機ととらえるのは早計かもしれない。(もちろん地方紙も部数は減っているだろうけど)

BLOGOSやハフィントンポストはコミュニケーションの場を用意し、コミュニティとなりえている。両方に記事を転載してもらって感じるのは、それぞれ読者のカラーがまったく違うのだ。同じ記事があっちではたくさん読まれそっちではさほどでもない、ということは多い。

ネットメディアだからみんな右側のようにとらえられているかといえば、そうでもない気がする。ただPV数だけ追ってパクりも平気でやるメディアにはコミュニティなどできようもないだろう。話題の記事を読んだメディアがどこだったか、ちっとも憶えていない人は多いはずだ。そんなあぶくのようなメディアは風が吹けばふっと消えてしまうに違いない。

角川氏のスライドのポイントは、右のような図の下に「人・モノ・金・情報」と書かれていることだ。経営者としてちゃっかりしているということではなく、「金」も含めてメディアの要素は多様だということだ。だから、ビジネスになるわけだし、そこで可能なビジネスは広告をコンテンツの間に挟んでなんぼ、だけではないはずだ。人が集まってコミュニケーションが行われているのなら、そのホスト役としてのメディア企業には多様なビジネスの可能性がある。

左側のとらえ方には、広告ビジネス以外見つけにくい。コンテンツを送り届ける際、そのスキマに広告を入れ込むことで収入を得る。それはメディア企業のビジネスモデルの”ひとつのパターンに過ぎない”のだ。でも、「メディア企業はメディアでどう儲けたらいいのか」と考えていても他の答えは見いだせないだろう。ただ、20世紀のメディア企業とは、そうやって肥大化していったので答えは簡単ではない。

”コミュニティ”を形成することに何があるのか。そこで「人・モノ・金・情報」はどう動くのかを考えること。それこそが、課題であり、そこに「いま、メディアが面白い」ことの中心がある。その答えはけっこう、今後数年間で少しずつ見えてくるのではないだろうか。あまたの試行錯誤の末に。

角川氏の話は最初の方はそんな風にぼくの脳みそを触発してくれたのだが、途中から話があっちへ跳びこっちへ外れ、結局なんだかよくわからなくなった。その上、長かったので参った。でもまあ、こうしてブログのネタにはなったから、いいけどね。

※Facebookページ「ソーシャルTVカンファレンス」ではテレビとネットの融合について情報共有しています。
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【赤ちゃんにやさしい国へ】そこでは私たちの未来が作られていた〜赤ちゃん先生プロジェクト見学記〜

「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」の記事への大きな反響があったことで、子育てについての取材活動を続けているのだけど、その端緒となったのが“赤ちゃん先生プロジェクト”を取材した記事だった。この時【赤ちゃんにやさしい国へ】のサブタイトルを初めて使ったのだ。

【赤ちゃんにやさしい国へ】お母さんはメディアになり、赤ちゃんは先生になる〜赤ちゃん先生プロジェクト〜

読んでない方はぜひ上のリンクから読んでください。今日書くのはその続きになるので。

さて赤ちゃん先生プロジェクトの恵さんがたまたま東京にいらした時に取材したのが2月だった。そのあと、恵さんにもう一度お会いしたかったし、赤ちゃん先生の実際の活動も見てみたかった。どうせなら本拠地・神戸にうかがいたいなと考えていたら、9月にその近辺に出張があった。そこで、仕事の翌日に訪問しようと恵さんに連絡してみた。ちょうど神戸市内の小学校でプログラムが行われるので、それを見学させてもらうことになった。残念ながら恵さんご自身はその日、神戸にいないそうだが、その回の責任者の方をご紹介いただいた。

その日のプログラムが行われる鈴蘭台小学校は神戸市立とは言え、三ノ宮の駅からさらに私鉄に乗って30分ほどの街にある。神戸電鉄という電車に乗り込むとどんどん山の中に入っていき、不安になっていたら突然町並みが現れた。高度成長時代にニュータウンとして整えられた、落ち着きのある住宅地。その中に鈴蘭台小学校はあった。

