政治との関係の中でミドルメディアを考える

この連休は原稿を書いていた。そしたら恒例の月曜ブログ更新を忘れていたよ。

原稿って何なの?ってことはそのうちまた説明するけどさ。

さて「第一回・リアル境塾」に向けてミドルメディアの予習をつづけようね。

今回の催しに佐々木俊尚さんをゲストにお招きしたのは、3月末の会食がきっかけだった。

気づいていた人も多かったみたいだけど、3月末に @hfuruta 氏も一緒に、佐々木さんとお寿司を食べたの。この時は面白かったな。ぼくが「今日はあの方と食事する!」てなことをTweetしたらすぐさま、「ひょっとして白金の寿司屋ですか?」とツッコミが入った。佐々木さんが、「これから白金の寿司屋に行く」てなことをつぶやいていたからだ。どうしてこのふたつをすぐさま結びつけられたのかなあ。勘の鋭い人にはすぐわかるもんなの?

そのお寿司の時に、リアルイベントをやるのでゲストをお願いしたことは、前に書いたよね。

さて、そのお寿司を食べながらね、意外に深い話をしたもんだ、ということがあった。

話が「キュレーションの時代」になった。ぼくが「読んだ時はけっこう難しいなと思って、さすがにこんな難しいとあまり売れないんじゃないかと正直思ったんですが、恵比寿の有隣堂ではベスト3に入ってました」と言ったの。実際、この本は発売後3か月近く経つけどまだまだ売れてるムード。あちこちの本屋の新書コーナーで平積みされてる。

佐々木さんはこれに対し「あ、うーん、今回は考えて難しく書いた、ってのはありますよ」とおっしゃった。続けて言うには、自分は何十万部も売れるタイプの書き手ではない。そんな自分にとっていまの状況は、少し難しくても読んでくれる人に向けるべきじゃないかと考えた、のだそうだ。つまり自分でマーケティングした結果の書き方、なんだそうだ。

さらにおっしゃったのはね(ここからがポイントね)「メディアって民主主義と関係すると思うんですよね。そもそも民衆が政治を語るようになったのはフランス革命の頃のサロン。そこに参加できるのは富を得た商人たちだった。だから少数ですよね。その後、近代国家めいたものが成立すると新聞が読まれるようになり、民衆みんなが政治を語るようになった。でもそうするとどうしても衆愚政治みたいなことになっちゃうんですよね。だからいま、それよりも高いレベルで政治を語るステージが必要なんじゃないかと。それがネットにできつつあると思うんです。そういう人たちに向けて書いてみたつもりなんです」

ずいぶん時間が経ってるからそうとうぼくの勝手な解釈も入ってると思うんだけど、大筋はこんなことをおっしゃったと思う。

そいでこれってね、ぼくがこのブログで1月あたりに書いていた、ソーシャルメディアと近代がどうしたこうした、って話とすごく関係するんだよ。

あるいはね、新聞テレビと来て、そこにいまソーシャルメディアが勃興していることも、メディアの流れというだけじゃなく、政治もしくは民主主義の流れ、ってことでもあるんだわ。

そうするとね、ミドルメディアというものも、マスメディア的な政治の語られ方の次の現象ととらえられるのかもしれない。マスメディアは、イコール国家だったのね。国家をひとつにまとめあげるのがマスメディアだった。だとしたら、そこから脱却しようよ、というのがミドルメディアなのかも。もう、国家全体で同じ言論じゃなくてもよくね?ってのがミドルメディア。

なんかけっこう大事なこと書きはじめてる気がするんだけど、原稿あるから、また次回ね。うわ、無責任だな(^^;

さてその「第一回・リアル境塾」は5月22日開催。要項とお申し込みは、このリンクから。まだお席はあるみたいだけど、そろそろ危うくなってきたみたい。この際だ、申し込んじゃえ!

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