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2013春ドラマ追跡分析(2):Twitterは視聴率の先を導く?

昨日の記事「2013春ドラマ追跡分析(1):Twitterから視聴率を予測できるか?」に続いて春ドラマの分析を進めていく。

前回の記事では前哨戦的に冬ドラマのツイッターを追った様子をグラフにしてみた。そこで今回はいよいよ、今進行中のドラマの様子を見てみよう。

はい、これです!

このグラフは、このクールのドラマの中でもTwitterで明らかに盛り上がっているものをピックアップして、Tweetの件数を4月1日から5月21日まで追ったもの。今回もNECさんの感°(かんど)レポートを使わせてもらっている。

とりあげたのは「ガリレオ」「家族ゲーム」「ラストシンデレラ」「35歳の高校生」「空飛ぶ広報室」。ひと目みればわかる通り、「ガリレオ」がとにかくすごい!ダントツだ。

このグラフで見てしまうと他のドラマ、「ラストシンデレラ」だの「35歳の女子高生」だのが大したことないように思えてしまう。だが実際は、「ガリレオ」があまりに飛び抜けているのだ。

なにしろ「ガリレオ」は視聴率が20%超えをほぼ保っている、ここ数年でも珍しい展開となっている。その盛り上りがそのままTweetに現れているということだろう。

ただ、初回の盛り上がりぶりに比べて第二話以降が極端に下がっている。これはどこかでみたことあるなあ。そうだ、前回見た「ビブリア古書堂の事件帖」と似ている、気がする。

どれくらい似ているか。グラフを重ねてみればいいじゃないか。てことで、これを見てください。

ほんとうに「ガリレオ」と「ビブリア」を重ねてみたもの。水準がちがうので、2軸グラフにして初回の見た目の高さを揃えてみた。左側の目盛がガリレオで、右側がビブリア。

重ねて見ると、似てるけど違う。ビブリアの方が、下がり方が激しい。比べるとガリレオはビブリオほどすとんと下がってはいない。

そうだよ、だからガリレオはビブリアのように視聴率も下がりはしないよ。・・・そうなのだろうか?

だが気になるのは、ガリレオは冬ドラマの「最高の離婚」「とんび」のように、後半に向けて盛り上がっている感じはいまのところない。さらに言うと、いちばん右側の山はちょっと下がっている。視聴率的にはその前で20%を切ったのが、再び20%超えた回なので視聴者が減ったわけではなさそうだ。なのにTweetが盛り下がった。・・・うーん、よくない兆候かもしれないぞ。

次に、「家族ゲーム」「ラストシンデレラ」「空飛ぶ広報室」をひとつのグラフにした。

「ガリレオ」を外すと、この3つのドラマもTweet数がかなり高いのがよくわかる。中でも「家族ゲーム」は非常に高い水準だ。

「ラストシンデレラ」「空飛ぶ広報室」も決して負けてはいない。その上、この3作品は4話目5話目あたりからまた盛り上がってきている。これは冬ドラマにおける「最高の離婚」「とんび」のパターンだ。視聴率的にも上向く可能性が十分高いと言えそうだ。

もうひとつ、見てもらいたいのがこれだ。

これは「35歳の高校生」のグラフ。米倉涼子がなぜか高校に入学する設定が話題のドラマなのだが、Tweetが4話目5話目でふにゃふにゃと盛り下がりつつある。これはかなりはっきり今後盛り下がる兆しではないだろうか。

さて、こういうTweet件数の推移を見るだけでも今後の視聴率は推測できそうではある。だがここでもうひとつの角度でも見てみよう。2月に書いた記事「テレビ番組の新しい評価軸がつくれるか?〜2013冬ドラマをツイート分析で評価してみる〜」で使ってみた”感情分析”をここでもやってみよう。

”感情分析”は、Tweetの中で“好意好感“にあたる言葉を含むもの、”高揚興奮“にあたるもの、“否定”を示すものを抜き出して全体の中で何%かを割り出すものだ。プラスアルファコンサルティングの“見える化エンジン”を使わせてもらった結果だ。

今回、ここで取りあげた春ドラマでも”感情分析”をしてみた。

”感情分析”は胸を張って出せるほどの洗練もないし乱暴な分析結果にすぎない。だからあくまで参考出品なのだが、なんとなーくそうかもね的な大ざっぱな妥当性はあるんじゃないか、とも思っている。

そこで各ドラマの数値を見ていくと、「ガリレオ」がほとんど変化がないとか、「ラストシンデレラ」はもっと最新回が高そうなものだがとかつべこべ言いたくもなる。だが明らかなのは「35歳の高校生」がTweetの件数だけでなく感情にも現れているようだぞ、という点。それから「空飛ぶ広報室」はぐいっと上がりそうな予感がここからも感じられる。

具体的にどんなつぶやきが多いのかを個別に見るとまた面白い。特徴的なのが「家族ゲーム」で「怖い」というつぶやきが多い。でも決してネガティブではなく「怖いけど面白い」と、ホラー映画でも観るように楽しんでいるのがわかる。もちろん制作陣の狙い通りだろう。

などなど、Tweetからいろんなことがわかるのが、わかったかしら?感°レポートではもっといろんなことがわかるし、感情分析ももう少し細やかにやってみたいので、次回(3)まで書き進めてみたい。というわけで、つづく・・・

2013春ドラマ追跡分析(1):Twitterから視聴率を予測できるか?

このブログでは過去にもドラマの分析を試みてきた。2月に書いた「テレビ番組の新しい評価軸がつくれるか?〜2013冬ドラマをツイート分析で評価してみる〜」という記事では、ドラマのツイートを好意好感、高揚興奮、否定の3つに分類しそれが含まれる割合から何かが言えないかを考えてみた。言ってみれば、視聴率とは別の、視聴“質“のようなものだ。

ただ、これまではあえてそれと視聴率との関係にはふれてこなかった。ふれようとしてもよくわからないし、視聴率とはちがう角度での指標が作りたかったからだ。でも一方で、視聴率とも何らかの相関性があるはずだとも思っていた。それにそこで何か言えたらみんな注目してくれるだろう、という欲もある。

そこでこれから数回、Twitterと視聴率の関係をやや強引に考察していきたい。

使わせてもらったのは、NECさんが展開しているソーシャルリスニングツール、「感°(かんど)レポート」だ。これ、かなりテレビの分析を意識している。もともとはBIGLOBEで磨いてきた分析技術だったのを、親会社であるNECの放送機器の部門とくっつけて、放送局向けのサービスとして売り出し中とのこと。ソーシャルテレビにぴったりかもしれない。

これを使うと、番組に関するTweetがどう動いてきたかが分かる。それだけでなくいろんな分析ができるのだが、まずは基本機能を使ってみた。

そして、この春のドラマの分析をする前に、冬ドラマの決算をしてみたい。かなり独断的な分析になるが。拾ってみたのは、「ビブリア古書堂の事件手帖」「最高の離婚」「とんび」の3タイトル。何を見たいかというと、後半伸びるドラマの傾向だ。ちなみに「ビブリア古書堂」は剛力綾芽主演の月9で、14.3%でスタートしたがその後伸びず、最終回は8%台で終わった。一方「最高の離婚」「とんび」はスタートはそれぞれ13.5%と17.0%と好スタートを切り、最後は12.7%と20.3%と後半伸びていった。

その明暗が、Tweet数に如実に出ている。

感°レポートで出てきた結果をさっそくグラフで見てみよう。

わかるだろうか。最初の方でどん!と大きく伸びている緑の線が「ビブリア古書堂」だ。これについては前に「ビブリア古書堂はDisられ続けるのか」と題した記事で書いた。原作好きな人たちがドラマを見て、原作との違いが気にくわず大ブーイングしているのだ。

それが第二回からすとんと落ちてしまっている。Disられ続けることさえなく、つぶやきの件数そのものが減ってしまっている。

ちなみに、視聴率はこれと比例してはいない。第二話以降も12%とか11%ぐらいは保ってはいるのだ。

それと比べると、青い線の「最高の離婚」えんじ色の線「とんび」は最初は「ビブリア古書堂」と比べるとTwitter件数は地味なスタートだ。それが後半にぐぐぐっと伸びているのが分かる。この動きも決して視聴率とそのまま連動はしていない。ただ、最終回に向けてじわじわ上がっているようだ。

つまり、ここでの結論として、最終回に向かって視聴率が伸びるだけの見られ方をしているか、逆に盛り下がっているかどうかだ。直接連動はしないけど、Twieerでの動きから“気配”は感じられるということだろう。

冬ドラマがこうだったのなら、春ドラマは現状どんな動きを示しているか。ビブリアタイプなのか、とんびタイプなのか、そこが見えたら視聴率が予測できるかもしれない。

そのあたりをこれから少しずつ解き明かしてみるよ。

オープンセミナー事前解説:元祖おたくはテレビの未来をどう夢見るか?

