Netflixは2月に、日本でのサービスを秋からスタートすると発表した。それ以来、いろいろと話題や憶測を振りまいてきたが業界内に限られていた。それが8月24日、今週月曜日にはソフトバンクが販売を行うと発表し、ようやく普通の人びとの話題に上ってきたようだ。
私も自分のブログで、あるいは他のメディアで、Netflixについて何度か書いてきた。
今年秋、上陸決定!Netflixは黒船なのか?VODの進路が日本のテレビの将来を左右するかもしれない(AdverTimes 2月5日)
テレビがテレビじゃなくなるかもしれない状況にテレビはさしかかっている(それにつけてもNetflixは黒船である)(クリエイティブビジネス論 2月23日)
NetflixはVOD事業者として以上にユニークな企業らしい。だからVOD事業者として期待したい。(クリエイティブビジネス論 5月19日)
Netflixとフジテレビの共同制作の先には、テレビの”もうひとつのベクトル”が見えてくる(クリエイティブビジネス論 6月18日)
Netflixについて広告業界が知っておくべき2、3の事柄(AdverTimes 7月1日)
Netflix日本代表、グレッグ・ピーターズ氏インタビュー再録!(Media Border 7月1日)
仮説は持っても、戦略は規定しない。NETFLIX流マーケティングと日本市場の戦略(前編)(AdverTimes 8月18日)
仮説は持っても、戦略は規定しない。NETFLIX流マーケティングと日本市場の戦略(後編)(AdverTimes 8月19日)
並べてみると、ずいぶんたくさん書いたものだ。ちょっとした「Netflix研究者」みたいになってきて、雑誌から取材を受けたりもしている。
いまのリストの最初に挙げた記事で「Netflixは黒船か?」と書いたら、放送業界の人たちの中には勘違いする人もいて、「Netflixがテレビを崩壊させるなどと書くとは!わかってない!」とつっこんでいる人もいたようだ。だがこの記事では「テレビを崩壊させる」などとひと言も書いてないし、日米のメディア事情は大きく違うので簡単ではないだろうと書いていた。
それに歴史上の黒船は、幕府を動揺させたけど直接滅ぼしたわけではない。黒船は、「カイコクシテクダサーイ」と幕府に言っただけで、幕府を倒したのは、結集した国内の勢力だ。
そして、ここへ来て私の元に入ってきた情報をつなぎ合わせると、あらためてNetflixが黒船の役割を果たそうとしているのだと思えてきた。つまり、やはり国内は揺さぶられているのだ。Netflixの9月2日のサービス開始を皮切りに、揺さぶられた国内プレイヤー、幕末にたとえると各藩が、あっちこっちでくっついたり離れたり、連合したりはたまた裏切ったりをはじめそうなのだ。さらには、思いもよらないプレイヤーが突如登場したり、別の海外勢力も乱入したりしていきそうだ。今朝の発表がまさにそうで、Amazonが定額の動画配信事業を日本でもはじめることと、CCCつまりTSUTAYAも郵送とセットでの定額配信をスタートさせると報じられた。まだまだ、それだけではなく、これから続々とSVOD業界に手を上げる事業者が出てくる。
そう、結果として、やはりNetflixは黒船だった。それまでじくじくと水面下であったまっていた革新の気運が、彼らの登場によって一気に沸点を超えるのだ。
そしてほんとうの核となるのは、レンタルDVD事業者だ。なぜならば、彼らは”映像が好きで映画やドラマを定期的にレンタルして視聴する人びと”を顧客として持っている。その人びとは、まだVODがピンと来ていない。お店でパッケージに触れながら選ぶのがいちばんだと思っている。彼らがひとたびVODの便利さ、楽しさに気づくと、そこに新しい市場が形成される。安売り合戦で疲弊し、もう先がなかったレンタル市場が、オセロを裏返すように、大きな伸びしろを持つ輝く市場に変化していくかもしれない。
Netflixも、もともとは97年に創業した郵送によるレンタルDVD事業者だった。それを、07年から配信事業に転換し、顧客を移行させながら新たな顧客を獲得していった。同じ事は、日本のレンタル市場でも可能だろう。成功のレールは、レンタル事業者が持っているのだ。
そうやって、VODという存在がホットになると、ようやく市場といえる状況になる。ああ、そうなの?映像配信って私にも関係あるの?じゃあ試してみようかしら。そんな気分があたりに立ちこめはじめる。もちろん何年かかけての話だが、確実に広がっていくだろう。
Netflixが配信市場に火をつける。そんな話を聞くと即座に、「いやいや日本は無料の放送が強いわけで、映像をお金を払って見る文化は育たないんだよ」と言う人がいる。だがよく考えてほしいのだが、先ほど述べたレンタル事業者はこの十数年大きな市場を育ててきたのだ。いまでも週末にレンタル店に行くと、レジに行列ができている。彼らはまちがいなく映像にお金を払う人たちだ。ただ、ネット経由で同じ作品が見られることに気づいてなかったり、どうやればそれができるのか知らなかったり、自分の生活感覚にピンと来ていなかっただけだ。
あるいは「いやいや日本人は日本のコンテンツが好きなので、アメリカの映画やドラマ中心のVOD事業者は浸透しないんだよ」と言う人もいるだろう。だがNetflixも意外に日本の映画やドラマを揃えている。それに、20年前の映画市場はハリウッド映画が中心で、日本映画は暗いだのダサいだの言われていた。それが2000年以降、すっかり変わってしまったのだ。いまの傾向がずーっと続くかどうかはわからない。
むしろ、大きなパラダイムシフトがいま起こりつつある、という観点に立つべきだ。これから起こることは、これまでの延長線上ではなく、新しい起点からはじまる新しい線なのだ。いままでこうだったじゃないか、という言い方はあんまり意味がないだろう。
SVOD業界の沸点越えが、いまこの2015年という時期に起こっているのは、絶妙のタイミングだと思う。地上波放送が今年に入ってはっきり、新たな困難を迎えているからだ。具体的には、視聴率が全般に傾いており、テレビ広告収入も下がりはじめている。これまでは、じわじわと視聴率が減少しても、広告収入はむしろじわじわ伸びていた。それがいま、両方はっきり下がっている。
だからここで、テレビ局がSVOD業界に対して何をどうするか、戦略性が問われるようになる。去年、日本テレビは見逃し無料配信をはじめた上に、huluを買収した。いまから見ると、先見性が大いにあったと言えるだろう。だが、次のステップもいまや問われる。
私は、結局テレビ受像機だと思う。SVODもどんなにホットになっても、テレビ受像機で視聴できないとほんとうに普及しないだろう。先行するhuluとdTV、そしてNetflixはちゃんとそこを見据えてサービスを整えている。
これをにらんで、テレビ局はテレビ受像機をどうとらえるのか。あくまで放送向けの端末として、放送の比重が減らないようにするのもひとつの戦略だが、配信もテレビ受像機での視聴にテレビ局がどれだけ主体性を発揮できるかが重要だと思う。そのためには、テレビ局の人びとにすり込まれた「放送ってすばらしい!」という感覚を「すばらしいのは映像であって放送でも配信でもいい」というとらえ方に置き換えねばならないだろう。これが実は、並大抵ではないようなのだが。
とにかく、この秋からはじまる。SVOD業界の大混戦がはじまるのだが、それは一面に過ぎず、映像メディアの大きな大きなターニングポイントが、はじまろうとしているのだ。
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