赤ちゃん先生プロジェクトに初期から参加して恵さんを支えてきた山田博美さんが迎えてくれた。この日から数回に分けてスタートするプログラムの初日だという。プロジェクトに参加しているお母さんのお子さんがこの小学校の生徒で、自分の母親の活動を同級生に見て欲しい、自分の家の赤ちゃんをみんなに見せたいとお子さんの方から頼んできたそうだ。

聞いて驚いたのだが、神戸市近辺ではもともと「赤ちゃん講座」として学校に赤ちゃんを招く活動が前々からあったそうだ。赤ちゃん先生プロジェクトはそんな風土がベースにあったからこの地に生まれたのだろう。
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会場となる教室に行くと、その日のプログラムがボードに書かれていた。9時45分に赤ちゃん先生が入場し、実際に子どもたちと赤ちゃんが触れあうのは9時50分から15分程度。あとは感想を言ってもらって、10時10分には赤ちゃん先生退場とある。そんな15分とか20分程度で短くないのかな?

会場に子どもたちが集まり、5つのグループに分かれて準備が整った。彼らは小学二年生だという。低学年とは言え、果たして現代の子どもたちが赤ちゃんを素直に受け止めるのだろうか。なんかめんどくせー、とか思っちゃってないかな?生徒たちを指導しているのは若い男女の先生と、年配の穏やかな男性の先生。指導していると言うより、先生たちが赤ちゃんと生徒たちの出会いを楽しみにしているのがありありとわかった。生徒たちはそんな先生たちの期待を、わかるはずもないが。

やがて五人のママ講師が、五人の赤ちゃん先生を抱っこして生徒たちの前に現れた。それぞれを紹介する山田さん。生徒たちは、おとなしく聞いている。うーん、興味あるの?ないの?
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5つのグループにそれぞれ、ママ講師と赤ちゃん先生がやって来た。ぞわぞわぞわ。生徒たちがざわめきだした。

おっかなびっくりで赤ちゃんにふれてみる子どもたち。だんだんわーっと声を上げはじめる。ほっぺに触れてやわらかい!手を握って、ちっちゃい!足の長さを比べて、ぜんぜんちがう!いちいち驚いている。わーっきゃーっと喜んでいる。かわいいね、おもしろいね。どんどん盛り上がっていく。いつの間にか、一種の躁状態。子どもたちがハイになっている。

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中には泣き出す赤ちゃんも出てくる。あっちでうえーん!こっちであーーん!子どもたちはたじろぐ。赤ちゃんの泣き声、そのパワーに気圧される。でもなんとか泣きやませよう、あやそうとしはじめる。お茶を渡したら泣きやんだ。そうか、のどが渇いていたのかな?

泣きやまない赤ちゃんもいる。何をしても、泣きつづける。どうやっても、泣きやまない。ぼう然としてしまう子どもたち。泣きやまない時は、泣きやまないんだなあ・・・

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子どもたちがものすごい勢いで赤ちゃんを体感している。赤ちゃんの強烈なパワーを身体で感じている。そして、はしゃいでいる。面白がっている。その可愛らしさを発見している。

一方で戸惑ってもいる。何をしたらいいのか、わからなかったりもする。泣き出すとなんとかしてあげたくなる。意外にかんたんなことでなんとかなったりもする。でもなんとかならない時はどうしようもない。ぼう然とするしかない。

そうやって、赤ちゃんと接するということが彼らにとって一大イベントになったのが見ているとよくわかった。類いまれな体験をしている。赤ちゃんとはどういう存在なのかを身体いっぱいで受け止めているのだ。ここではまさしく、赤ちゃんそのものが先生だ。赤ちゃん先生プロジェクトのネーミングがやっと理解できた気がした。

子どもたちが赤ちゃんを取り囲んで楽しげな様子を見ながら、ちょっとしたデジャヴ感に襲われていた。うーん、これは前にも見た光景だぞ。

思い当たったのは、自分が子どもの頃の光景だった。

ぼくの両親は昭和一桁世代で兄弟が多い。子どもの頃は、正月だ盆だお祝いだと何かと母方の親戚で集まったものだ。母は三人姉妹の長女だった。ぼくと年の近い従兄弟がいたが、叔母たちが新たに赤ちゃんを生んだりもした。その時は同世代の従兄弟が生まれたての赤ちゃんを囲んで、手を握ったりミルクをあげたり抱っこしたり。あらゆることを赤ちゃんにやってみた。赤ちゃんってこんな柔らかいんだ。意外に重たいんだ。よく泣くんだ。記憶の中のぼくたちの興奮は、目の前の平成の小学生たちとほとんど変わらない。