再三お伝えしていてクドいと言われそうだけど、6月5日にソーシャルテレビ推進会議の一周年オープンセミナーを開催する。

詳しい内容と申し込みは、ここをクリックして出てくるページを見てほしい。このブログを書いている時点(5月20日午前0時台)で150名の定員に111名の申し込みがある。今回は1000円の有料にしてみたので前回ほど集まらないかと心配したけど、もうじき埋まりそうな勢いだ。半分ぐらいは知ってる人だけど半分ぐらい知らない人もいる。懇親会も予定しているので、この機に皆さんで知りあって盛り上がってもらえれば、主催者としてこんなにうれしいことはない。

懇親会も楽しみだけど、もちろん今回も内容も充実している。第二部は深田さんモデレーションで、角川アスキー総研の遠藤諭所長と、韓国の家電メーカーLGの土屋和洋氏においでいただき、テレビ視聴のこれからについてお話しいただく。

その遠藤さんがアスキーの連載で「東京おとなクラブ」を振り返った記事を書いていた。ネットにも転載されているのでちょっと読んでみてください。ここをクリックすれば飛べるから。「おたく30周年、発祥の地をご案内しましょう」というタイトル。そう、遠藤さんこそが、元祖おたくなのだ。

遠藤さんが80年代前半に出した「東京おとなクラブ」は実際に出たのは数号らしいが、当時のカウンターカルチャーな若者たちにはほんとうに大きな影響を与えた。だって特集記事が「ウルトラQ」だったりするのだ。大学生だったぼくは下北沢に夜な夜な集まる社会との折り合いをつけかねている学生仲間たちと、自分たちも雑誌を出すべきだとか、「東京おとなクラブ」をめくりながら議論した。議論して実現しなかったのだが。

アスキーの記事にもあるけど、遠藤さんはおたくの元祖だ。サブカルチャー的なテーマを徹底的にディテールにこだわりながら意味もなく掘り下げていく。「東京おとなクラブ」にあふれていたそんな不純な知的好奇心こそがおたくの核心だ。

その元祖おたく・遠藤さんが2年ほど前からテレビ視聴について語りはじめた。なんと言っても去年の4月にネット上のコラムで書いた「戦後最大のイス取りゲームがはじまっている」はそのチャートとともにものすごく話題になった。ぼくはこのブログでも、人前で喋る時も、何度もこのチャートを使わせてもらった。

その遠藤さんが毎年行っているメディアサーベイの最新結果をもとに、また新たなテレビへの論を展開している。

そのサーベイから見えてくるのは、やっぱりテレビ視聴は変化しているんだなということだ。地デジの影響はこの2年間でじわじわと着実ににじみ出て沁み出しているのだ。

そしてさらに遠藤さんがこのところ言っているのが「テレビのUX」のことだ。つまり、今のテレビって使い勝手悪くない?ということ。そりゃそうだ。何しろこの20年間ぐらいリモコンの基本設計は変わっていない上に、どんどんボタンが増えている。わかりにきー!

テレビのUXということでは、LGは気になる。家電量販店でテレビが後退し、売場面積もすっかり小さくなったと言われる。そんな中で独自の展示がされているのがLGのテレビだ。はっきりとスマートテレビと打ち出されている。ディスプレイされている画面は、他社のテレビのように番組や映画の映像ではなく、スマートフォンのようなアイコンが並ぶ画面だ。テレビとしては新鮮なインターフェイス。そこからさらにどんなテレビ視聴スタイルが広がるのだろう。量販店でいじっていると、イマジネーションをかき立てられる。

ぼくはこのところ、テレビはそのビジネスモデルつまり番組の間に広告枠を売る、という基本構造を設計し直さなければならないのでは、と考えている。ではどうすればいいの?そのヒントになるような議論が、お二人の間で展開されるといいなと思う。いや、きっとそんな楽しく夢のある話が、聞けると思うよ、うん!

で、もう一度書くけどソーシャルテレビ推進会議・一周年オープンセミナー、お申込はこのリンクから。まだまだ、間に合う、はず。
ご質問などは、sakaiosamu62@gmail.comへ!

オープンセミナー事前解説:「たまたま」はテレビマンが新しいテレビを生み出す実験だ

ソーシャルテレビ推進会議の一周年オープンセミナーを6月5日に開催する。基本的な告知は前回このブログで記事に書いた。何の話?って人はそっちをまず読んでください。ここをクリックしてね。

申し込みたいって方は、ここをクリックしてください。申し込みページに飛べます。

セミナーねえ、どうしようかな、面白いの?って人は、今日のこの記事を読もう。面白そうだなと思わせるから。

このセミナーの第3部に注目して欲しい。ぼくがモデレーターで、ゲストに西田二郎という名前がある。西田二郎さんは、読売テレビの制作局にいて、プロデューサーやディレクターをやっている。わかりやすいところでは、『ダウンタウンDX』の総合演出を担当している。わー、それはすごい、と思うだろうけど、今回ゲストにお招きするのは、そういうメジャーな番組の制作者だから、ではない。

まず、ソーシャルメディアの相当な使い手だ。普通に検索すれば出てくると思うけど、@jironishidaのアカウントでTwitterをやっていて、フォロワー数が12万人いる。テレビマンが個人名で運営しているアカウントとしてはいちばん多いんじゃないだろうか。

こう言うと失礼だが、テレビ局のとくに制作者はソーシャルメディアに疎い人が多い。だから西田さんは相当特例な人なのだと思う。

そして今回、ゲストに呼ぼうと思ったのは、「たまたま」について語ってもらいたいからだ。

「たまたま」はテレビ埼玉で放送する30分番組だ。ただ、放送日時は不定期。とりあえずここまでで、4月初めに2回放送された。次回はまだアナウンスされてないけどもうすぐやるんじゃないかな。

そして「たまたま」は西田二郎さんと、北海道テレビの藤村忠寿さんが二人で出演している。藤村さんは、あの「水曜どうでしょう」のディレクター。

・・・これ、よーく考えると相当不思議なことだ。

テレビ埼玉は独立U局で、つまり特定のネットワークに属していない。西田二郎さんは読売テレビだから日テレ系列。そして北海道テレビはテレビ朝日の系列局だ。そんなんありなの?

さらに、これまでの2回、「たまたま」に出演したのはこの二人だけ。二人でカメラの前でずーっとしゃべるだけ。

写真は2回目の放送のキャプチャー(すんません、問題あったら言ってください(^_^;))なのだけど、こんな感じで30分間延々喋る、それだけ。

「予算ゼロ」を標榜している。だから、編集費もないので撮ったまんまを放送しているのだ。2回目の放送なんて、「もう時間ないわ」「ええー?!」とか言ってるところでブチッと終わった。

そしてテロップを入れる予算もないので、写真のように代わりに紙に書いた文字をガラスに貼っているわけ。なんかムチャクチャでしょ?

