LIFEにはArt Directionが必要なんだ〜iPadから見えるコンテンツの未来・その10〜

昨日書きそびれたポイントがあって、それは一昨日の記事との関係性だったの。

一昨日の記事でぼくは、iPad = LIFE STATIONだと書いた。これは、これまでのPCがWORK STATIONなら、iPadはLIFEなんじゃないかと、そういう論旨だった。

で、昨日は、iPadのコンテンツにはアートディレクションが必要だと書いた。美しくなきゃ、便利じゃないから、ということで。

これを、別の言い方で説明すると、iPadはLIFEのSTATIONだからアートディレクションが必須だね、とも言える。WORKにはね、あんまり要らないんじゃないかと。美しさ、みたいなことは。むしろ、能率とか、効率とか、操作性とか、そういうことが重要だから。

でも、リビングのソファで寝そべって使うiPadは、ゆったり過ごすLIFEの中で使うものだ。そこでは、気持ちいいねとか、ステキだわとか、オシャレだねとか、そういった心地よさがすごく大事だ。能率とか効率とか、そういうギスギスした感じはいいんだよ、やめてよと。それはWORKだから。WORKから自分の時間つまりLIFEに戻ってきたんだからさ。それより美しさだよと。

だからアートディレクションが必要だ、となるわけ。

iPadはPCと比べてどうでしょうとか、ネットブックより使いやすいんでしょうかとか、そういう捉え方はちがうんだよなあ、と思う。だってそれらはWORKのためにあるわけだから。iPadはLIFEなんですよ、と、言いたいわけ。

さてこういうことを書くと、全国のアートディレクターの皆さんがバンザーイと言いそうだ。うん、喜んでくれていいと思うよ。なんだか紙媒体が存在意義を失って、何でもかんでもWEBかよフン、といじけていたかもしれないアートディレクターの、新たな活躍の場が新登場したのはまちがいないと思う。

でもね、アートディレクターの皆さんはここで一回、たくさんのことを捨てないといけない。これまで積み上げてきた経験値とか、こういう時はこうじゃなきゃ、という勘とか、そういったものはバサッと捨て去らないといけない。

アートディレクターの皆さんは、十数年前にも一度捨てている。コンピュータでデザインを作成していくことになっていった時、写植とか、版下とか、一回捨てている。写植が上がってきたらそれで版下を組み、文字間にこだわって字詰めしていって、うーんどうしてもここ3文字必要。境ちゃん、ボディコピー3文字増やせない?という、あの職人芸の世界を捨てた。

そしていま、iPadの世界に入っていく時、また捨てないといけない。それは静止しているものを仕上げる感覚。最終的につくるもののゴールが、なんだか動的でふわふわしている。そんな世界に突入しないといけない。細部へのこだわり、のこだわるベクトルが、ずいぶんちがうなあ、心もとないなあ、そんなことに取組まないといけない。

たぶん、そこでは、アートディレクターはあまり最終アウトプットに関与できないのかもしれない。いままでと比べるとずいぶん大ざっぱなとこで仕事が終わっちゃうなあ、ってことになるんじゃないか。

静止しているビジュアルを完成させる。その醍醐味は失われてしまうんだ、きっと。

そうなっていく時、CMSが大きく関与してくる。ひょっとしたらアートディレクターの仕事は、CMSをもとにデザインフレームを決めたらほとんどおしまい、になるのかもしれない。

ということで、CMSが重要だよ、そりゃどういうことだよ!ってところで、次回につづくんだな。だって眠いしね・・・

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