赤ちゃん先生プロジェクトは、昔当たり前にあったのに失われた光景を再現してくれているのだ。地縁血縁が薄くなってしまったこのニュータウンに、21世紀のやり方で地縁血縁を別の形で再生している。赤ちゃん先生プロジェクトは母親たちが孤立しないようにと生まれた活動だが、同時に社会にとっても必要な仕組みなのだ。

嫌みなことを書いてしまうが、数日前にあるライターが書いたベビーカーについての記事が炎上していた。彼はベビーカーなんか必要ないし邪魔なのにわざわざ電車に乗り込んでくるなんてと心の中で思いつつベビーカーの母親に手を貸すと書いて大ひんしゅくを買っていた。ぼくも酷い内容だと思ったが、子どものいない彼には、30代後半になったいままでの人生で、赤ちゃんと接した経験がないのだろう。彼に欠けていたのは、赤ちゃん先生プロジェクトのような体験だった。

時間が来て、赤ちゃん先生たちは子どもたちから離れた。お別れの時間だ。山田さんが子どもたちに感想がある人、と聞くと、坊主頭の男の子が勢いよくハイっと手を上げる。「えっと・・・」手を上げたわりに言葉につまる男の子。「・・・えっと・・・たくやくんは、ずっと泣いてたけど・・・なんか笑顔を見せたなーと思いました!」・・・何を言っているのかわからない。思わず笑ってしまった。だが彼は、きっとどうしても何か言いたかったのだ。赤ちゃんと接してなんだか心が強く動かされて、とにかく何か言いたかったので手を上げてそれから何を言うか考えて出た言葉だったのだろう。その興奮だけは強く伝わってきた。

「他に感想ある人!」「えっと・・・お茶を渡したら・・・泣きやんで面白かった」「小さくて可愛かったから抱っこしたら重たかったけど・・・面白かった」他の子たちも、言いたいことはもやもやしているが、とにかく興奮と感動を伝えようとしていた。そうかそうか、とにかく楽しかったんだな。

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お母さんたちに抱っこされた赤ちゃんにひとりひとりの子どもたちが握手をして別れを告げた。これで20分間。たったそれだけの時間だが、十分だったろう。子どもたちの記憶には赤ちゃんと接した強烈な印象が焼き付けられた。触った感触や大きな泣き声が、身体にも記憶された。子どもたちは今日、赤ちゃんのことが少しだけわかった。残りのプログラムを通して、さらに彼らは何を学ぶか楽しみだ。

赤ちゃんが去ってから、女性の先生が子どもたちに聞く。「みんなどんな気持ちになった?」ハイっとすぐさま手を上げたわんぱくそうな男の子が大きな声で「やさしい気持ちになった!」(もちろん関西イントネーション)・・・そうかそうか、やさしい気持ちになったのか。そんなストレートなことを照れもせずに言われちゃうと、おじさんうるっとしちゃうじゃないか・・・。

そうでなくとも、ぼくは赤ちゃんと子どもたちが触れあっている様子を見ながらずっと目頭が熱くなっていた。いまの子どもたちはもっと冷めてるんじゃないかと勝手に想像していたのだが、こんなにピュアに歓喜するとは。何も促さなくても、子どもたちにとって赤ちゃんは最高に楽しい存在なんだな!可愛くって面白くって、そしてわからない!

赤ちゃんがこんなに愛らしく、でも理解を超えた存在であることを、教えてくれるのは他ならぬ赤ちゃんだ。そこに赤ちゃん先生プロジェクトの力強いコンセプトがあることを、まさに体感することができた。見に行ってほんとうによかったと思う。

終わったあと、先生たちにあらためて紹介していただき、年配の先生にご挨拶したら校長先生だった。若い先生と一緒にジャージで楽しそうにしてらしたので、校長先生とは思わなかった。そこは失礼してしまったが、この催しを楽しむ校長先生は素敵だと思った。きっとこの学校は温かい空気に包まれているんだろうな。