そしてどうやらこの番組は、このお二人がテレビについての挑戦を繰り広げるらしいのだ。具体的に何をやるのかはまだ発表されていない。もしかしたら、いやおそらく、何にも決まってないのかもしれない。予算も立てずに、成り行きで番組を作っていく。

なんてテキトーな。なんていい加減な。・・・でもさあ、テレビってそういうものじゃなかった?そういうところが面白かったんじゃない?二人から、そういう問いかけが番組を通してなされているのだ。

スポンサーも募集している。これは、“提供スポンサー“ではない。CM枠に広告流すスポンサーではないのだ。精神的に協賛してくれる企業を募集するのだそうだ。

スタッフもこれから募集するという。たぶんこれから何をやるかも、応募してきたスタッフと話して決めていくんじゃないかな。

新しい趣向のバラエティだね。いやいや、番組の内容は軽いかもしれないけど、もう少し意義深いものだと受けとめて欲しい。新しいバラエティ、というより、新しいテレビを創ろうとしているのだ。産み出そうとしているのだ。テレビの枠を壊してテレビを越えたテレビを、なんとかやってみようとしているのだ。

西田二郎さん、藤村忠寿さん、この二人には大きな共通点がある。自分をさらしているのだ。西田さんはさっきも書いたように、ソーシャルメディア上でさらしている。藤村さんは「水曜どうでしょう」で大泉洋らとともに自ら出演もしてきた。

そこはすごく重要なポイントだ。

これから、表現を仕事にする人は、自分を表に出す“必要”が出てくる。

非常に似た話が、ジャーナリズムの世界でも語られはじめている。小林恭子さんが、こないだ読売新聞のサイトに寄稿していた文章がある。このリンクから読んでみて。

その中にこんな文章がある。

将来、「ジャーナリズムの規模はもっと小さくなる」。生き残り策は「特化と個人化」であり、一人ひとりの記者が読者とつながり、一つのコミュニティー空間を作ることが必要だと、ベル氏はいう。

「一人ひとりの記者が」、という部分を「一人ひとりのディレクター(プロデューサー)が」と置き換えれば、テレビ界にもそのままあてはまる。テレビだけでなく、アニメ作家でも、小説家でも、表現者はすべてあてはまるんじゃないだろうか。

西田二郎と藤村忠寿の「たまたま」はまさに、視聴者とつながり、コミュニティ空間をつくる試みなのだと思う。

そんな話を、セミナーでは突っ込んで聞いてみたいと考えているのだ。

・・・ほらほら、どうしようかなー、と思ってたあなたも、これはセミナー行かなくちゃ!とワクワクしてきたでしょ?その気持ちが冷めないうちに、このリンクから申込ページに飛んじゃおうぜ!

まあそうだなあ、面白そうだけど、どうなのかなあ・・・なんてまーだ悩んでる?じゃあねえ、とっておきの情報を書いちゃうと、ひょっとしたら藤村さんも来ちゃうかもしれないぞ・・・かもしれない、だからね、あくまで・・・でもホント来ちゃうのかもよー・・・どお?行きたくなったでしょ?

ビジネスモデルは見えてきたか?〜ソーシャルテレビ推進会議・一周年オープンセミナー6月5日開催!

去年の4月にはじめた勉強会、「ソーシャルテレビ推進会議」。いつの間にか一年経ってしまった。最初は15名ほどで集まってはじまったのだけど、いまや会員数は公称167名。在京、在阪キー局、各地ローカル局のテレビ局の方々やアプリ開発事業者、IT系メディアやベンチャーの方々、スポンサー企業の方々やテレビ機器メーカーの方々と、多様な皆さんに参加していただいている。毎月、クローズドな形で定例会合を開催してきた。

昨年11月には活動半年ということで、オープンな形でのセミナーを行った。100名を越える皆さんに来ていただいて、思った以上に盛り上がったのがついこないだのようだ。その時の様子はこのブログでも記事にした。Ust配信もしてアーカイブを残してある。いま見たらview数が1,120になっていた。ライブでもけっこう見てもらえたと思うけど、終わってからもかなりの数の人に見てもらったんだなあ。まあ、山脇さんが面白いから、エンタテイメントとして見ても損はないと思うよ。
でもあれからさらに半年経っちゃった。半年でイベントやったんだから、一周年でもやらなきゃね、というわけで、またやりますよ、オープンセミナー。

今回はねえ、テーマを掲げます。ズバリ、ビジネスモデルを考える。ソーシャルテレビという領域、盛り上がってるし、あちこちでいろんな試みが行われてきた。このブログでも、「おやすみ日本」「JoinTV」「MAKE TV」「大炎上生テレビ」「マルチスクリーン型放送」「NEWS WEB24」「teleda」「ピーチク」「テレビジン」「SPIDER」「ガラポンTV」「ソーシャルオリンピック」「ソーシャルTV ザ・コンパス」と挙げだしたらキリがないほどいろんな試みを取りあげてきた。もう事件は始まっているのだ。

ただ、まだまだ、でもある。上の画像は”ソーシャルテレビ”で画像検索したものをキャプチャーしている。ソーシャルテレビ界のジャンヌ・ダルク、バスキュール西村女史がいるのが面白いけど、なんか出てくる画像の中に”sakaiosamu.com”からのものが多い。なんだ、オレがひとりで盛り上がってるだけか?

マジックワードは“ビジネス”なのだと思う。ソーシャルテレビ?面白そうだけど、ビジネスになるの?・・・はい、ごめんなさい。誰もその答え、見つけられてません。でも!だからこそ!そこにフォーカスしていきたい。今年は、ソーシャルテレビ推進会議二年目の2013年は、ビジネスモデルをテーマにどんと据えますよ!

さて今回のオープンセミナーの内容は?まだまだ決め込めてない部分もあるんだけど、3部構成で行きます。

ソーシャルテレビ推進会議・一周年オープンセミナー
「ビジネスモデルは見えてきたか?」


第1部:アプリ解放宣言
   モデレーター:中山理香(VOYAGE GROUP)
   ゲスト:交渉中
第2部:テレビ視聴のこれから
   モデレーター:深田航志(ビデオリサーチインタラクティブ)
   ゲスト:遠藤諭(角川アスキー総研)
       土屋和洋(LG Erectronics Japan)
第3部:テレビの未来、開拓中
   モデレーター:境治(メディア・ストラテジスト)
   ゲスト:西田二郎(読売テレビ)ほか

第1部は中山さんの進行で、アプリ“解放“がテーマ。ゲストは、まだ言えないけど、内容的にはびっくりするかも。
第2部は深田さんがご存知遠藤さんをお招きし、例によってのメディアサーベイの結果を見ながらテレビ視聴の最新動向に迫る。
第3部は、読売テレビの西田二郎さんの最近の活動をぼくがお聞きする。「ダウンタウンDX」「ガリゲル」「たまたま」などでソーシャルメディアを活用した番組づくり、というより、ソーシャルと番組で何かやらかしてる、その実際をつぶさに聞いていくつもり。

今回も、前回同様、VOYAGE GROUPのセミナールーム”パンゲア”をお借りする。そして今回は試みとしてお一人様1000円の有料制でやってみることにした。登壇者にささやかな謝礼をというのもあるし、懇親会に多少の飲み物・食べ物なども準備するつもりなので。

PeaTiXというイベント管理システムを使っているので、参加を希望する方はこのリンクをクリックしてください。申込ページにジャンプします。そのページの、オレンジ色の「チケットを申し込む」ボタンを押してください。

当日は、秋に開催するさらに大きな催しについても発表するのでそれもお楽しみに。

では、皆さん、どうぞご参加を!そして、テレビとネットの融合の先にある、ビジネスモデルを考えよう!

