前回に続いて、内田樹氏の『街場のメディア論』について書き進めるよ。
この本は前に書いた通り、大学の講義を再編集したもの。全8講からなるうちの、第1講がキャリア論で、第2講からいよいよ、本題のメディア論が語られる。第5講あたりまでが、もっとも核となる部分。「どうしてマスメディアは凋落しているのか」についてこってり語られる。
ぼくは内田氏の本を初めて読んだのだけど、なかなか新しい読書体験だった。言っちゃ悪いけど、内容が散漫だ。話があっちに跳んでこっちに跳んで進んでいく。メディア論のはずが、どうもちがう話になってるな、という部分が続いたり、でもちゃんとメディアの話に戻ったり。散漫な話を読んでいるようで、でもいつの間にか一本の主張が頭に残っていく。学者なのに不思議な文章だなあと思った。そこが魅力的なんだろう。
さて内田氏は「マスメディアがなぜ凋落しているのか」について、よく言われるようなことは一切書かない。つまり、インターネットの登場によってうんぬん、ビジネスモデルがどうのこうの、という話ではない。そうではなくて、彼は「言論の場としてマスメディアがダメになってきたからだ」というようなことを言っている。つまりここでいうメディア論とは主に、ジャーナリズム論だとも言える。必ずしも報道番組だけの話をしているわけではないけど、ドラマやバラエティは直接的にはあまり関係ない内容だ。
なぜ凋落しているのかに対する内田氏の答えは、ひとことで言いにくい。なにしろ散漫だから。話があちこち飛びながら、でも全体としてひとつのことは言っている。でもそのひとつのことを、ひとことでまとめづらい。
各講の見出しだけをつないでいくと、マスメディアはウソつきになってしまい、クレーマー化し、正義を暴走させたもんで、変えない方がいいものを変えてしまった、から、ってことになる。うーん、でもこれではなんだかわからないね。
ぼくなりに内田氏の言っていることをまとめてみると、こういうことだと思う。
マスメディアは、ひとりの人間として責任を負った言論を発せなくなってしまったから、凋落しているのだ。
例えば、こんなエピソードが出てくる。内田氏のところに、いわゆる「おじさん系」雑誌の編集者が来た。でも若い女性だった。「たいへんでしょう」と訊いたら「別に」と不思議そうに答えた。
この週刊誌では記事の書き方に「定型」があるので、それさえ覚えれば、若い女性もすぐに「おじさんみたいに」書けるようになるからだと教えてくれました。
笑えるけど、けっこう哀しい話ではないだろうか。
もう一箇所、引用してみよう。こういう箇所がある。
第一は、メディアというのは「世論」を語るものだという信憑。第二は、メディアはビジネスだという信憑。この二つの信憑がメディアの土台を掘り崩したとぼくは思っています。
メディアがビジネスだと思っちゃいけない、ってのも、なんてこと言ってんだよ、と思いつつ、まあでもそうかもな、そうだよな、という気持ちになってくる。
言ってみれば内田氏は、マスメディアでの言論が「業務」になってしまっているのを批判しているのかもしれない。
言論は、そしてもっと大きく捉えると表現は、”業務”になってはいけないのだ。言論や表現は、本質的には”業務”ではないのだ。相いれないのだ。
そんな風にこの本を解釈しているうちに、ぼくの中で長らく眠っていたある記憶とその時の強烈な印象が、突然思い起こされてきた。
25年前に、豊田商事会長刺殺事件、という出来事があった。それをぼくは思い出したのだ。ずーっと忘れていたのだけど。
20代の人は知らないだろう。1985年にまず豊田商事といういわゆる詐欺商法の会社が社会問題化した。お年寄りに金による利殖を勧誘し、実際には存在しない金を持ったつもりにさせるという悪質な手口だった。被害者が全国で大勢浮上し、老後の生活のためのなけなしの貯金をだまし取られて途方に暮れる老人が続出した。
その豊田商事の会長の逮捕が間近だというので、会長宅の前でマスメディアの記者とカメラマンがごった返していた。突然現れた二人の男が会長宅のドアをガンガン叩き出した。やがて窓格子をけ破って、刀らしきものを手に会長宅に押し入り、しばらくして血まみれで出てきた。殺してしまったのだ。
この殺人の様子を、テレビカメラはずーっと見つめていた。そしてゴールデンタイムのニュースでそれは全国のお茶の間に放送された。