終わってから、ママ講師のお母さんたちと話をした。少し驚いたのだが、お母さんたちがママ講師としての、あるいは赤ちゃん先生の立ち位置とミッションをはっきり自覚しているのがよくわかった。意外なほど冷静に子どもたちを見ていて、自分の赤ちゃんが子どもたちにもたらした影響や心の変化をしっかり把握していた。ママ講師になるためにレクチャーを受けているので当然ではあるが、社会と自分たちとの関係をきちんと自覚している。これも赤ちゃん先生プロジェクトの大きな効用であることが、よくわかった。

赤ちゃん先生プロジェクトは、いまの社会に欠けてしまった事柄を、いろんな角度で補っている。逆に言うと、やはりぼくたちのいまの社会にはシステムとしていろんな角度で欠落があり、それらが少子化にもつながっているのだと言えるだろう。赤ちゃん先生プロジェクトから学ぶべきことは多い。

このプログラムは、会社の業績に追われている人から見ると、悠長に思えるかもしれない。赤ちゃんと子どもが接したからって?こっちは明日の売上に追われてるんだよ!そこにこそ、欠落がある。だから少子化に陥り、明日の稼ぎが得られても二十年後の日本経済は明るさがまったく見えない。

神戸の郊外の小学校で、子どもたちと赤ちゃんの間では明らかに何かが作られていた。会社で業績を追っていても絶対に作れない何かが。それは未来ということかもしれない。未来は作ることができるのだ。子どもたちと赤ちゃんが15分間一緒に過ごすだけで。

※赤ちゃん先生プロジェクトのWEBサイトはこちら → http://mamahata.net/

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「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」を本にしようという無謀な試み〜ソーシャル出版とでも呼んでみる〜

20141006_sakaiosamu_01本にできないかな、と考えはじめたのは2月下旬頃だったと思う。

1月23日に「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」と題したブログを書いて、ハフィントンポストに転載された。

※「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。」の自分のブログの記事

※同じ記事がハフィントンポストに転載されて17万いいね!がついたもの

驚くほどの「いいね!」の数と、たくさんの方々のメールやコメントに肩を押されて取材を進めるうちに、これは意外にも今もっとも大事なテーマのようだと気づいたのだ。

もちろん、ブログを書くだけでもこのテーマを掘り下げていく意義は大いにある。ひとつひとつの記事をたくさんの人に読んでもらえていることを強く感じている。

ただ、数年前に『テレビは生き残れるのか』と題したメディアの今後を考える書籍を出した時、手に取って読める本が持つ効果も実感していた。数千部しか売れなくても、ブログで書いてきた文章を本にまとめることは、自分の主張が実体化して世の中に放たれていく強さを持つ。姿が見えないまま漂っていた存在が、肉体を伴って目の前に出現するのだ。

それに主張を一冊の本に編集することは、自分の脳みそを整理して秩序立てる作業でもある。自分が言いたいことは、頭でモヤモヤ考えているだけでは整理されず、ひとまとまりの文章になることで論に順序立てができ、何を言いたかったのか自分でも明解になる。

よし、本にしよう、出版社を当たろうと決めて、二社、三社と相談にめぐった。・・・だが相談した誰もが「うーん・・・」と腕組みして考え込んでしまう。育児関係の本は難しいんですよね。

言われて書店でそういうコーナーを探すと、確かにまず奥まった場所にある。たどり着くまでにハードルがありそうだ。

そして、具体的なノウハウ本が多い。楽しそうな子育てエッセイとかがたくさん置いてある。そんな中に、子育てについての社会論みたいな内容の本が参戦して売れるのか。そもそも置いてもらえるのか。・・・難しそうだとみなさんおっしゃる。

でも、17万いいね!だぜ。そりゃあ、ネットと書店は違う。スマホで流れてきた記事にひょいっといいね!するのと、書店でお財布から千円札出して本を買う行為との間には、大きな大きな隔たりがある。いいね!とお財布は全然重みが違っている。

それはそうなのだけど、でも17万いいね!には何かがあるんじゃないのか。何か大事な、時代のツボみたいなものを押しちゃったんじゃないか。売れるかどうかの前に、そこを一緒に探ってくれたっていいじゃないか。面白がってくれないものか。そりゃ私はね、コピーライターで、メディアの行く末について本来は書いてきた人間で、自分の子育てはとっくに山場を過ぎたおっさんですとも。それでも誰か、このテーマを一緒に歩いてくれる編集者を探そうと、ついにブログに書いた。3月24日のこの記事の最後に・・・