(追記)
第2部のゲスト、遠藤さんとあとは”ほか交渉中”としていたけど、決まった。LG Japanの土屋さんに登壇の快諾をいただいた。LGといえば、もっともスマートテレビらしい製品に力を入れている。テレビ視聴のこれからの姿の具体を、お聞きできればと思う。このセミナー、ますます面白そうだね!

さあ、セカンドスクリーンを本気で考える時が来たぞ!〜Future Of Smart TV by Gracenote〜

このブログの読者ならACRって知ってるよな?なに?知らない?そりゃいかん!ぼくも最近ようやく憶えたところだ。あなたもこの機に憶えよう!

ACRとはAutomatic Content Recognitionの略。つまり、自動的にコンテンツを認識するシステムのことで、最近だとスマホのアプリに仕込まれていて、音楽を聞かせると自動的に曲名を教えてくれたりする。Shazamなんていう有名なアプリがある。自分のスマホでダウンロードして試してみるといい。

これを音源に近づけると・・・

こんな風に曲を探しだしてくれるわけ。

このACRという技術はいま秘かにホットになっていて、様々な人たちが取り組んでいる。そのひとつが、Gracenoteという会社だ。アメリカの企業なのだけど、ソニーアメリカの子会社でもある。このGracenoteがこの4月18日に渋谷でACRを中心にした展示会を行った。それがFuture Of SmartTVだ。

展示会といっても大げさなホールを使ったものではなく、こじゃれたカフェを借りてドリンクなども出してくれるカジュアルなムードだった。

ACRという言葉と共にもうひとつ憶えておくといいのがFingerPrintという言葉。そのまま訳すと”指紋”という意味だけど、ひとりひとり指紋がちがうように、音楽も指紋を読み込むように個別に識別する、そのためのデータをFingerPrintと呼ぶ。

GracenoteのACRはこのFingerPrintが映像での認識もあるのが特徴。これを利用したデモを見せてくれた。


テレビが4台並んでいて、同じ映像が流されている。4台で同じ放送を受信しているというわけだ。それぞれが別々の家庭で視聴中だという想定。それぞれのモニターの下には、男性独身、女性独身、ファミリーなどと、個々の家庭のプロフィールが表示されている。

これがCMになると、こうなる。

4台がそれぞれ別々のCMを映し出している。これは、それぞれのプロフィールにふさわしいCMが個別に表示されているのだ。つまりターゲティングCMというわけ。

テレビ受像機にACRが組み込まれていて、番組中は放送をそのまま映し出すのだけど、CMの時間になると瞬時にテレビ受像機側で映像を差し替える。差し替える映像はネット経由で配信される。この仕組みを図にして説明してくれた。

細かい技術はぼくにはわからんちゃんだが、とにかくテレビCMをターゲティングして配信できるとしたら、よだれが出る話だろう。テレビほどのマスメディアがターゲティングを手に入れられたら鬼に金棒だ。

もっともこの技術を具現化するには、多くの家庭がACRを組み込まれたテレビ受像機を持つ必要があるし、放送局もシステムを整えねばならない。遠い道のりではあるなあ。

もうひとつ、ACRを活用した重要な展示があった。例えばゴルフ番組を観ながらタブレットで番組の音を認識させる。するとその番組専用のセカンドスクリーンが起ち上がるのだ。


我ながらなんて下手な写真かと思うけど、我慢してみて欲しい。このように、ゴルフ番組を観ながらACRに認識させタブレットに登場したセカンドスクリーン。番組の進行に沿って、場面にあった情報や画像を送り込んでくれる。

例えばあるゴルファーが登場すると、彼が愛用するクラブが画面に。そのクラブのスペックなどを調べたり、そのメーカーのサイトに飛ばしたりもできるようになるだろう。

このACRを元に、ソニーグループはセカンドスクリーンアプリを開発中だという。その考え方を図にしたものがこれ。

コードネームはmacaronというそうだ。あの甘いお菓子ね。

中央部分に、そのセカンドスクリーンアプリが持つべき要素が並んでいる。写真だと読めないので書きだすと、EPGつまり電子番組情報・Related Content番組関連の画像や予告映像など・Program Detail番組詳細・Socialつまりは番組についてのFacebook,Twitter。

さらに、Rewards, Social Analytics, Ad/Promotional content, Commerce Opportunity, Syndication, Interactive contentと続く。この中でも、Adつまり広告、コマースオポチュニティつまり物販できるかも。この2つがマネタイズにつながる要素だ。

ぼくは去年からソーシャルテレビに注目し勉強会も運営してきたのだが、今年はそのビジネス化が課題となると捉えているしその大きなファクターがセカンドスクリーンにあると考えている。

大げさに言うと、セカンドスクリーンのプラットフォーム化を誰が担うか、征するか。なんとなくいまもやもやと、セカンドスクリーンを共通プラットフォームで、という動きが出てきそうだなと睨んでいる。

一方で、APIの解放も重要なキーワードだ。テレビ局がAPIを誰でも使えるようにすれば、多種多様なセカンドスクリーンが登場し、それぞれマネタイズに挑戦できるようになる。

ぼくはセカンドスクリーンの共通化を図るより、APIの解放で勝手サイト的にうじゃこじゃ出てくる方が結果的にはビジネス化できてくるんじゃないかと思う。それにその方がネットらしい。ネットらしいかどうかは感覚的な話じゃなく、ネットを軸に何かする際のポイントだと思う。ネットらしいことは重要だ。

とにかくこのセカンドスクリーンがんばるぞムーブメントの一角に、Gracenoteを擁するソニーが名乗りを挙げたということだ。なんかみんなでうまく力を出し合い利用しあって、テレビを面白くしてくれればいいなと思っているよ。

ソーシャルテレビを具体化する時が来た!〜日本テレビ・ハリーポッター祭りとNHK文研シンポジウム〜

はい、すみません。さぼってましたね、このところ。3月はもう半ばもすぎたのに、ひとつしか記事を書いてなかった。最近、酒飲むとすぐ寝ちゃうもんでね。・・・ってことは飲んでばっかだったのね・・・はい、控えます、少しはね。

書くネタはいっぱいあって、たまってるのを少しずつ。でもずるいので今回は2つのネタをまとめて書くね。ネタの皆さん、恐縮です。

3月14日にワーナーブラザーズの試写室で日本テレビによる「ハリーポッター祭り」の発表会があった。記者さんとは別にブロガーもおいでよ、ってんで、行ってきたことがまずひとつ目のネタ。

日本テレビは今年2013年、映画ハリーポッター全8作を放送するそうだ。それはすごい!ハリーポッターはいま中高生のうちの子供たちがともに育ったコンテンツなので感慨深いものがある。

その話は置いといて、そのハリーポッターはJoinTVをフル活用すると言う。それはまずですね・・・とイチから書くと大変なので、日経ニューメディアのよくまとまったこっちの記事をざざっと読んで。・・・はい、読みましたか?わかりやすいね、この記事!

それからソーシャル仲間の大元さんもASSIOMAで解説的な記事を書いている。これも読むとさらによくわかるね、うん!

