iPadの熱い夏、後半戦へ向けて

お盆も終わった。短かったけどささやかな夏休みをとって、でも子供たちは勉強で忙しいと言うので、遠出もせずに4日間ダラダラ過ごした。Twitterものぞかず、このブログもお休みしていた。更新を期待してこの数日チェックに来ていたみなさん、すんませんした。

中三の息子が鈴虫を飼いはじめて、りーんりーんと鳴いている。ああ、もうお盆も過ぎて、夏も終わりが近いんだなあ。

iPadの熱い夏も、いよいよ終盤戦へ突入だね。このブログを読んでいるみなさんも、たぶん自分で買って毎日使い方を発見したり、ひょっとしたら何か自分たちでアプリを開発しようとしたりしてるんじゃないかな。そう、この夏が、iPadに関するひとつの山場だね。前にも書いたけど、ぼくも仲間たちと取組んでいることあるよ。

「iPadとトリプルメディアマーケティング」と題した回でも書いたけど、iPadコンテンツについては、どんなものにするかという企画制作でも、どう売っていくかというマーケティングやプロモーションでも、手探りになってくる。公式と言えるものがないので、予測憶測を議論して仮説を立て、それを実行してノウハウを積み重ねていくしかない。その作業は雲をつかむようで難しいけど、未知なる荒野を開拓する面白さもある。

iPadコンテンツについて考える作業がどうしてこんなに難しく、また面白いのだろう。そもそもぼくはこのクリエイティブビジネス論と題したブログでなぜまたiPadに限ってこんなにフィーチャーして書き進めているのだろう。そしてあなたは、どうしてこのブログを熱心に読んでくれてるのかな?あれ?熱心に読んでるわけでもない?いやそこはひとつ話の流れ上、熱心に読んでることにしてくださいな。

話は変わるのだけど、この休み中に読みはじめた本について書くね。野口悠紀雄先生の書いた『経済危機のルール モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか』という本。

野口悠紀雄先生についてはまた別の機会に書くけど、この本は70年代、80年代と10年ごとに世界経済の足跡を振り返りながら現在の問題を見通すという内容。野口先生によれば、世界経済の仕組みは一度70年代にでき上がり、80年代のレーガン・サッチャーの改革以降、英米は別の歩みを始めたけど、日本(とドイツ)は取り残されちまったぜい、というようなことが書いてある。

この経済史観と、クリエイティブビジネス論のテーマとiPadは深くつながっているんだ。とぼくは受けとめている。

iPadコンテンツについてどうしてこれほど公式がなく、売り方がわからないけど考えるのは面白いのか。それとこの経済史観は関係している。たぶん。

つまり、iPadコンテンツについて考えることは、70年代に完成した経済の仕組みをもとにしたメディアコンテンツ産業の構造とはまったく関係がないのだ。まったく新しい構造をこれからつくりあげなければいけないのだ。だから難しくて面白いのだと思うわけ。

70年代に完成した経済の仕組み。それはこと日本では、製造業を中心にした右肩上がり経済の仕組みだった。そしてメディア産業とそれに付随するコンテンツ産業は、その製造業からこぼれ落ちる広告費(=メディア媒体費)で成立していたのだ。

いま、コンテンツ産業はメディア産業に”付随する”と書き、それを支える広告費は”製造業からこぼれ落ちる”と書いたことには目を留めておいてね。

えっと、とにかくメディア産業は製造業が捻出する広告費で成り立っていたし、コンテンツは”メディアのオマケ”だった。そしてそこには明らかな”公式”があったのだ。仕組みはそこに、できあがっていたのだ。

仕組みといっても構造は実に簡単、単純。広告費を原資としたお金の流れがあって、その枠の中でコンテンツをつくる。しかもそのコンテンツにかける費用(もしくは料金)は、それぞれのメディア別の広告費に準拠して決まっていった。いや単純に言い過ぎてるかもしれないけど、大まかにはそんな構造だった。

これは広告制作費だけではないよ。そのメディアを支えるコンテンツ、テレビの番組や新聞雑誌の記事にしたって大きく捉えれば同じことだ。例えばいま、雑誌などの記事を書くいわゆるライターさんのひとつの記事あたりのギャラが下がっているという。雑誌で活躍していたカメラマンが実家に帰ろうかなどと悩んでいる例を聞いたりした。そういう現象も、広告費の流れがキューッと絞られているからだ。

一流と言われているかどうか、有名かどうかで程度の差はあるだろうけど、みんな一様に大変だ。だってコンテンツをつくるために支払われていたお金の源泉は、結局はどれもみな”製造業が支払う広告費”にたどり着いていたのだから。それがこの国のコンテンツ産業の実情だったの。

そこにはコンテンツをどう売っていくかの公式も、すごくシンプルなものがあった。大きなメディアに付随したものは、売れる。売れるから、コストをかけてもよろしいですよ。

ものすごく事態を単純化して言っているわけだけど、大まかにはそうだったの。大まかにはまちがってないよ。

さて、では、iPadコンテンツはどうだろう。これ、まったくわからない。もちろん、大きなメディアに付随した方が売れるのかもしれないけど、何しろいまは大きなメディアがさほど大きなメディアでもなくなってきているから、そんなアテにしてはいられない。それに、海外でも売ってみようとなると、大きなメディアは届かない。関係ない。

そしてiPadコンテンツでもっとも重要なのは、大きなメディアに頼らなくても、つくったものを世に送り出せる。なんだったら世界中に送り出せる。そこが決定的にちがう。だから難しく、そして面白い。

2010年はiPadが世界に登場した、コンテンツ史上に刻まれるべき年になるだろう。そしてこの夏は、そのiPadコンテンツの最初の山場として、記憶に残る夏になるだろう。

りーんりーんと息子の鈴虫が鳴いている。夏も終わりだねえ、と風流に浸りたいところだけど、そういうわけにもいかない。あの鳴き声はひょっとしたらぼくたちをせかしているのかもしれない。とっとと動かないと、夏は終わっちまうよー、と。まだまだ続く残暑の中、休暇を終えたぼくはまた動きはじめないといけないかな。というわけで、このブログもまた頑張って書いていきますんで、よろしくねー。

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コメント

  1. 暑さでマヒしてる自分には、とてもオアシス的な内容でした。このワクワク感が続くと思うと、ずーっと夏休みのまま自由研究で掘り下げたいですね。(笑) 後半戦は気合い入れまーす。

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