※【赤ちゃんにやさしい国へ】これは大きな家族であり、ひとつのムラかもしれない〜自主保育・野毛風の子(その2)〜

このシリーズ記事を本にしたいので,興味のある編集者さんはメールください。そんなことを書いてみた。

すぐにメールが来た。ほらほら、言ってみるもんだよな。

「三輪舎の中岡という者です。」

三輪舎って聞いたことないなあ・・・

「この1月から出版社を経営しております」

ん?・・・1月から?・・・起ち上げたばっかりかよ!・・・

会ってみると、中岡祐介は去年(2013年)までTSUTAYAの本部にて店舗のマネジメントをやっていた。だから書籍を売る仕組み、販売現場はよくわかっているようだ。30才そこそこの若者で、出版を通じて社会を変えていきたいと、いまの日本の様々な問題点と相互関係をチャートにしたものを見せて力説する。ちょうど父親になったばかりでもあり、子育てはみんなで解決すべきテーマだ、だからあなたの本を出したいのだと青年の主張を展開。
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基本的に熱い青年が好きなのでグッと来つつも自分のが最初の出版というのは大いに不安だなあ。でもかわいい奥さんと愛らしいお子さんにもお会いしてしまい、別の本が出てから返事をしようと思いつつ取材に連れ回しているうちに、テーマを共有してくれるパートナーがいるっていい!という気持ちになってしまって、なし崩し的に三輪舎で出すことに決めてしまった。

装丁はもちろん、ブログのためにビジュアルを企画するこの手法に一緒に取組んできたBeeStaffCompany上田豪に相談し、部下のアートディレクター関口美樹と二人で取組んでくれることになった。すでに中岡祐介との打ち合わせも二度三度と進めているのでもう後戻りできない。
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ちなみに上田豪も一児の父であり、関口美樹はなんと昨年末に赤ちゃんを生んだばかりのワーキングマザー。このテーマに自分ごととして向き合ってくれる。

そんなこんなで、「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」が書籍となって世に出ます。
発売予定は2014年12月(日にちは未定)!

考えてみると、そもそもこの「クリエイティブビジネス論」というメディアの未来を語ってきたブログが去年(2013年)6月からハフィントンポストに転載されるようになり、ハフポの読者が増えるとともにぼくの記事も多くの人に「いいね!」してもらえるようになった。だったらテーマを広げてみようビジュアルをつけてみようとメディア論を越えて世の中のいろんな問題を取り上げた中にたまたま、ほんとうにたまたま「赤ちゃんにきびしい国」の記事を書いた。それがまた信じられない数の「いいね!」をもらい、若いお母さんたちの熱いメールもたくさん届いた。そんな声に押されるうちに取材を進め、本にしたい人はいないかと呼びかけたらメールをもらった。

すべて、「いいね!」に後押しされて動いてきた。ソーシャルの力がぼくに新しいテーマを与えてくれて、ソーシャルの力が文章を書く原動力となり出版という実を結ぼうとしている。こういうのを、ソーシャル出版とでも呼べばいいのだろうか。もしあなたがぼくの記事を何度か読んでくれていたのなら、ぼくが本を出すのはあなたのおかげだ。

先日の打合せでもそんな話になり、だったらみんなに参加してもらえる本にできるといいね!と盛り上がった。

そこで!

書籍「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」では赤ちゃんを持つみなさんの写真とメッセージを募集します。
あなたの赤ちゃんのいちばんかわいい写真と、「あなたにとって赤ちゃんにやさしい国ってどんな国?」かを簡単な文章にして送ってください。受付は下記リンクの「赤ちゃんにやさしい国へ」のFacebookページにメッセージを送る形でお願いします。

写真はこちらで選んだものを本に載せます。メッセージは随時Facebookページやブログで紹介していきます。
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ということで、ソーシャル出版という試みをやってみます。ジャンル外の書き手の文章を、本を初めて出す出版社が世に送りだす無謀さ。どうなることやら。本にするプロセスも少しずつここで書いていくから、ぜひ応援してください!