人の記事を紹介ばかりしててもダメだね。それでさらにぼくの注目ポイントをあげておくよ。それはね、今回のJoinTVが”Off Air”も大事にしている点だ。これは新しい。そして本質的だ。

これまでのJoinTVは番組を観ながらのものだった。いちばん派手だったのは11月のエヴァンゲリオン放送時のセカンドスクリーンだった。視聴中に手元のスマートフォンで映画に合わせて遊べるよ、というものだった。

ハリーポッター祭りでももちろん、観ながらの遊びは楽しめる。でもそれだけでなく、視聴後にも楽しめる仕組みが出来ているのだ。

テレビ局の人たちは、本能として番組をライブで観てもらうことにしかカラダが対応できなかった。だからこそ、ツイッターでライブ視聴を盛り上げられそうだと言うことでソーシャルテレビに注目した。でも番組が終わったらすぐにまた次の番組のライブ視聴!となるもんで、ネット上に集まった人びとにはある意味、興味を持てなかった。

つまり、テレビ局はテレビの前に集まる人にしか興味がない。テレビの前に集まったひとがスマートフォンを手にその番組について語り続けるのだけど、次の番組が始まったらもうそれはやめてほしいわけ。次の番組に目を向けて欲しい。でも番組が好きだからこそ、もっといま観ていた番組について語りたい。次の番組はそうでもないんだよねー、なんて時にはギャップが起きていた。

ハリーポッター祭りではどうやら、ネット上に”ハリーポッター好き”な人を留めていくらしい。だから”Off Air”という言葉をわざわざ使っている。そして下の図のような循環を引き起こしたいらしいのだ。

これを観た時、ん?えーっと、なんかちょっと似た話がなかったっけ?と思ったら、あやとりブログにぼくが書いた「視聴者はユーザーになる。テレビはフリーミアムをめざそう。」という記事に近かった。もちろんハリーポッター祭りはフリーミアムになってるわけではないし、そもそもマネタイズはないわけだけど、構造が近いと思うわけ。

つまりね、ソーシャルテレビはそっちに向かっていくよ、ということ。

テレビを入口に、スマートフォン上に人が大勢集まる。これをつなぎとめてなんかかんか、しなくちゃね。ということだ。

ハリーポッター祭りの発表会を聞いていてぼくがすごいなあと思ったのは、社内的に良く話を通したなというところ。さっき書いたテレビ局の本能からすると、上の写真の循環は「なんだと?!」ってことになるのだ。「このOffAirってのはなんだよ。視聴者をネットに連れだすんじゃねえよ」なんてことを、誰かに言われてもおかしくない。というか普通のテレビ局の感覚だと「ありえないだろ」になる。

そこを説き伏せたのか、それとももうとっくにそのレベルのコンセンサスは日本テレビではとれているのか、その辺はわからない。ただ、例えば金曜ロードSHOWのスポンサーに何て言うか、という議論はあったはずだ。あるいはそのあとの番組に対してどうするの?という問いかけもあったはず。そこを乗り越えたのだろうから、大したもんだ、すごい勢いだなあと思うんだな。

さて話は変わって今度は3月15日、ハリーポッター祭り発表会の翌日だね。NHK文研のシンポジウムがあったので行ってきた。

はいここで軽く知識として知っておきましょう。NHKには2つの研究所があります。愛宕にあるのが放送文化研究所。主に調査分析を行っている。もうひとつ、砧には放送技術研究所があり、その名の通り技術系の研究所。要するに文系と理系の2つの研究所があるわけね。その文系の方のシンポジウムが開催されたというわけだ。

このブログの読者なら、そう言えばと思い出す記事があるはず。そうそう、「NHK放送文化研究所のシンポジウムに行ったのだけど・・・」というタイトルで書いたアレ。勇んで観に行ったら話がかみ合わずに終わっちゃったよ、というシンポジウムだった。この時、司会をしていた小川さんはそのあとでお会いし、勉強会に参加してくれるようになった。ぼくにとっては、いいオマケがついてきたのだった。

今回参加したのは「ソーシャルパワーがテレビを変える」と題したもの。今年は小川さんは司会ではなく、途中で調査結果を報告していた。テーマとしては相当ソーシャルテレビに踏み込んだものになっている。

議論は、テレビ側としてNHKの桑原さん、そして日本テレビの若井さん。若井さんはJoinTVを送りだしたメディアデザインセンターの長なので、ぼくからすると前日から続いているプログラムという感じになる。このお二人に対し、突っ込む側としてニコ動のドワンゴ杉本社長、メディアに強いと注目の茶髪の大学教授、鈴木さんが登壇した。

議論がかみ合わなかった去年と比べるとぐっと良い内容になった。打合せもちゃんとあったんだなあと思えた上で、けっこうスルドイ切り込みもあって、充実した、それでいてちょっとハラハラもする議論になっていった。

丁々発止もあり、和気あいあいでもありという空気の中、時として滲むのが、やはり既存メディア対ネットの構図。強いメディアの側からネットでも支配権を手に入れたいテレビ側と、そうはさせない、させたくないネット側。そんな構図がかいま見える瞬間があった。

テレビ側は、各局横断的に使えるプラットフォームを持ちたがっているように感じられた。それは必要な気もする。でも無理がある気もする。ただいずれにせよ、ダブルスクリーン前提でいろんなことが進むだろうし、そうなるとダブルスクリーン実際どうする?という悩みが出てくる。途中の地方局の方の質問で、地方ではアプリ作るお金ないのよね、みたいな話も出た。

テレビは番組を見せながら、手元のスマートフォンでどう楽しませるのか。そしてそこでビジネスを展開できるのか。今年はそこを本気で考え、形にしていく必要があるだろう。

ソーシャルテレビは東日本大震災の副産物だと受けとめちゃっていいですか?

東日本大震災から丸二年が経った。いろんなことを思うわけだけど、ここはクリエイティブビジネス論がこのところメインで考えている”ソーシャルテレビ”の立場から考えてみよう。すると、おや?あの震災の良い意味での副産物がソーシャルテレビなんじゃないかな?と思えてくるのだ。

あの震災がぼくたちの心性に及ぼした変化は計り知れない。当時のこのブログを読み返すと面白いのだけど、例えば震災から5日後に書いたこの記事「この終末が終わると、ぼくたちは何かをはじめられるのだろうか」を読むと、震災の衝撃が徐々に効いてきているのがわかる。いきなりではなく、震災当日から少しずつじわじわと変化をもたらしたのだ。だってこの記事には「この一件のまえとあとでは、ぼくたちは何か大きく変わっている気がする」なんていう記述がある。いま思えば、大きく変わったしそんなもん当たり前だろう、となるのだけど。すぐにはわからなかったんだなあ。

ソーシャルメディアとテレビ放送の関係で言うとまず、震災の翌々日まではCMがまったくなく、その後も一カ月くらい公共広告機構のCMばかり流れたことがある。同時に、公共広告機構のCMもそのひとつだけど、とにかくソーシャルメディア上で、マスメディアで流れた情報やコンテンツに関することがものすごい勢いで語られた。

公共広告機構のあいさつCMがネット上で何度も何度も二次創作されたとか、原発の報道についてありとあらゆる言説がテレビとソーシャルの間を共鳴しながら行き交ったりとか、テレビとソーシャルが急にお互いの存在を強く意識しあい、牽制もしあい、そして徐々になじんでいった。テレビとネットの融合、放送と通信の連携が、本当のものになっていった。

3月末には「美しいウソの時代はもう終わったんだね」という記事を書いた。こんなこと書くとはなあ。ぼくはコピーライターとは美しいウソを言葉にする仕事だと思ってきて、そのことは肯定的に捉えていたのだけど、もうそういうことじゃないんだなと確信した。それはぼくの人生にとっても大きな転換だった。

少なくとも、これまでで言う広告は必要がなくなった。震災を機にそうなった。企業のコミュニケーションは、本当のことに迫らなければならなくなった。これも大きなことだと思うなあ。

そのあとでまた「ソーシャルメディアがマスメディアになってきた」という記事。震災から3週間ほど経って友人たちと会ったら話題の中心が”ソーシャルメディア上の出来事”で、ちゃんとみんな知っていた。これもすごい話だなあ。もちろんそこにも、マスメディアとソーシャルメディアの話題の行き交いがあって、だからこそみんな知ってるのだ。斉藤和義の「ずっとウソだった」が話題になったのもこの頃だったな。