ぼくはものすごくびっくりした。びっくりしたのは、殺人の様子がそのまんまテレビで流されたことに対してだけど、同時にびっくりしたのは、その場に大勢いたマスメディアの記者やカメラマンが誰も犯人を止めなかったことだ。ある局のカメラは、現場を離れる犯人とともにエレベーターに乗り、インタビューする様子を撮り続けた。ヒーローインタビューと錯覚するかのように、記者は犯人に”敬語で”質問した。1階に着いて犯人と一緒にエレベーターを降りた記者は、駆けつけた警察官に叫んだ。「お巡りさん、こいつが犯人や!」・・・いまのいままで、敬語でヒーローインタビューしてたじゃん・・・
ぼくはたいそうショックを受け、そしてその場にいた記者たちは犯人を止めるべきだったと思った。きっとそういう話になったり、あとで記者が反省したり、という報道も出てくるのだろうと思った。だがそういう話はほとんど聞かれなかった。
報道の中で、ある大ジャーナリストが事件の背景や感想を語り、キャスターが「ところで現場にいた記者は止めるべきだったのでしょうか」と質問した。大ジャーナリストは「いえジャーナリズムとしては、止めるべきではないのですよ。事件を報道するのがジャーナリズムの使命ですから」と答えた。これにはぼくは大仰天した。
目の前で犯罪が行なわれているのに、止めるべきではない、のか?
もし自分があの現場にいたら、止められたかどうかは自信はない。あれよあれよという展開に驚くばかりで止めなきゃとは思えなかったかもしれない。でも自分がもしあの現場にいて止めることができなかったら、あとで猛烈に反省するんじゃないだろうか。そっちの方が自然な感情ではないだろうか。ジャーナリズムがどうあるべきか、という前に、ひとりの人間として目の前の犯罪を(しかも殺人だ!)止めなくていいはずはないだろう。
だがその大ジャーナリストは本当に言ったのだ。止めなくてよいのだと。
現場にいた人たちは、実際には反省したのかもしれない。大ジャーナリスト氏は、後輩たちの気持ちをおもんばかって「止めなくていいのだ」とあえて言っただけかもしれない。だが少なくとも、そんな話はまったく聞こえてこなかった。結果的には「あれは止めなくてよかったの!」ということになってしまった。
これが25年前のこと。あの時あたりから、内田氏が指摘しているような側面がマスメディアに広がっていったのかもしれない。本来は個人の責任のもとに発せられるべき言論が、どこの誰が何を思って言っているのかわからなくなってしまった。だってジャーナリズムはただ伝えていればいいのだから。大ジャーナリスト氏が言ってのけたように。
25年経つ間に、本当は秘かに巻き起こったのかもしれない「自分たちは止めるべきだったのではないか」という議論も埋没していき、ついでにぼくが強烈に感じた「止めるべきだったんじゃないの?」という疑問も自分の中で風化してしまった。
マスメディアは「ただの現在に過ぎない」存在としてぼくたちの生活の中に溶け込んでいった。そのあとはじまったバブル経済にメディアもぼくたちも踊り、その後長らく続いた停滞ムードとともに、ただ存在し続けた。
それが”いま”だ。これに対し内田樹氏は問いかけているのだ。言論は”業務”になっちゃっていいのかと。表現は”業務”とは相いれないのではないかと。
そして『街場のメディア論』は、ぼくの分け方で言う、3つめのパートでクライマックスを迎えるんだな・・・
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おかしくなっているのは、TVです。TVは、個人の意見を捨てる、ところから脚本、シナリオを始める。と、ブス恋の脚本家が言っていました。その通りです。個人からすれば、TVは人非人的行動を行い、それを客観的報道と勘違いした砂の城の上にできあがっています。マスメディア一般、的な理解は、ネットという新しい観点が出て来た今の時代、少し、論点がずれている気がします。
Higekuma3、コメントどうもです。TVはとくに、ってのはそうかもしれませんね。極端に公共性を求められてしまうから、なのかも。
TVは、関わっている人間数、金の量が、半端ないです。それを前提で成り立っていた世界が崩れはじめているので、いろいろと変わってくるはずです。
こちらには初めて投稿します。もともと日本は無責任文化じゃないですか。欧米の記者が自分の名前を出すのに較べて、日本の記者は名前を出さない。匿名2ちゃんねる式掲示板も日本特有のものですが、日本古来の無責任文化がネット時代になってから加速したのではないでしょうか。