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テレビはネットに居場所をつくれるか〜見逃し無料配信とTwitterTVエコー〜

ちょっと遅ればせながらの話になってしまうが、9月18日にこんなニュースが出た。

民放5局、ネットでの「見逃し視聴」実施へ 視聴は無料

おおーっ!ついにか。早かったなあ、と思ったものだ。

これについて、こないだの日曜日(9月28日)の朝のフジテレビ「ワイドナショー」で、取り上げられた。松本人志や東野幸治が、ネット配信についての不安を口にする。視聴率にマイナスにならないか、DVDの売行きに影響が出ないか、というもので、日々活躍するタレントとしての素直な気持ちが表れていた。

ただ、ニュースでセンセーショナルに取り上げられたのに対し、民放連のサイトで井上会長の発言をちゃんと読むと、そんなににわかに心配する必要もない気がしてくる。

気になる人は下記リンクで読んでもらうといいだろう。

日本民間放送連盟ホームページ>会長会見にある9月18日の井上会長会見要旨

ポイントとなる箇所を引用すると・・・

民放連の業務としての位置づけではないが、昨年末から在京キー5局で放送のメディア価値向上のためにどうすればよいかを協議していただいてきた。その中から、インターネットを使ったテレビ番組配信の一つとして、見逃し視聴サービスについての検討を5局で行うことで意見がまとまった、と説明した。これまでも各社が個別に取り組んではいるが、まとまって実施することまでは考えていなかった。民放内でも利害がからむ面もあり、難しいことは承知しているが、メリット・デメリットを含めて検討していただき、少しでも前へ進めるよう、理事の方々に理解を求めたところだ

ちゃんと読むと、1)検討を5局で行うことで意見がまとまった2)理事に理解を求めた ということを言っているとわかる。つまり、決まったのは、無料配信をすること、ではなく、無料配信を検討すること、なのだ。しかも、民放連の会長の口から出た話だが、民放連が取組むわけではない。

さらにその後の発言をきちんと解釈すると、来年度中に実験レベルのことができればと思っている、対象番組やジャンルは今後の検討、とあり、最初に読んだニュースの印象に比べるとずいぶん曖昧でゆったりした話だ。

だから松本人志や東野幸治の心配はまだまだ早いのかもしれない。

ということも踏まえた上で、言いたいのは、民放連の会長が曖昧でゆったりした言い方にしても「見逃し無料配信に取組む」意思を示したことは大きい、ということだ。全局まとまったサービスになるかは置いといて、テレビ局はネット配信を推進した方がいいのだと思う。

さてテレビ局はなぜ無料配信をしたいのだろう。そしてそこでタレントたちの不安は解消できるのだろうか。結論から言うと、タレントさんは心配する必要ない、とぼくは考えている。

わかりやすい話として去年大ヒットしたドラマ「半沢直樹」を例にしよう。ご存知の通り最終回で42%、歴代2位の視聴率を記録したのだが、もうひとつの特徴として、視聴率が上がる一方だったという点も注目したい。1話を見た人が面白さを伝えていったからだが、その際に役立ったのが無料配信だ。

ここで言う無料配信とは海賊版のことで、いま取締りが話題になっているFC2動画やDailyMotionのような、YouTubeよりさらにマニアックな動画サービスが舞台になった。ちょうどスマートフォンがどんどん普及した去年に、それまでネット動画を主に見ていた若い男性以外の、普通のおじさんおばさんでも気軽にネット動画に接するようになった。ネット動画から縁遠そうな人たちの「半沢直樹を途中から見て面白かったので、第1話第2話もネットで見た」という声は多く聞かれた。

もちろん正規のサービスで有料で見た人もかなり多かったので、TBSオンデマンドの一大ヒット作にもなっただろうが、検索すると違法な無料動画が先に出てきてしまうので、よくわからずそっちで見た人は相当数いたはずだ。その人たちは、無料だからこそついつい見入ってしまい、これが話題の半沢直樹か確かに面白いと、その次の回からはリアルタイムでテレビで見るようになった。だから、視聴率は上がる一方だったのだ。