ぼくは行かなかったけど、反原発デモなんてのもあった。一方でこれは少しあとの夏だけど、フジテレビ韓流批判デモというのもあった。デモ自体は別に珍しいことではないけど、これまでのデモはだいたい、共産党や社民党やそれ的な旧左翼的つまりちょっとズレた人たちのものだったのが、普通の人も参加するものになった。

テレビとはマスメディアの中心であり象徴だった。それがどうやら、これまでの感覚では、既存の捉え方ではなんだかしっくりいかなくなった。それまで水面下の潮流としてあったソーシャルメディアが急浮上し、テレビと補完関係を示すようになってきた。そんなことが震災のあとに起こってきたんじゃないだろうか。

そう考えると、東日本大震災はぼくたちメディアについて語る者どもに大きな啓示をもたらしたのだと言える。だからこそぼくたちは、2013年3月11日14時46分という時間を、敬けんな気持ちで迎えないといけないのだ。メディアのパラダイムシフトを引き起こし、メディアとメディアとの関係を新たな方向に導いたのが2年前のあの事件だった。この時間、みんなで黙とうを捧げよう。

テレビ番組の新しい評価軸がつくれるか?〜2013冬ドラマをツイート分析で評価してみる〜

少し前に、“「ビブリア古書堂の事件手帖」はDisられ続けるのか?”と題した記事で、テレビ番組の新しい評価のやり方を、ツイッター上でのつぶやきを分析することでできるか、試してみた。この時は4つのドラマを取りあげたが、この1月〜3月クールも中盤に達したところで、ドラマ全体を中間報告的に分析してみたい。

この分析の手法について、ここでもう一度書き記しておこう。

・各ドラマの放送時間中のツイートを収集。局のハッシュタグ(#ntv #fujitv など)だけでなく、ドラマのタイトルなどもキーワードに使用している。ツイート収集はテレビジンによるもの。
・そのツイートを、テキストマイニングにかけた。ツールは“見える化エンジン”を使用。これはプラスアルファコンサルティング社からこの研究用にアカウントを提供していただいたもの。
・ツイートの中から、“好意好感”を示すワードを含むもの(=いい、素敵、かわいいなど)、”高揚興奮“を示すワードを含むもの(=すごい、面白い、笑など)、“否定“を示すワードを含むもの(=きらい、つまらない、ダメなど)を収集し、全体の中でそれぞれ何%かを算出する。
・その結果をグラフ化するなどで対比してみる。

これにより、好感度が高いもの、興奮度が高いもの、といった特徴分けができたほか、“否定”が多い場合の解釈なども考察した。

興奮度が高いものは、”ヒット作”になる可能性が高い。前のクールの「ドクターX」は興奮度が異様に高く、視聴率としても高い結果になっていた。

さてこのクールはどうだろう。ひと通り調べてグラフ化したので見てもらおう。それぞれの第一話〜第三話の感情分析をして平均をとったものだ。第一話だけでなく三回分を調べることで、始まってから落ち着くまでの間にできた“価値”が見て取れるのではないかと思う。今回は全作品を比べられるよう棒グラフにして曜日順に並べてみた。
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このクールは、前クールに比べると興奮型が多いようだ。冬はこもりがちで視聴率も高くなりやすいので、この機にとどの局も意欲的な企画をぶつけてきたのだろうか。

グラフを見ても、赤い棒つまり興奮度がどれもこれもぐいぐい伸びている。とくにホットなのが、木曜日から金曜日にかけての3本だ。テレビ朝日木曜21時の「おトメさん」、フジテレビ木曜22時の「最高の離婚」、TBS金曜22時の「夜行観覧車」。

この3本はたまたま第一話を観ている。「最高の離婚」「夜行観覧車」はその後も継続して観ているのだが、確かに刺激的な要素が多く面白く観ている。「おトメさん」は意図的なくらい悪い嫁ぶりを誇張しており、また攻められる姑の側への共感も誘う内容。つっこみたくなる要素も含めてエモーションが高まるドラマだ。

前のクールでは”好感型”がもっとたくさんあったのだが、今回はいま挙げたような”興奮型”か、抑揚がグラフに出ない”ノーマル型”が多い。唯一、「とんび」が典型的な”好感型”だ。これも毎回観ているのでよくわかるのだが、とにかく、ジーンと来る、泣ける内容。”感動型”と言った方がいいかもしれない。

このグラフを見るとドラマの”特徴”は見えるが、視聴率のように指標にはなっていない。でも”好意好感”と”高揚興奮”そして”否定”の3つの数値はあるので、これを足したり引いたりすればいいのではないか。何かが言えるのではないか。

普通に考えると”好意好感””高揚興奮”というポジティブな数値を足して、”否定”というネガティブな数値を引く、とするべきだろう。だが、前のクールで「結婚しない」の反応が否定が多かったのに視聴率は落ちなかったこと、このクールでも「ビブリア古書堂の事件帖」で否定的なコメントをつぶやきながら見続ける視聴態度があったことなどを踏まえると、”否定”も足すべきだと考える。

つまり、ネガティブなことも含めて、ツイッター上で何らかの感情を表明するつぶやきが多いものは、それだけ視聴者の気持ちを揺らして惹き付け続けるのだと考えた方がいいと思うのだ。キライキライもスキのうち、ということね。

それで、3つの数値をすべて足して棒グラフにしてみたのがこれだ。
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どうだろうか。さっき挙げた”興奮型”の3つのドラマがそのまま上位になっている。他にも「カラマーゾフの兄弟」「泣くな、はらちゃん」なども”興奮型”でそのまま上位になった。
もっとわかりやすく、”ランキング”として並べてみよう。

2013冬ドラマ 感情指数ランキング(第三話まで・暫定版)
1位「夜行観覧車」46.7pt
2位「おトメさん」46.1pt
3位「最高の離婚」44.1pt
4位「カラマーゾフの兄弟」40.8pt
5位「泣くな、はらちゃん」39.4pt
6位「シェアハウスの恋人」37.4pt
7位「とんび」37.3pt
8位「ラストホープ」34.9pt
9位「信長のシェフ」31.8pt
10位「あぽやん」31.2pt
11位「dinner」31.1pt
12位「サキ」30.4pt
13位「ビブリア古書堂の事件帖」29.9pt
14位「ハンチョウ」25.1pt
15位「八重の桜」24.1pt

・・・どうだろう?納得がいかない?うむむ。上位のものは、まあなるほどなあと思うが、あれだけ泣けるのに「とんび」低いなあとか、「八重の桜」が最下位かよとか、自分でもいろいろ言いたくなる。

まあ、あくまで「やってみた」ということなので、マジに受け取らないでね。でも、これを磨いていくと、何かが言えるデータにならないだろうか。この話はもう少し書くことにするので、ちょっと待ってね。

NOTTV「AKBのあんた誰?」には、メディアとコンテンツの未来像が見える!

前回の記事「おかしな風が吹いている〜実際に変わりはじめたメディアとコンテンツの関係」は、思いの外たくさんの人が読んでくれてうれしかった。たぶん、ジャーナリストの西田宗千佳さんがつぶやいてくれたのがきっかけだと思う。いやー、西田さん、ありがとうございます!


その記事ではこういう図を描いてみたのだった。一対一対応だったコンテンツとメディアの関係が、こんな感じになる。複数のメディアをコンテンツが形を変え品を変えて飛び交うようになると。

で、今回はさらに続きを書いていこうと思う。そして、今日取り上げるのはとっておきのネタ、AKB関係だ。このブログでAKBをとりあげるとは、って思うでしょ?