無料配信は、うまく働けば視聴率を上げていく効果があるのだ。

さらに、無料配信ということはまったく収入がないというわけではなく、広告収入が得られるということだ。テレビ放送と同じモデルをネットでも展開するということ。

1月から日本テレビがはじめた「いつでもどこでもキャンペーン」サイトでは、ドラマとバラエティ番組の一部をCM付きで無料で配信している。CMセールスは好調で、出演者にもある程度の還元ができたと小耳にはさんだ。それに視聴できるのはあくまで放送後一週間までなので、ビデオで録画してなくても大丈夫、という使い方になる。「ワイドナショー」で心配していたようなDVDセールスの妨げにはならないどころか、よいプロモーションになるはずだ。

つまり、番組を放送後に無料配信することはメリットはあってもデメリットはないのだ。海賊サイトで勝手に視聴されるくらいなら、安定した環境で高画質の映像を正規に見せた方が視聴者も「これ違法なのかな?」などと心配せずに安心して見てもらえる。

では無料配信にCMはつくのか?との懸念も出てくるだろう。

だが一方で今、ネットでの動画広告市場が勃興している。ネットでCMを出したいスポンサーはけっこういるのだ。テレビだとアプローチしにくい若者層にはネット広告の方がリーチできる。だが動画投稿サイトに広告を出すと、どんな動画にCMがつけられるかわからない。変な動画にCMがつくのは、スポンサーとしては困るのだ。

だからブランドに気をつかう大手企業ほど、テレビ番組のネット配信に期待しているらしい。いきなりテレビ広告市場ほどの規模になるわけではないが、これから数年間で成長するのは間違いなさそうなので、早めに取組むに越したことはないのだ。

一方、ビデオリサーチ社がTwitterTVエコーという名称の新しい指標を発表した。前々からやると宣言していたのを、正式にサービスとして提供開始したのだ。

ビデオリサーチ社:TwitterTVエコーのページ

このデータのポイントはTwitter社の協力のもと、投稿ユーザー数とともにインプレッションユーザー数を発表することだ。

投稿ユーザー数は言葉通り、ある番組についてつぶやいた人数だ。そしてインプレッションユーザー数とは、投稿されたTweetの波及効果を数にしたもの。具体的には、投稿を閲覧した可能性があるユーザーの数だ。ただしそれは投稿ユーザーのフォロワー数とイコールではない。投稿者のフォロワーの中でTwitterアプリを開いていた人数をカウントしたのがインプレッションユーザー数。もちろん、Twitterの公式アプリだけでなく、サードパーティ製のアプリも含んだ数だ。(この部分、筆者の事実誤認で、Twitterの公式アプリとPCのTwitterサイトだけの数字で、サードパーティ製のアプリは含まない、というのが正しいそうです。慎んでお詫びし、訂正します)

これにより、かなりの精度で番組について投稿した人の数と、それが波及した数を出せることになる。それはつまり、その番組のネットでの影響力の高さ、ネットでの番組の存在感を示すことになる。

上のリンクページでは、過去3日間のインプレッションユーザー数上位5番組を日々発表している。今後の番組評価のひとつの参考にできるだろう。

このTwitterTVエコーは、今後どう使われるのか何も決まっていない。ビデオリサーチ社の姿勢も、数値を出していくのでみなさんで使ってください、ということで、これによって何がわかるかを規定しているわけではない。

これから関係者で試行錯誤しながら使ったり使わなかったりするのだろう。ただ、「Twitterでこんなに盛り上がりました!」というのは番組の作り手にとって素直にうれしいだろう。そしてひょっとしたら、「視聴率はそこそこながらtwitterではこんなに盛り上がってます!」という風に関係者同士やスポンサーへの報告の材料になるかもしれない。

今週月曜日に終了した「テラスハウス」は実際、視聴率の前にtwitterで盛り上がった好例だ。それを受けた形で視聴率もじわじわ上がり、出演者の中からタレントとして巣立っていった者も出てきた。

見逃し無料配信とTwitterTVエコーの話題から見えてくるのは、テレビがはっきりとネットを舞台にすべきだと判断しはじめたことだ。ネットは敵だ、YouTubeなんか使うな!とほんの3年ほど前まで言っていたテレビ局上層部も、ネットを活用すべきだといまは考えている証しだ。

TVonNET

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コピーライター/メディアコンサルタント
境 治
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