NOTTVで放送中の「AKBのあんた誰?」という番組がある。・・・あれ?NOTTV知らない人いるの?はい?名前は知ってるけど、何かがわかってないって?えーっとね・・・スマートフォン向けの放送局で、最新のドコモのスマートフォンならかなりの機種で対応している。3つのチャンネルでほぼオリジナルの番組を流しているのだ。ドコモや民放キー局などが出資してできた放送局なので、力が入っている。資本力も人材もしっかりあるので、けっこう番組制作で頑張っている。

そのNOTTVで月〜金17時に放送しているのが「AKBのあんた誰?」。タイトルから想起できるように、AKBの中でもテレビなどで名前が出ていない、マイナーなメンバーが出演する。AKBなのにあんた誰だっけ?という意味だね。

この番組について、プロデューサーの方に聞いたのだけど、いろんな面で画期的なのでここで紹介しよう。まさに上の図になっているのですよ。

AKBはGoogle+をメンバーが活用していることで知られる。「あんた誰?」にも番組プロデューサーのGoogle+アカウントが存在する。“yudai takenaka”と名のるそのアカウントは、番組のウォールにもなっている。つまり、番組に関する意見や感想がファンからそのアカウントめがけて書き込まれるのだ。

大まかな流れはこんな感じ。
・番組放送中(17時) yudai takenaka上にいわゆる実況板が立ち、放送を観ているファンが次々に書き込む

・番組終了後(18時〜) yudai takenaka上に今度は感想を語りあうスレッドができる。かなり真剣に、あの子にはこういう魅力があるのでもっとこういう企画などをやるべきだ、といった意見が出てくる。

・次回に向けて(20時〜) yudai takenaka上に今度は翌日の放送に向けての板が立つ。AKBのメンバーは忙しいので次回に誰が出るのかもこのあたりに決まる。ファンたちの意見が飛び交う。

・再放送中(23時) この番組は17時からの放送を23時にも放送している。yudai takenakaに再放送を視聴中の書込みがつらなる。意外にも17時からより23時からの再放送の方が盛り上がるのだそうだ。

・再放送後(深夜) yudai takenaka上で翌日に向けた意見が飛び交っていく

こうしたソーシャルメディア上での書込みを、スタッフはちゃんと読み、ちゃんと受け答えをする。ファンも非常に目が肥えているので大いに参考になるのだそうだ。何しろ彼らはAKBのメンバーをよく知っている。どの子の魅力がどんな企画で生かせるかをスタッフにアドバイスできる。

時にはそこに出演するアイドルも加わる。スタッフと出演者、視聴者が一体となって議論する、これまでのメディアでは考えられない場が出現しているのだ。

さらにこの番組は週に一本をYouTube上の自分たちのチャンネルで放送後に丸々配信している。NOTTV端末を持ってなくても一部ながら視聴可能だ。

もうひとつ、この番組は秋葉原の会場からの中継の形式だ。つまり番組であるだけでなくリアルな場でのイベントでもあるのだ。

NOTTVで放送する番組が第一義的なコンテンツだが、Google+でのファンとのやりとり、Google+でのファンとの会話、そして放送時に開催されるリアルイベントも含めてのコンテンツなのだ。

そうすると、こんなイメージかな・・・

こんな風に捉えると、この番組がいかに画期的な状態になっているかわかる。一定の形がなく、ファンと一体になって番組を作る。というより日々進める。

いきなり”コンテンツがコミュニティに”と書いたけど、まさにそうなのだ。いったいこれはテレビ番組と捉えるべきなのか、わからない。コミュニティと捉えた方が把握しやすいのではないか。

さらに、これはNOTTVの番組だがYouTubeで一部を公開していたり、イベントもあったり、そもそもGoogle+上でも”コミュニケーション”が展開されるわけで、どのメディアの番組なのか、というより番組ではないのか何なのかわからない。

ただ、とにかく重要なのが、出演者と制作者と視聴者がそれぞれの役割で頑張っている。視聴者の方も頑張っているのだ。

CGMという枠組みがあって、もうプロが制作するんじゃないもん、視聴者が自らコンテンツを制作するのさ、ということだった。そうなるとプロの生きる場所はないのか?と困惑する声もあった。

でも「あんた誰?」はCGMとはちがう方向性を示している。制作者は、そして演者は、ファンと”一緒に”コンテンツをつくっていくのだ。というよりコミュニティを運営していくのだ。

このところ書いてきたことに、何か大きなヒントを「あんた誰?」はくれている。そして、もっと前から書いてきた”もう消費はダメになるの?じゃあマーケティングはどうなるの?”というテーマにも答えの道筋が見えてくる気がするんだよねえ・・・

おかしな風が吹いている〜実際に変わりはじめたメディアとコンテンツの関係

昨日のこのブログで、今年は“節目の年“になるようだと書いた。今日はその続きを書こう。

朝日新聞の社長が驚くほどちゃんとメディアの将来を見据えたことを言った。紙の媒体で書くことにこだわっていてはいけない、と。もはや、新聞記事とは紙でもデジタルデバイスでも読めるものだし、それは加速する。いまの若い世代が年齢を経ても紙の新聞を読むようにはならないだろう。

この考え方を図にすると、こんなことだろう。

左側が、これまでのメディアとコンテンツの関係。新聞で言えば、メディア=紙の新聞。コンテンツが記事。記事は必ず紙の新聞とセットであり一体化している。コンテンツは紙の新聞に掲載される前提で生み出される。そこに何の疑問もない。

ところが右側では状況が違う。ひとつのコンテンツ=記事、に対してメディアが複数ある。新聞の現状に当てはめると、ひとつの記事が、紙の新聞にも、PC上の新聞にも、タブレット上の新聞にも掲載されている。そうなると、記事を書くことは紙でアウトプットされるとは限らなくなる。

いやだ!おれは紙の新聞に載る記事を書くためにこれまでやってきたのだ!・・・そんなこと言ってると仕事なくなるよ。朝日新聞の社長はそう言ったわけだ。

そしてここには大きな問題がある。コンテンツがひとつのメディアに載ることが普通だった左の時代は、わかりやすかった。メディアが素直に稼げた。広告が集まったしそれなりの値付けができた。購読料もとれた。

右の時代になるとそこが不安定になった。もともとの紙媒体の価値は下がっていっている。購読料は減少するし、広告媒体としての価値も下がってしまった。一方、デジタルデバイスでは購読料がなかなかとれないし、広告価値もまだまだ低い。このままだと、本来の価値は下がるし新たに増えたデバイス上での価値はそれを補えない。だから、事業としては縮小せざるをえない。

新聞だけでなく、雑誌でも、ほとんど同様のことが言える。テレビメディアでも同じことだ。

ただ、テレビメディアでは米国と日本とでは、少し違う状況にもなっている。

日本のテレビメディアは、メディアとコンテンツと分けた時、メディアの経済価値に重心を置いてきた。コンテンツの価値は曖昧だった。

米国の場合は、メディアとコンテンツが多くの場合、分離して成立してきた。だから、コンテンツそのものの経済価値を重視してきた。二次使用も含めたマネタイズをあらかじめ折り込んでいる。ドラマを中心に、テレビ局の所属ではない制作会社のプロデューサーが中心になってつくってきた。そういう構造だと、右側にシフトしやすい。メディアが増えればマネタイズの手法が増えるとも言える。

日本のように、制作者もメディア企業の所属だと右側に移行した際に身動きがとりづらくなるのだ。

さらに、ことはもっと複雑だ。この図を見て欲しい。

さっきの図の、右側の時代が進むと、さらにこうなる。これまでの、メディアと一対一対応の時代だと、コンテンツはひとつの枠組みの中におさまっていた。テレビでいうと、放送時のパッケージ(30分番組とか1時間番組とか)に添った完成形だった。

でも、それが進むと、コンテンツは形が曖昧になったり、同じコンテンツだけど形がちがうものが複数出てきたりする。それでも、それ全体がひとつのコンテンツなのだ。

テレビ番組で言うと、番組そのものだけでなく、番組のロゴや出演者の写真、WEBサイトで読む情報、宣伝ポスター、最近ではアプリなんてのもある。それも、これも、同じコンテンツ。形違い。

さてこうなると、これまでの番組のスタッフだけでは大変になる。何しろ、番組を毎週制作するのはものすごく大変な作業だ。そのコンテンツの捉え型を広げてあれもこれも考えて企画して完成させる、なんて無理だよ。

そうすると、直接的なディレクターやプロデューサーとは別に、上位概念的なプロデューサーというかディレクター(?)が必要になるのだ。うん、絶対そうなるはずだなあ。でもまだまだ時間がかかるんだろうなあ。

そんなことを考えて、それをブログに書こうかな、などと思いつつ夜になり、会食の席に向かった。某テレビ局のみなさんと、飲み会やろっか、という気さくな集まり。ソーシャルテレビの勉強会で何度もご一緒し、時に熱く語りあってきた仲間だ。

今年何をやるか、などと話しているうちに、中のひとりが言い出した。自分はコミュニケーションデザインをやるつもりだ、と。後輩が担当する番組の、コミュニケーション全体を設計する。自分はその番組の中身には直接関わらない。その周りのコミュニケーションを組み立てる。それはある意味番組の宣伝でもあるが、それだけでなく番組から生まれる様々なコンテンツを、ソーシャルメディアもうまく生かしつつふさわしいメディアに置いていく。そんなことをやろうと思う。

ん?!・・・それはようするに、ぼくがさっきもやもやと考えていたことではないかい?

ぼくはたいそうびっくりした。

別の方が言うには、”おかしな風が吹いている”のだそうだ。コミュニケーションデザインと言い出したテレビマン氏は前々から、それまでの枠組みから外れたことを言い出していた。全然理解されなかった。それでも言いつづけていた。

そうしたら、このごろになって、”じゃあ、やってみてくれよ”と言われるようになった。どうしてみんなの反応が変わったのか、明確な理由はわからない。ただ、“おかしな風が吹いている“ようだ。そうとしか言えない。

おかしな風が吹いているのだ。

どうやらいま、そういうタイミングなのだ。

だって大新聞の社長が、紙の新聞で何十年もやって来た会社のトップが、これからは紙だけじゃダメだ、と言ったのだ。これまでの常識からすると、おかしなことかもしれない。

つまり、そういう風が吹いているのだ。

おかしな風が吹いているのなら、それにのっていこうじゃないか。どうやら、今年はそういう年なのだ。なにしろ“節目の年”なのだから。

もやもや考えていた、同じことを、たまたま飲み会で別の人も考えていた。そちらは、具体的にやろうという状況になっている。うん、おかしな風が吹いている。ぼくもその風にのることにしよう。

もやもや考えたことを、今年は具体化する年なのだ。もちろん、マネタイズも果たさねばならない。実際に成果も出さねばならない。でもそれもなんとか、なるだろうよ。だって風が吹いてるからね。

これまでのメディアにデジタルが加わるのではない。メディアがデジタル化していくのだ。

この土日の間に、”EDIT THE WORLD”というステキな名前の、女性編集者の方のブログの記事がぼくのウォールで話題になっていた。「若者がある日突然、雑誌を読み始めることなんて、ない。」というタイトル。朝日新聞社の社長の新年の挨拶を取り上げていた。

木村伊量という名の社長は、こんなことを言ったのだそうだ。
「デジタル・ネイティブ」と呼ばれるいまの若者たちが社会の中核を担うことになっていくと、彼らに紙の新聞はどこまで読まれるでしょうか。彼らがある日突然、紙の新聞を読み始めることは期待できるでしょうか。
さらに・・・
厳しい言い方になりますが、紙媒体に書くことだけこだわる記者は数年後には仕事がない、くらいに思っていただかなければなりません。
とも言ったと。

うむむ、確かにすごいメッセージだ。大新聞の社長が、若い世代はもう新聞を読まないし、紙媒体にこだわってちゃ仕事ないぞ、とまで言ってのけた。

これを読んで、頭の中で連動して思い出したニュースがある。“電通が早期退職者100人募集”というニュース。それだけ聞くと、ああ、いわゆるリストラね、としか思わないだろう。だって大手製造業なんかもやってるしさあ、と軽く受けとめてしまう。

でも、ちょっと業界に通じてる人なら、”あれ?今期の業界は悪くはなかったのに、なんでこのタイミングで?“と不思議に思っただろう。これからはともかく、少なくとも2013年3月期は、前期が震災で大きく沈んだ反動で、前年比は悪くはないのだ。いわゆるリストラをするタイミングだろうか?

ぼくも、いまいち解せないなあと思っていたら、“電通が早期退職を募る狙い 広告業界のガリバーが直面する構造変化”という解説記事が出ていた。ふむふむ、なるほど。業績が悪いからリストラしたのではなく、むしろ悪くないタイミングで今後に備えるためらしい。そして、広告業界のデジタルシフトに備えてのことらしい。

“従来型のマス中心の広告ではなく、成長分野であるデジタル領域に経営資源をシフト”するため、とある。

さらに・・・
来期は、グローバル化が一気に進み、デジタル領域に強いイージスとのシナジーを追求することで、「ビジネス構造の変化によってもたらされる節目の年になる」(電通経営企画局)。
最大手代理店の経営企画が、2013年度を“節目の年になる“と言っているというのだ。

大新聞の社長が、大手代理店の中枢の人間が、“デジタルシフト”を公式に口にして、対応しようとしている。

デジタルが来るぞ、というのはもう、何年も前からみんなが言っているじゃないか。もちろんそうだ。でもここでポイントなのは、社長や経営企画が言っているという点だ。これまで、マスメディア関係の中でデジタルに携わるのは“周辺の部署にいる変わり者“だった。中心にはいなかったのだ。真ん中じゃなかった。それはそれで、そういうものだと思っていた。変化は周縁から起こるものだからだ。

でも、真ん中がデジタルシフトを唱えた。備えるのだと言った。そういう年になると認識した。これは大きなことだと思う。

みなさん、どうやら今年はそういうことらしいですよ!変化はいつ来るのか、来てはいるがゆっくりしすぎじゃないか、そんなイライラはもうおしまいらしい。待ったなしの2013年がやって来たのだ。

あとは、そうだな。いろんな会社や組織の真ん中の人たちが、正しい認識をして、適切な対応を打ちだせるかどうかだ。そこを誤ると、数年でかなりまずいことになると思う。

“デジタルシフト“を問われて、「うん、そうだね、だからデジタルの部門をつくったよ」とか「デジタルに強い人材を採用したんだ」とか言って満足しているようではダメだ。必要なのは、そういう付け焼き刃な対策ではない。もっと根本的な策を具体化しなければならない。

組織全体が、デジタル化しないといけないんだ。年齢も部署も関係なしにね。一部じゃなくて、全員が変わるんだよ。

そう、正解はこういう考え方。その違いは明らかだろう。デジタル人材をとってつけて安心しているようでは、安心なんかできないのだ。いまアナログな連中も含めて、一切合切デジタル化するのだ。無理があるけど、その無理を押して実現しないと、組織として生き残れない。

なぜならば、これから起こるのは、旧メディアとデジタルメディアが並ぶ存在になるだけではないからだ。旧メディアがほとんどすべてデジタル化していくからだ。朝日の木村社長が言っているのはそういうことだ。電通がリストラするのは、デジタル化できない人は辞めてもらうかもよ、というメッセージでもあり、それによってぶつぶつ言わせずおっさん社員もデジタル化させようとしているのだ。

社会が変わるというのは、そういうことだ。当たり前なのだけど、それが分かってない人は、まだまだ多い。そして今年は、その変化についていけないとまずい状況になるのだろう。パラダイムシフトが起こりつつあるのだからね。